聖剣の出現
聖剣はとつぜん現れる。新たな厄災に対抗するため、神が示す道しるべだと正教会は歌っているが真相は定かではない。ただ、一つ確実なのは聖剣が現れたならば、厄災も必ず現れる。
前代未聞の早さだった。歴史を遡っても、聖剣が出現するのは最短で五十年に一度。前回の聖剣の出現が二百年ぶりだったことを思えば、今回の間隔は異常だった。
死地を何度も潜り抜けたカイですら、一瞬言葉を失い、立ち尽くした。だが、事前に予測出来ていたため、すぐに落ち着く。
カイはドラグニティに聖剣を抜いた勇者が現れた時、無事保護するよう命令される。
勇者といえど、聖剣を抜いた瞬間から強くなれるわけではない。最悪、闇討ちされる可能性もある。そうなれば国が大きく揺らぐだろう。アーデンの愛した国が消えるのは、カイも望んでいない。
貧民街に移動したカイは聖剣の近くで立ち、辺りを見渡す。
多くの者が突如出現した聖剣に集まり、我先に引き抜こうとしているため、多くの騎士達が列を正していく。
国中の男達が聖剣に集い、半場見世物のような賑わいだ。聖剣を引き抜けば国王となれるのだから、一攫千金を狙うような輩もいる。
台座に突き刺さった一本の剣が抜け新たな勇者の誕生を見届けようとする記者や一般人で貧民街はごった返した。
「なあなあっ、あの剣を引っこ抜けたら大金持ちになれるって本当かよ」
薄汚れた服を身にまとった少年が聖剣の周りに施された柵の外から声を張り上げる。他の騎士は、その服装や薄汚れた姿を見ただけで軽蔑の視線を向けるが、カイは違った。
「国王は金持ちではない。金に価値を与える存在だ」
「よくわっかんねーな。はぁー、俺が剣を引き抜いたら魔王も一瞬で倒せちまうだろうなー」
子どもの相手をしているほどカイも暇ではない。ほとんどの会話を無視する。数分もすれば、少年の姿は見えなくなっていた。
「あれ、俺の財布がない」
「お、俺もだ。どっかに落としたか……」
「俺の超高級短刀がねえぞっ!」
「こっちは回復薬がないっ。どうなっているんだ!」
聖剣を引き抜きに来たボンボン貴族や冒険者、騎士などがことごとく擦りの被害にあっていた。人が大量にいるため、犯人を見つけるのはほぼ不可能。この場が貧民街だということを忘れているようだった。
カイが見ている間に、聖剣が引き抜かれることはなく、聖剣が出現してから半月が過ぎたころ、貧民街の少年が聖剣を抜いたとカイの耳に届く。
リスティの夫となる者が貧民街の者というのは胃がむかむかするものの、アーデンも一般人だった。家柄は問題ではない。聖剣に選ばれた者という箔が重要なのだ。
聖剣を引き抜いた少年は問答無用で、セレスティア学園に入学させられ教育を施される。各分野の専門家が集う学園で学べば、貧民街の少年といえど立派な勇者になれる。
始めは皆、そう思っていた。
「あの勇者は駄目だ。剣の才能がまるでない。素振りすら怪しい」
「魔法の資質もゼロに等しい。一般人以下かもしれん」
「素行も最悪。教室から抜け出し、喧嘩沙汰も絶えません!」
学園長室に、教師たちの抗議の声がひしめいていた。
聖剣に選ばれたという一点だけで、全てを手に入れていいのかという疑念が、静かに学園全体に広がっている。どうやら貧民街出身という点も大きく響いているようだ。
学園の九割が貴族、一割が金持ちの商家や政治家の出身であり、平民の生徒がいるかどうかカイに知る由もない。アーデンの時も今回と同じように、平民という点でイザコザを生んでいたが、持ち前の明るさと笑顔、才能で火の粉を払ってしまった。どうやら、今回の勇者は周りに馴染むのが苦手なようだ。
勇者の素行が悪いため、リスティとの面会は見送られている。
「……はぁ、私の人生って、何なのかしら」
リスティの吐いた言葉は、年相応の少女が言うには重すぎた。だが、王族として多くを制限されてきた彼女ほど、不自由にも拘らず周りから自由に見える者もいない。
「女王様と勇者アーデンも始めは犬と猿くらい仲が悪かったですから、どうなるか誰にもわかりませんよ」
「……ふん、カイのバカ、鈍感、間抜け、マッチョ、髭もじゃもじゃ……」
リスティは勇者が現れてから勉強に集中できない様子だった。将来の王妃、又は女王となる彼女の知性は決して悪くないが、平和ボケしている部分が否めない。
勇者が現れ二週間近くたった頃、カイはドラグニティに呼ばれ学園長室まで足を運んだ。
「全教師が、勇者の教育を拒否してしまった」
カイが「では、学園長自ら指導すれば……」と言いかけたところ。
「今回の勇者の教育を、お前に頼みたい」
「断る」
即答した。勇者を救えなかった自分が、勇者の教育者になるなどあり得ない。「その間、リスティを誰が守るのだ」と、いつにもなく低い声が出て、気が張っていた。
「まあ、落ち着け。こちら側で勇者パーティーはすでに決めている。勇者以外は、実に優秀だ。勇者の素行が悪い点も、他の貴族と拘わらせなければ問題ない。自分のパーティーメンバーとだけ、仲良くしていればおのずと、心も成長するだろう」
「俺はこんな格好だ。教育者でもない。もっと真面な奴がいるだろう」
「いいや、わしは、お前以外の適任者はいないと睨んでいる。魔王と実際に戦った者の話は勇者たちにとって実にためになるだろう。何なら、お前は教育者に向いていると思っとるよ」
「戯言を……」
カイもセレスティア学園に通っていた時期があり、勇者と聖女の二名と共にドラグニティの教育を受けていた。
勇者パーティーが結成されるのは実に二百年ぶりだったため、紆余曲折あったがアステルラ王国からすれば危機を脱することに成功した。多くの騎士と平民、勇者、聖女の犠牲あっての勝利だったが。
「今回の聖剣出現は悪いことばかりではない。前回よりはるかに対処が速く、準備が進められている。以前よりも犠牲者を減らせるはずだ。だが、それだけでは足りん。勇者たちが成長し、厄災を打ち払える実力を身に着けてこそ、意味がある」
ドラグニティも教え子だった二名を失い、カイ同様に己の未熟さを呪った一人。もっと教えてやれることがあったのではないかと後悔ばかりが残る。その姿はカイも見ていればわかった。
年老いてなお、未だに学園長の座を退かないのもカイと同じように罪悪感からだろう。
「……一度持ち帰らせてもらう」
カイはドラグニティの頭を下げる姿を見て、断固拒否できる空気ではなくなり学園長室から逃げるように退出した。
――アーデンを見殺しにした自分が次代の勇者に何を教えられるというのだろうか。
頭の中が船の上に立っている時のように揺れる。
リスティの護衛が必要ない時間帯は、当時の愚かさを払拭するべく訓練場で剣を振るう。力の維持が目的ではなく、さらなる高み、今以上の実力を引き出すための訓練だった。
当時、もっと剣を振っていればと思った時は一度や二度ではない。広い訓練場で体を縦横無尽に動かし、可動域を広げる。戦い方を知り、戦いに生かすための訓練も欠かさず、一人で魔王と再度戦うとしても遅れは取らない。今なら当時より、もっとうまく動ける、戦える、勇者を死なせずに済む。そんな無駄な思考が脳内に流れると剣の筋はひとたび乱れた。
「ふっ……、雑魚め」
カイとどこか似ている少年が訓練場の端で一言呟いた。だが、それ以上干渉せず、鋭い太刀筋を見せびらかすように剣を振るっている。自分を見ろ、凄いだろうとでも言っているようだ。
生徒たちが使う時間帯になり、カイは生徒たちに囲まれるのを避けるため訓練場から移動し、学園に備え付けられた礼拝堂に足を運ぶ。入口を通ると壁に沿うように歴代の学園長の肖像画が飾られている。
熱心な信徒という訳ではないが、時間があれば仲間だった二人のために祈る。礼儀作法など気にせず、長椅子に座り込みステンドグラスが飾られた祭壇に首を垂れるように視線を下げた。国の安寧と、散った魂の弔い、己への贖罪のため、目を瞑る。
「あなたの祈りによって、私たちの心が一つにされ、神の平安に包まれました。主があなたの働きを豊かに祝福されますように」
カイが目を瞑っていると、だれかれ構わず祝福の言葉を掛けそうな見た目の少女が口ずさみながら歩く。
「誉れは名にのみ宿るにあらず。見た目もまた、名にふさわしくあらねばならず」
何を言っているのかさっぱりわからないカイは目を開かず、反応を見せなかった。
ひとしきり話し終えた少女は、興味を失ったかのようにその場を離れていく。
カイは祈りを終えた後、リスティのもとに戻ったが「汗臭いっ」と一蹴される。訓練の影響で大量に汗を掻いていたため、男用の風呂場に向かった。
脱衣所で衣類を脱ぐと、隆起した筋肉が一つ一つはっきりとわかり、ところどころに傷が入っている。鏡に映る己の体に見とれるほど自分に興味はなく、すぐに風呂場に入った。
カラスの水浴びのように一分も風呂に浸からず、体をさっさと洗い始めた。剃刀を使い、無償髭を剃り落とす。
体を清潔に整えれば、女が二度見するような美貌は健在。だが、女にかまけている暇などない。髭を剃るのは、友に会いに行くときだけ。不潔な容姿で出向くのも無礼だと思い、ある程度身を整えた。
リスティの護衛を終えた後、花屋で適当に花束を見繕ってもらう。英雄のカイが相手となると花屋の店主もやけに気合いを入れるかと思いきや、今からカイがどこに行くか知っているため白い花をいくつか質素に纏めるにとどめる。酒屋に入れば、質のいい葡萄酒を一本、店主のはからいで無料に近い値段で買った。




