教師に推薦
夕暮れ時、世界が赤色に染まるころ、王都の一等地に作られた勇者たちまた国王の慰霊碑に足を運んだ。
歴代の国王の名前が連なる中、アーデンの文字を見つける。唯一名前の頭に『勇者』と刻まれている。
奴は勇者・アーデンのままこの世を去った。あの男が国王などという柄ではないため、ここに来るとカイはいつも苦笑してしまう。
慰霊碑の背後に広がる土地に各国王の名前が刻まれた石碑が埋められており、長い歴史を感じざるを得ない。
アーデンの石碑はあれど、この下にアーデンは埋まっていない。魔王を倒し、国が落ち着いた頃、遺体の回収に向かった者たちは何一つ見つけられなかったらしい。
腐食したにおいにつられた魔物が、遺体を食い荒らしたと結論付けられた。もともと、魔物の多い土地だったため仕方がないが、ただの石に花や酒を添えるのは、今だに心に来る。
今や、勇者アーデンの最後を知るのはカイのみ。国を救った英雄はカイの方だと思っている者が大半で、カイが勇者だと誤解するほどにアーデンの名は一部にしか残されていなかった。
「さっき、ドラグニティ先生に勇者の教育者をやれって言われた。俺にできるかっつーの」
カイはそこにアーデンがいるかのように話す。人生で唯一の友であり、好敵手であり、ひそかな恋敵でもあった。そんなこと、アーデンに一度も話した覚えはないが。
「お前の娘、気づいたらもう成人するぞ。早いもんだな」
リスティの成長記録や女王の様子をひとりごちりながら、葡萄酒を煽っている。ときおり、石碑に置かれたコップに注ぎ、酒を飲み交わす振りをする。
カイがアーデンと酒を飲み交わしたのはセリシアとやつの結婚パーティーの時だけだった。
その後、すぐに魔王を打つために国を出発し、窮地に立たされながらも乗り越えた。
確かに、魔王討伐前に学園で事前に教わっていればよかったと思う点は少なからずある。
食事、睡眠、気の持ちよう、その他諸々。旅の途中に当たり前に出来ると思っていたことができない点も多々あった。無駄に怪我し、貴重な回復薬を使ってしまった時もある。最後の最後、回復薬が一本でも残っていれば、アーデンを救えていたかもしれない。聖女に頼りっきりではなく、薬の調合方法を知っていれば彼女を生かして帰れたかもしれない。
「リスティが勇者を好きになった時、勇者が帰って来なかったら悲しむだろうな。勇者たちが全滅すれば、お前の守りたかった国を守れないかもしれない。俺の経験が国のために、リスティ、セリシアのためになるのなら……」
カイは勇者たちに何がしてやれるのか考える。何もできる気はしない。だが、何もしなければまた後悔するのではないかと、普段は使わない思考によって頭痛が起こりそうになる。ただでさえ、聖剣が新たに現れた影響で国が大きく揺らいでいるというのに。
彼が「どうすればいいんだ……」と、呟こうとも誰も答えてはくれない。
アーデンに託された聖剣を握りしめる。聖剣に選ばれた者しか真価を発揮できず、勇者ではないカイが持っていても、ただ少し切れ味のいい剣でしかない。
勇者が扱えば、日のように輝き、全ての道しるべのような光を宿す。その輝きに命や心を何度救われてきたか定かではない。
アーデンが前に立ち、魂に共鳴するように聖剣が光輝く。その後ろにばかり立っていた。誰かの道しるべのようになった覚えなど一度もない。そんな自分が教育者とは、ドラグニティも血迷ったものだ。
「きっと、お前だったらうまく教鞭をとれるんだろうな。すぐに仲良くなり、戦い方を教え、誰からも慕われた。新たな勇者についていくといい始めるかもしれない。で、俺が言うんだ、お前は女王を守っていろってな」
日が暮れるまでただの石の前で言葉を吐き捨てた。カイが愚痴を言える相手はおらず、墓参りのたび、ここにいもしないアーデンにぶつけている。
きっとアーデンだけはカイを英雄ではなく、カイそのものと会話してくれただろう。彼が生きていれば、カイが英雄と言われることもなかっただろうが。
カイは剣聖の本家出身ではなく、末端の分家出身の自分が勇者パーティーに選ばれたことすら未だ人選の失敗だと思っている。当時の本家の者より多少早熟だっただけにも拘らず選ばれてしまった。死んでも誰も悲しまない、など多くの愚痴をアーデンに話した時をふと思い出す。
『カイが剣聖だろうが、剣聖じゃなかろうが、どっちでもいいだろう。カイはカイだ』
アーデンは胡坐をかき、振り子のように左右に揺れながらバカみたいなことを口にしていた。自頭はよかったが、表情からバカさがにじみ出ているような奴だった。リスティに面影を感じてしまう時がたまにあるほどに。
「今の俺は英雄じゃない。英雄じゃないが……、どっちでもいい。俺は俺だ。ぷっ……」
やはりバカみたいだ。あの男はバカ語録をいくつも残している。たまに思い出して笑うと、気持ちが悪いとリスティによく言われるため、思い出さないようにしていたが、未だに忘れられない。
「勇者の教育者か……。柄じゃないな。まあ、リスティの夫となる男がどんな奴かくらい、見てくるの悪くはないかもしれないな」
カイは立ち上がり、開いた酒瓶を持って墓地を出る。未だに、何ができるのか見当もつかない。ただ、前回の勇者を自分より知っている者はいない。アーデンと今回の勇者を比べるわけではないが、勇者の本質は何となくだが知っている。それを語れるのは自分しかないと思った。
「このままだと、女王にまた薄情者と言われかねん。今の勇者たちに情など湧いていないが」
その晩、酔った勢い……ではないが、ドラグニティが残り仕事している学園長室にノックもせず入り込んだ。
肺が苦しいといい、最近はずっと吸っていなかったキセルを持ったドラグニティと目が合う。カイも滅多に飲まない酒瓶を持っており、互いに苦笑していた。
「こんな時間に、何しに来た」
「勇者、剣聖、聖女の情報を見せてもらおうか」
「……珍しいこともあるもんだ。女王と姫の命令にしか従わないお前が、な」
ドラグニティはカイの気の持ちようが変わる前に、三名の情報が書かれた羊皮紙を取り出し、手渡した。
カイと同じ家名を持つ少年と正教会お墨付きの少女、貧民街の少年。実に癖の強いパーティーだ。特技や目標など全てかみ合っていない。唯一の共通点は年齢が一四から一五歳というところだろう。ドラグニティからすれば当時のカイたちの姿と嫌でも被ってしまう。
今の少年少女よりも強い者はこの国に大勢いる。だが、その者たちが厄災のもとに戦いに行けばいいということでもない。ただ単に死地を潜り抜けられる実力があるだけでは意味がないのだ。
この時期の少年少女たちの成長速度は異常で、大きな伸びしろを持っている。だからこそ、まだ子供と大人の中間点のような者たちが勇者パーティーに選ばれる。
「明日の朝八時。園舎裏の森林に来るよう、伝えておいてくれ。あと、俺のやり方でやらせてもらう。愛情が足らんとか、口出しするなよ」
「わかっとる。好きにすればいい」
ドラグニティからの許可を貰い、カイは今更になってリスティの護衛について思い出した。彼女の寝室に出向き、少しの間、護衛の仕事に就けないと伝える。
「カイが先生なんて、想像できないわ。でも、そう……沢山考えたのね」
リスティはシルクの寝間着を纏いながら、金糸のような輝く髪をブラシで梳き、うっすらと微笑む。一つ一つの動作が母親譲りの身のこなしで王族の雰囲気をしっかりと纏っている。
片膝立ちしているカイの頭を、大型犬でも撫でるように触り、首元に抱き着く。
――俺を大きな犬と間違えているのではなかろうか。




