出会い
「先生になってもいいけれど、カイはどこにもいかないでね」
「はい、教育が終わり次第、またお守りいたします」
カイは恐れ多くも、成人間近なリスティの小さな体をそっと抱きしめ、護衛を外れる許可を貰った。彼女が物心ついた時からそばにいるため、姫のよき理解者であり、父親または兄のような信頼される立ち位置にいた。
リスティは父親がおらず、母親は仕事で忙しい。幼少の頃より孤独に近かったリスティがここまでひねくれず、天真爛漫に元気に育ったのはカイの存在が大きい。それこそ、無性の愛を持つ犬に近いが見下しているわけではない。
「たまには、一緒に寝たいなぁ~」
「今年で一端のレディーになられる姫と添い寝したと知られれば俺の首が飛びかねませんから」
「じゃあ、私が眠るまでここにいて。それくらいならいいでしょ」
いつまでたっても、カイだけにわがままなリスティ。
カイは「仕方がない」といいながら、椅子に座った。部屋の照明は消され、防犯によって閉め切られた窓から月明りすら入り込めない暗闇の中、ベッドに横たわるリスティの小さな手をそっと握りしめる。
「ねえ……、今日もお父様の話を聞かせてよ」
「姫にバカが移りそうで正直話したくもないんですが……」
リスティが眠りに着くまで、アーデンとの昔話を淡々と語る。彼女にとって、この状況以上に眠りやすい空間もなかった。
彼女が眠りに着いた頃、カイは寝室から足音一つ立てずに退出した。
「お疲れ様です、近衛騎士団長!」
護衛についている近衛騎士の後輩たちに律儀すぎる敬礼を見せられる。彼らにとってもカイは英雄なのだ。
「今は、団長ではない……。そんなことより、姫を頼んだ」
「はっ! 命に代えてもお守りいたします!」
――命に代えても、か。
自分もよく使う言葉に小さな違和感を覚える。過去、命に代えても守らなければならなかった者を守れなかった。その言葉は一種の呪いだ。成し遂げられようが、成し遂げられまいが、永遠に纏わりつく。
優秀な近衛騎士に加え、学園の中ほど厳重な場所もない。
だが、カイにとってリスティのもとから離れるというのは、自分の命を危険な森の中に置き去りにする感覚と同じだった。
そうしてまでも、やるべきだと思った。なにせ、国を救えるのは偽りの英雄ではなく本物の勇者のみ。同じ轍を踏ませないようにさせるくらいなら、できるかもしれない。
「アーデン……、お前なら、こうするよな」
寝室に戻ると、処理されたはずの肖像画がまた積まれていた。叩き切ってやろうかと思ったが、肩から力を抜き、メイドに処理させる。
すでに夜中の一二時を回っており眠気が襲い掛かってくる。ベッドに倒れ込み、重たい瞼を閉じた。
目を覚ますと、午前九時。待ち合わせ時刻に一時間遅れた。勇者パーティーが自然に出会い、仲を深められるように時間をずらしたのだ。けして、寝坊した言い訳ではない。
園舎裏の森林に足を運ぶと、男二人が取っ組み合いの喧嘩の真っ最中だった。女子は止める素振りを見せず、持参したカップで紅茶をたしなんでいる。
「俺に指図するな、平民、ましてや貧民街のゴミがっ!」
「あぁ? ちょっといい家だからって、調子に乗ってんじゃねえぞ、チビっ!」
「誰がチビだって……。お前も似たようなもんだろうがっ!」
「朝っぱらから、元気がよろしくて、実に騒がしいことこの上ありませんわね」
三名の仲を深める予定が、すでに崩壊している様子。教師たちが下りるのも何となくわかった気がした。ただ、カイは教育者ではない。結果的に、あの三名が勇者パーティーとして大成すればいいのだ。
「あぁー、今日からお前達の教育者になった、カイだ」
喧嘩中に自己紹介を終わらせ、三名の顔を順に見ていく。
新たに出現した聖剣を引き抜き、勇者と認められた貧民街の少年・リク。
短めでぼさぼさ気味の黒髪が特徴的だ。手入れが行き届いていないが生命力を感じる自然なツヤがある。誰も信用していない野良犬のように鋭い目つきだが、濁りが一切なく純粋な黒い瞳を持っている。野性味がありつつも、瞳の奥には強い意志と優しさが見える。
体格は引き締まってはいるが、やや痩せ気味。よく言えば無駄な肉がついていない。背は年相応の平均に近い。雰囲気に反してこぎれいな制服を身にまとっている。ただ、ところどころくたびれた印象があった。腰に今回引き抜かれた聖剣が掛けられている。
「んんんんぅ~? もしかして、聖剣の近くに立っていたおっさんか?」
「俺はおっさんではない……。いや、三〇代はすでにおじさんか。まあ、どうでもいい」
カイはリクの言葉を流し、もう一人の少年に視線を向ける。
剣聖の本家、その当主を父に持つシュリアス・レオスト。艶のある銀髪は手入れが施され、肩までの長さ。後ろ髪を軽く結んでいる。何気に、カイと同じ髪型だった。
全体的に清潔感があり、洗練された印象をもつ。切れ長の目に真っ青な瞳は冷静さと理知的な光を湛え、他人を見透かすような雰囲気がある。
鍛練を怠っている様子はなく、実に鍛え抜かれた均整の取れた体。無駄のないしなやかな筋肉があり、姿勢も常に美しい。背は少々低いが当時のカイもこのくらいだった気がしなくもない。実際、まだ伸びる余地はある。睡眠が足りていないのだろう。
家柄の良さを示す美しい布地の道着を纏っている。学園で浮かないよう派手ではないが高級感があり、装飾も洗練されている。気品と緊張感を漂わせる美少年というのが率直なところ。
「ちっ……、俺はお前の指導だけは絶対に受けない」
「そうか。別に構わない」
最後にカイが来るや否や椅子から立ち上がり、肩甲骨を隠してしまうほど長く柔らかく波打つ金髪をハープを鳴らすように手で靡かせた聖女・フィリアに視線を向ける。
澄んだ翡翠色の瞳は大きく、女神の生き写しのような洗礼された顔立ち。優しさと包容力がにじみ出ており、聖女特有の安心感を纏っている。年相応に華奢で小柄ながらも、立ち姿から察するに芯が強い。見た目よりもずっと運動が得意そうだ。
白や淡い水色を基調とした聖職者のローブは金糸の刺繍が入り、清廉さと格式を感じさせる。誰にでも振り撒く穏やかな笑顔と柔らかな佇まいが洗練されている。さすが、正教会が歴代で最も質のいい聖女と評するだけのことはある。自信が全身からにじみ出ているため、自負があるのだろう。
「あら、英雄様。わたくしのお言葉を聞いて身を清める気になったのかしら」
「べつに、そういう訳ではない」
三名とカイの間に妙な沈黙が流れる。そもそも、カイは人と話すのが得意ではなかった。ましてや子供相手となると、リスティ以外と会話しない。貴族、信徒、ガキ、相手にかしこまるのも変だが、普通に話すのもはばかられる。
「おい、おっさん! 八時に集合って言っておいて、一時間も遅れるってどういうことだよ!」
「それは同感だ。俺様の時間を一時間も無駄にしやがって……。どう落とし前を付けてくれる」
「お化粧する時間を少々削ってまで来たというのに。そもそもわたくしを待たせるなんて教会の者は絶対にしませんよ」
「俺は遅刻したわけじゃない。お前達が会話できる時間を作っていただけだ。まあ、失敗に終わったが」
カイは初めから上手くいくと思っていないため、この程度失敗の内に入らない。
「三人とも、ついてこい。さっそくだが、訓練を始める」
「俺様は分家のお前の教育など受けないって言っただろ!」
「教育ではない。訓練だ」
カイは外套に隠れていた質素な剣を掴み、シュリアスにチラ見せする。
「……ちっ、目にもの見せてやる」
「ぷっ……、案外単純な男なのですね。おかわいい」
「あぁ? なんか言ったかブス」
「あら、ブスなどどこにもおりませんよー」
「そうだそうだ、フィリアちゃんは世界一可愛いんだぞ!」
どうやら、完全に失敗だったわけでもなさそうだ。




