一矢報いる
朝九時頃から訓練を始め、すでに三時間がたち、正午になった。
何十回、何百回、殺されたかすでにわからなくなっている勇者パーティーの面々は水すら飲めず、熱さで苦しむ犬のように何度も息を吐き、泥と砂、枯葉など自然の一部が纏わりつくほど汚れている。
一方、埃一つ付いていないカイの服装。汗一つ流さず、呼吸すら乱れていない。なんなら、剣を一度も抜いてすらいなかった。
「いつも、姫にくっ付いている金魚のフンかと思っていましたけれど……、そういう訳ではなかったようですわね」
「糞……、分家の癖に……」
「はぁ、はぁ……、あれが英雄か。も、もう、おっさんが厄災を止めに行けばいいんじゃね」
リクの言葉によりカイの眉間にしわが生れる。
「わたくしもそう思いますわ。学生のわたくしたちではなく国の騎士達や魔法使い、冒険者たちが厄災に立ち向かったほうが利口ではなくて?」
便乗するようにフィリアも大きく頷いていた。両者共に、自分の置かれている立場を未だに理解していないらしい。
「こんなおっさんに行かせられるか。厄災は俺様がぶっ殺す。分家に出来て、本家に出来ないわけがない!」
三名の中でシュリアスだけがやる気だった。ただ、何かしら違和感のある動機だ。
「騎士や魔法使い、冒険者は厄災に立ち向かう者ではなく、国を守る者だ。国を守る者がいなくなれば、それだけで崩壊する。確かに、他人に任せたくなる気持ちもわかるが……」
当時、自分ではなく別の者の方が適任だと思っていた節があるため、リクやフィリアを否定するつもりはない。だが、聖剣に選ばれてしまったリクに他の変えは効かず、フィリアの女神に認められた聖なる力も確実に必要になってくる。
子どもにとって死地に向かわされるというのは底知れない恐怖があるだろう。騎士ならば、国のために死ぬ覚悟ができているが、今の彼らにその意思はない。
カイたちの時はアーデンがずっと引っ張ってくれた。あの男の正義感はまさに勇者そのものだった。あいつが勇者だったから厄災に勝てたといっても過言ではないほどに。
「もし、俺や騎士、その他の強者が死んだら、次はだれが国を守り、戦うんだ?」
カイの言葉に、リクとフィリアは押し黙る。
人間である限り、いつか死ぬ時が来る。死に場を失ったカイは未だに生きているが、自分があの場で死ぬべきだったと未だに思っている。本来なら、ここにいるべきなのはアーデンなのだ。生き残ってしまった以上、英雄という名の重荷を背負い、アーデンならどうするか考えた時、このもの達を厄災に立ち向かえるようにするのが、自分の務めだと飲み込む。
「おっさんが負けるとか、想像できねぇ……」
「この国で俺に勝てる可能性があるのは、片手の数もいないだろう。だが、お前達なら、俺を超えられる。ドラグニティや聖剣、女神はそう考えて、お前達を選んだはずだ」
長話もいい加減にして、訓練を再開した。口を動かすよりも、体を動かした方が有意義だ。
昼も過ぎ去り、夕方から夜に差し掛かる。すでに視界は悪く、足下もよく見えない。
フィリアとシュリアスの体は完全に動かなくなり、地面に突っ伏して気絶していた。体力の限界が来たのだろう。
「はぁあああああっ!」
無駄な動きが多いにも拘らず、リクは未だに聖剣を振り、攻撃を当てようとしてきた。
「見かけによらず、体力が多いな」
「空腹には慣れてんだよ、こんちくしょうがっ!」
聖剣に振られながらも、攻撃の手は緩めない。優秀な二名がすでに力尽き、勝てないのがわかっていながら諦める様子がない。いったい、誰が彼を才能がないと判断したのだろうか。
カイは木の棒を手に持ちリクの打ち込みと同時に肩に叩きこむ。無駄な力みがあるため、可動域が狭い。捻りがないため腰を、踏み込みが甘いため脚を、隙だらけだった腕を、滅多打ち。
リクは聖剣が持てなくなるほど体が痛みに震え、空腹や脱水、疲労が合わさり、膝が抜ける。これだけ痛み付けられても、彼は涙を流していない。なにがなんでも生き残ろうとする野犬のような眼差しをカイに向け、喉元に噛みついてやろうとしているようだった。
「一〇秒後に再開する」
「わかってらぁ……」
リクは地面の土を両手でにじり、掴み取るとカイの顔目掛けて放った。砂で目つぶしを狙っているようだ。
カイも人間だ、目をやられれば視界が確保できないため腕を使い、顔を庇う。ほんの一瞬の間、視線が途切れた。砂を防御したのち、地面を見るとリクの姿が消えている。聖剣や仲間は置き去りのままだ。
「仲間を捨て、逃げたか」
ここまで根性で耐え抜き、仲間が倒れようとも攻撃を続けてきた少年も、ついに心が折れたかと思い、息を吐く。少々買いかぶり過ぎだったかもしれない。まだ、勇者としての自覚も何もないただの少年だ。過度に期待するのもお門違いだろう。むしろ、ここまでよくやったというべきか。
倒れている聖女と剣聖に攻撃するため、カイは二名のもとに歩み寄っていく。月あかりしか視界を照らす光源はない。真夜中の建物内に敷かれた黒いカーペットの上を歩いているような感覚。フクロウの鳴き声や夜行性の虫の翅音が無性に大きく響いてくる。
カイが落ち葉の広がる地面に足を踏み入れると、足場がすとんと抜ける。典型的な落とし穴。深さ一メートル、直径二メートルはあり、重力に従い、体は落ちていく。その瞬間、気を失っていたフィリアとシュリアスが咄嗟に攻撃してくる。どうやら、狙っていたようだ。
いつの間に、このような穴を掘ったのかわからない。フィリアとシュリアスのどちらかが魔法を使った可能性が考えられた。
「今生の恨みいいいっ!」
「ぶっ殺してやらあっ!」
初日にして、大分嫌われてしまったようだ。だが、カイの口角は柄にもなくうっすらと持ち上がる。左腰に掛けられていた剣をベルトの金具から外し、落下中に穴の底に突き刺すと柄尻に乗り、高く跳躍。サーカス団顔負けな身体能力を披露し、脱出に成功。
「う、嘘……」
「人間の反応速度じゃねえだろっ、ブスがっ!」
二名が大空に舞う英雄を凝視しているころ。この時を待っていたといわんばかりに、息をひそめていたリクが石を握りしめている。池に石を投げ込むような表情で、投擲。そのまま、走り出した。
放たれた石は空中にいるカイの顔に迫る。
カイは並外れた動体視力で石を見つけ、頭を小さく倒して回避。空中で体勢が崩れたまま着地するわけにもいかず、猫のように体を捻り、遠心力を利用して体勢を立て直した。
着地すると獲物を狙う蛇のような鋭い視線を感じ、背後を見るとすでに聖剣を握ったリクが剣先を突き出していた。喉に迫る聖剣の穂先は吸い込まれるように迫りくる。
一瞬、獣に食いちぎられるような錯覚に陥る。だが、冷静に対処する。左手を右腰に掛けられたアーデンの聖剣に伸ばし、回避しながら流れるようなカウンターをリクの首に添えた。そのまま振り抜けば、リクの頭と胴体は二つに分かれていただろう。
だが、両者は時間が停止したかのように固まる。カイの頬に紙で切ったような鋭利な傷が入り、少量の血が流れた。
最後の気力を振り絞って攻撃してきたリクはそのままぶっ倒れて気絶し、いびきをかきながら眠りこくる。敵の前で眠るとは、気の抜けたやつだ。
「はぁ……、俺もまだまだ甘いな」
聖剣を鞘に戻し、頬に入った傷を親指で拭った。おそらくリクはカイが落とし穴にはまらないと先読みしていた。その後の数手先まで読み、死角を取った後、最速の攻撃を繰り出す流れをあの状況で組み立て、実行に移した。果たしてどこまで狙い通りだったのか知る由もない。
「今日の訓練は終わりだ。各自、食事にするといい」
カイの言葉にフィリアとシュリアスはそれどころじゃないといわんばかりに、その場に再度倒れた。すでに、時刻は午後一二時。月が真上に上り、他の星の光が霞そうなほど輝いている。
落とし穴に突き刺した剣を回収した後、フィリアを背負い、両脇にガキを抱え、各自の寮に送り届ける。世話が焼ける教え子たちだ。
この時間になると、ドラグニティも仕事を終えているため、潔く寝室に戻りパンをかじってベッドで眠る。




