↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハムスターモンスター転生 〜自由を求めた最弱種、知力で獲物としての宿命を断ち切り、進化の果てに天災と畏れられる〜  作者: ひつま武士
第一章:自由を求めて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/30

第9話:『戦痕の景香』スキルの力

『モンスター生態研究所』の一室──


所長席もある最上位の研究室は、静かな熱気に満ちていた。


壁一面の本棚には古い文献がぎっしりと並び、

魔道具の淡い光が机の上で脈打つように揺れている。


その所長席の前──

リス尻尾の女性研究者『リリン』が、必死に言葉を重ねていた。

尻尾は緊張でふわふわと膨らみ、小さめの三角の耳がぴんと立っている。


所長は白い髭を指でつまみながら、穏やかな視線をリリンへ向けた。


「サブスキル『戦痕の景香』の特性、分かっとるじゃろ?」


リリンの耳がピクッと動く。


「はい!」

「『戦痕の景香』は、ある個体の戦いの記憶が“香り”のように漂って──」

「同種の他の個体に伝わる能力です!」


「うむっ」


「意図していない偶然の成功でも、それが伝わって再現可能になり──」

「積み重なれば“戦術”になる……そう理解しています!」


所長は満足げに頷き、長い白髭がゆらりと揺れた。


「うむうむ、お前さんは優秀じゃの」

「そうじゃ、言葉も文字もいらん」

「ただ、長い戦いの歴史があればよい──長ければ長いほど」


その言葉に、背後の研究員たちがボソボソと呟き始める。


「つまり、あいつら……考えてなくても強くなるってことだよな」


「知能に劣るモンスターを──」

「人類が未だに脅威とする理由のひとつだからね、これ」


「ほんと厄介……『戦痕の景香』か……」


所長は肩をすくめた。


「そういうことじゃ」

「儂ら人類が“言葉や文字”で進歩するように、あやつらも“香り”で進歩するんじゃよ」


リリンは手をぎゅっと握り、


(やっぱり、ハムモンも……)


と、胸の奥で小さく思った。


光が研究室の窓から差し込み、

尻尾の影を床にふわりと落とした。



◇



その頃、ハムマルは──

ふくっとした体を揺らしながら、短い二本足で立ち尽くしていた。


(なんてこった……!)


ホーンラビットを見逃した直後、それは草むらから現れた。


緑色のゼリーのような塊。

陽光を受けて半透明の体がきらりと光り、

ぷるん、ぷるん、と一定のリズムで揺れながら這っている。


(ラノベでもゲームでも、一番ポピュラーなスライム!)

(本物がこんなに近くに!!)


胸の奥がふわっと高鳴る。

だが、ただ喜んでいる場合ではなかった。


(ホーンラビットですら、ああだった……)

(襲ってくる?)


ハムマルは短い四肢で地面を踏みしめ、もふりと体を低く構えた。


その2メートルほど先──

グリーンスライムがぷるんと揺れながら進んでいく。


(たぶん、“グリーンスライム”って名前だよな……)

(お前はどうなんだい……?)


スライムが横切る。

ハムマルはジリっと向き直る。


(来るんかい?)


スライムが横切る。

ハムマルはジリっと向き直る。


(来ないんかい?)


スライムが横切る。

ハムマルはジリっと向き直る。


(来るんかい?)


そのまま、ぷるんと通り過ぎるグリーンスライム。


(来ないんかい──)


ハムマルは目で追いながら──


(ホントは、倒して糧にする方が良いはず……)

(ここは弱肉強食の世界っぽい……俺は甘いんだろうな……)


──風が毛並みを優しく揺らし、毛先がふわふわと陽光と遊ぶ。


ハムマルは目を閉じ、

短い右前足と左前足を腕組みっぽく重ねて考え込んだ。


(でも、自由って……好き勝手するってことじゃない)

(一方的に虐げて踏み台にする自由なら、俺はいらない)

(自由を奪う自由は自由じゃない!)


ハムマルの望む自由は、

とても不自由な自由だった。



◇



一方、『モンスター生態研究所』では──

リリンが、瞳を輝かせていた。


「なら、これからはハムモンも──」


「それはない」


ピシャッと空気を切るように同僚の男性研究者が遮った。


腕を組む白衣の胸元に鈍く光るプレート──そこには『アヴェル』と刻まれている。

尖った長い耳がぴくりと揺れ、どこか呆れた色を滲ませてリリンを見る。


「もう無理なんだよ」

「他のモンスターは、長い月日の蓄積がある」


リリンは肩をすくめつつ、

まだ諦めきれない様子で口を開く。


「でも、偶然が積み重なれば──」


アヴェルは芝居じみたポーズで、両手を上に広げた。

その仕草は、まるで“答えは決まってるだろ”と言わんばかり。


「今さら追いつけないよ──おバカなハムモンだしな」


「……うぅ……」


リリンはおずおずと小さく手を挙げた。

尻尾がしゅんと丸まり、声も小さくなる。


「ゴブリンとは言わないけど、せめてホーンラビットに──」

「ハムモンが追いつくには、何が必要でしょうか……?」


所長は白い髭を指でなでながら、穏やかに目を細めた。


「そうじゃのう……」

「他のモンスターは、もうハムモンのことを知り尽くしておる」

「僅かな偶然の成功があったとしても……よほど効率を上げねばならぬ」

「考えて戦う個体が現れるか──」


その言葉に、研究員たちがざわつく。


「えっ!? いえ、それは……」


「所長!?」


「所~長~?」


「所長がヤバい(笑)」


「所長、ハムモンの話しっすよ~」


「い、いや、例えばじゃ、例えば……」


所長は慌てて咳ばらいを一つし、続ける。


「参考になるのは……」

「遠い南の大草原、それを侵食し続ける“荒野”のモンスターたちかのぉ」


研究室の空気が一気に重くなる。

魔道具の淡い光、古い本の匂いもすっと意識から遠ざかる。


「南の荒野……あの天災指定で、なんの対処もできていない……」


「人類未踏の地獄エリアじゃん……」


「あの荒野に沸くモンスターは、すべて強力なコアスキル持ちで──」

「大地を枯らす“アースドレイン”も使うって」


「それで草原が荒野になっていくのか……」


長耳のアヴェルが低く呟く。


「一匹ずつは大したことはないけど、仲間を呼ぶランスホーネット……」


所長は頷く。


「そうじゃ、あれは最悪での」

「一匹でも害されれば、その敵を倒すために“集団で行動する”性質がある」

「知能は低レベルでも、コロニーを持つゆえに“戦闘蓄積”の効率が高い典型例じゃ」


「荒野周辺の国の軍が、それの討伐で……何度も壊滅しているって記録があるやつですね……」


「うむ」


所長は頷き、穏やかに続ける。


「ウルフ系のグレーファング、ダークファングも良い例じゃ」

「ステルス系のスキルで生存率が高いゆえ、これも戦闘蓄積の効率が高い」


研究員たちが顔をしかめる。


「それのせいで、あの荒野では冒険者が活動できないって聞いてる」


「ダークファングなんて、まったく見えないらしいからな」

「臭いもなく、音すらしないとか……」


「そんなのどうすればいいんだよ……」


「冒険者ギルドでは──その上位種も存在すると睨んでるらしい」


「ヤバすぎる……」


重苦しい空気が研究室を満たした、その時──


「あっ! スターダストが伸びしてる!」


「えっ!」


「伸びた!? めずらしい!」


「可愛い……!」


所長もアヴェルも“ガタッ!”と席を立つ。


「ラッキー!」


「ラッキーじゃな!」


視線が一斉に窓に集まり、研究室に喜びの声が広がる。

重苦しい空気が嘘みたいに、ふわっと軽くなっていった。



◇



その頃──

ハムマルも思いっきり伸びをしていた。


前足を揃えて地面に着け、背中をぐいっと反らし、

丸っこい尻がぽこんと盛り上がる。

眼は細く線のようになり、顔までにゅーっと伸びて、まるで餅のようだった。


二本足で立ち上がり、

鼻先を突き出して“くんくん”と匂いを嗅げば──


土の素朴な香り


草の青い香り


風の温かさ


すべてが新鮮で、胸がふわっと浮く。


さっきまでの戦いの記憶は、まだ頭の奥に残っている。


(……防衛用の穴を掘らなきゃ……)


そう思うのに──


怖さや警戒心が自由の前でふっと霞んでしまう。

その気持ちのままに走り出したら、もう止まらなかった。


(嬉しい~! 楽しい~!)


気づけば跳ねて


転がって


笑っていた。


でも、草が揺れるたびに、


「キュッ!」


驚いて声が漏れ、そのたびに我に返る。


(……いやいや、何やってるんだ、俺……)

(そうだ、穴を掘らないと!)


それでも──

風が気持ちよかった。


(…………)

(でも、ちょっとだけ……)


“慎重さ”より“気の緩み”が勝ってしまっていた。


後ろ足で軽快にステップを踏み、

前足をふわふわと振りながら、

わさわさと謎の踊りを舞い始める。


「キュキュキュッキュ♪ キュッキュッキュ~♪」


──陽だまりの草の上、映る影もくるくると躍る。


声が弾み、耳がぴょこぴょこ揺れる。

嬉しさがあふれ出して、そのまま風に乗って広がっていくようだった。


(ありがとう、この世界……!)


心の中で何度も叫び、

この瞬間すべてに感謝した。


世界が自分を歓迎してくれている──本気でそう感じた。


望みが叶った今、

これから先は、“全部がボーナスタイムだ”と、

ハムマルは心の底から思った。




草原の空気が、ふわりと揺れた。

その奥から──低く震える羽音が滲むように響いてくる。


──“ブゥゥゥン……”


(蜂の羽音かな……?)


ハムマルは耳をぴくりと動かし、

その音にほっこりとした気持ちを抱いた。


つぶらな瞳をまん丸に


口を少し開け


二本足で立って空を眺める。


その遥か上空──

ハムマルの無邪気な軌跡をなぞるように、ひとつの影が静かに旋回していた。


その動きには迷いがなく、

ただ淡々と獲物を測る冷たい視線だけがある。


──陽光を遮るたびに、無機質な複眼が、万華鏡のように冷たい光を散らす。


やがて影は──

風を切る角度へと身体を傾け──狩りの体勢へと入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。