実戦訓練を開始
セレスティア学園は王都の中でも特に巨大な土地を保有している。学園の中に森があるくらいだ。学年が上がれば、このような場所で実戦を想定した訓練が行われる。
シュリアスやフィリアはすでに二年以上、学園で教育を受けている。初等部のころを含めれば人生の大半を学業に費やしたといっても過言ではない。
そんな中、リクは文字の読み書きも出来ず、たった半月前に剣を始めて持ったような素人だ。多くの学生の中でも常に上位の成績を収める二名と明らかな差ができている。
カイたちは森林に入り、土から天に向かって伸びる背の高い木々の間を進む。
日光がまだらに当たり、地面に揺らめくような影を描く葉を抜ける小動物たちの動きが盛んだ。樹液に集まる虫や木の実を喰らう鳥など、学園の中とは思えないほど自然が豊か。
森林の中を数分歩き、開けた土地に入る。グラウンドのような場所だが、整備されているわけではなく自然に近い足場。ところどころに隆起があり、落ち葉によって踏み込みが効くかどうかわからない場所もある。
「ここでいいだろう」
カイの合図により、三名も足を止める。
シュリアスは今すぐにでも剣を抜き、切り掛からんとしており、体勢を前のめりに倒していた。
「今から、俺はお前達の前に立ちはだかる魔王の幹部だ。一人も死なず、俺に攻撃を当てろ。それができれば今日の訓練は終わりだ。そのまま食事にしてもいい。それでは……」
カイが合図を切ろうとした手前、シュリアスは待てができなかった犬のように飛び出す。銀色の髪と同じ色の質の良い剣を鞘から引き抜いた。
――切り込みの速度、体の切れ、初っ端に突っ込んでくる度胸、さすが優秀な成績を収めているだけのことはある。
「だが、それで、今この瞬間に仲間は死んだ」
カイはシュリアスを無視し、自分は蚊帳の外と言わんばかりに突っ立っていたフィリアの首を掴む。
「おいっ、俺と一騎打ちをするんじゃないのか!」
「誰も、そんなことは言っていないだろう。訓練してやると言っただけだ。次はもっと考えろ。一〇秒後に再開する」
カイはフィリアの首から手を離し、再度距離を取る。
「ちょ、一〇秒って……」
「おい、剣聖、早く戻れ!」
リクは聖剣を持ちながらフィリアの前に立ち、戦う意思を見せるが銅像のように固まっている。その判断は悪くない。実に勇者らしい。
一〇秒がたち、カイはリク目がけて突っ走る。一切容赦のない蹴りがリクの横腹を襲った。死なないよう、草原が多い場所に蹴りつけたが防御や受け身を一切取れない少年に放っていい一撃ではない。だが、勇者が未熟だからと手加減してくれるほど敵も甘くはない。
「これで、また仲間が死んだぞ」
カイの大きな手はフィリアの頭に置かれ、鋭い眼差しを向ける。
「や、やりすぎですっ! ちょっとは手加減を……」
「学園長から俺のやり方で構わないといわれている」
カイはフィリアの頭から手を離す。落ち葉塗れになりながら腹を抱え朝食を嘔吐しているリクを見やる。そのまま「一〇秒後に再開する」と呟き、三方向にばらけた勇者パーティーの中央に立って周りを一瞥する。
「優しい訓練も出来るが、お前達が強大な敵を前にした時、あの時もっと厳しい訓練を受けていればよかったと思うだろう。喜べ。お前達の前にいるのは、魔王を倒した勇者パーティーの生き残りだ」
カイは子供なら泣きかねない殺気を纏い、当時目の前に現れた魔王のような雰囲気を想像しながら鋭い視線を三名に向ける。よく晴れた日にも拘らず、その場の空気は張り詰め、灰色の景色が広がっていくようだった。
一〇秒たってもリクは立ち上がれず、カイはまたしてもフィリアを狙って走り込む。
「な、なんでわたくしばかり狙うんですかあっ!」
フィリアは兎のごとくカイに背を向けながら逃げ出した。だが、所詮少女の逃げ足。カイに一瞬で追いつかれる。
ただ、手が体に触れそうになった瞬間、シュリアスの剣が叩き込まれ、カイは一歩引いた。
「ブス勇者、さっさと立て! いつまで地面を舐めているつもりだ!」
シュリアスは剣先を揺らし、拍子を図らせず常に体の向きを一定にしない。その姿に隙はなかった。剣聖の本家に伝わる剣技の一つだろう。
本家ではないカイは、剣聖の剣技のほとんどを知らない。
「おい、ブス聖女。俺様がこいつを引き付ける。そのうちにあのブス勇者を回復させろ」
「ひ、人使いが荒いですわね」
フィリアは弧線を描くように走り、リクのもとに近づいた。蹲るリクの体に触れ、緑色の光を放つ。やはり回復魔法は申し分なく扱えている。
「よそ見してんじゃねえぞっ!」
シュリアスの剣は槍のように勢いよく伸びたと思うほど、高速に突き出される。
「よそ見しているわけがないだろう」
カイは突き出された剣を焦りもなく躱し、シュリアスの手首を掴んだ。そのまま足首を払って宙に浮かせる。前のめりになったころ、鋭い蹴りを放ち回復中のフィリアたち目掛けて吹っ飛ばした。
――咄嗟に防御したか。戦いの勘は悪くないな。剣技も質がいい。
左手にシュリアスの剣を持ちながら、カイは彼の努力量を見透かす。
フィリアが吹っ飛んできた少年にぎょっとしたのもつかの間、三名はもみくちゃになりながら草原を転がり、仲良く地面を舐めている。
「あぁ、糞っ! 剣返せや!」
「常に剣を持って戦えると思うな。お前は剣がなければ何もできないのか?」
「つっ……。で、できらあっ!」
カイの安い挑発にすぐに乗ったシュリアスの髪をリクは掴んだ。
「このままじゃ、俺たち飯抜きになっちまう。あのおっさんなら本気で三日三晩戦いかねない」
「三日でも、六日でも、一二日でも構わん」
カイの一言に、三名は表情を一瞬で青くさせた。
戦いがどれだけ長引くかなど誰にもわからない。食事を取らぬまま戦い続けることなど戦時中なら日常茶判事。その時、もっと力があれば体力を温存出来た。余裕のある行動により、怪我も防げた。後悔してからでは遅いのだ。
「さあ、一〇秒たった。まだまだ行くぞ」
剣を持たない剣聖、希望が見えていない聖女の瞳は、実に弱々しい。平和しか見て来ていない実に幼い瞳だ。それに比べ、リクの黒い瞳は真っ直ぐカイに向けられ、どこか遠くを見ている。その瞳がアーデンの赤い瞳とどこか被った。
「フィリアちゃんは森の中に隠れろ。俺と剣聖でおっさんを止める!」
「俺様に指図してんじゃねえ……」
「い、言われなくても逃げますわよっ!」
三名は森の方に引いていく。攻めばかりではなく時に逃げることも重要になる。悪くない判断だ。だが、逃げ癖がついてしまうのも、よくはない。
石ころを拾ったカイはフィリアの足首目掛けて投擲。足首を砕かない程度に加減した鋭く速い一撃が艶やかな足首に直撃。彼女は綺麗なローブを泥に汚し、転がる。敵は少女だろうが問答無用で攻撃してくる。上半身ばかりに気を取られ、足下がおろそかだ。
「その場にあるものは何でも使え。石だろうが、砂だろうが、木の棒も、立派な武器だ」
「う、うぅ、わ、わたくしに石を投げつけるなんて、天罰が下りますわよ!」
フィリアが足を回復させる間の隙をつこうと思っていたが、その前にリクが前に出て疎かな攻撃を放ってくる。
教師の報告通り、剣の才能があるように見えない。だが、あの状況で飛び出せる判断力は目を見張るものがある。こちらの行動を予測したのだろう。
カイの口角は無意識に上がっていた。真面に戦った覚えもない少年が戦いの中で次の状況を予測している。判断能力の高さは戦いに必要不可欠だ。
リクが聖剣を振る中、死角に回り込んでいたシュリアスが石を投げ込んでくる。一切見ずに回避すると石はリクの眉間に直撃し、仲間打ちとなる。
「なんで、あそこから躱せるんだよ……」
「殺気がだだもれだ。威嚇している獣の気配くらい、隠れていてもわかるだろう」
「わからねえよ、ブス!」




