第8話:モンスター生態研究所
ハムマルが生まれた大草原の果て──
北へずっと遠く離れた場所に、巨大な城塞都市があった。
中心にそびえる白亜の城は、陽光に柔らかく照らされ、
その白い輝きは、都市の住民の心に宿り、誇りへと昇華していく。
都市を美しく四分割する大通りには、人と馬車が絶え間なく行き交い──
革靴の音、車輪の軋み、商人の呼び声がザワザワと重なり合っていた。
風は、市場から香辛料の香りや、焼きたてのパンの湯気をふわりと運んでゆく。
その風はまるで都市そのものの呼吸のようだった。
城壁内の北区画──
白亜の城から僅かに離れた場所に、
人類最高峰の研究機関のひとつ、『モンスター生態研究所』 が存在した。
砦のように厚い防壁と建物が一体化した造りは、
城とは異なり、陽光を重厚な岩石の色で返し、広い中庭を守るように囲っていた。
──中庭には、長く伸びた芝生が風を受けて、さざ波のように揺れている。
その緑光の中を、女性研究者が軽やかに進んでいく。
白衣の裾がふわりと揺れ、
小さめの三角の耳がピンと立ち、
リスのような大きな尻尾がもさもさと揺れる。
──左胸のネームプレートには『リリン』と刻まれている。
視線の先には、直径1メートルほどの穴──
さらに、その穴を囲むように造られた、直径10メートルのレンガの円。
(やっと当番が回ってきた──)
(貴重で大事な“スターダスト”ちゃんっ)
胸の奥がふわっと高鳴る。
リリンはレンガの円の内側へ一歩入り、そっと立ち止まった。
少しすると──
穴から小さな影
目を細め
前歯を剥いて
一匹の『スターダスト・ハムスターモンスター』が顔を出した。
だが、すぐにつぶらな丸い瞳になり、
前歯をしまい、鼻を突き出してクンクンと嗅ぎ始める。
陽光を受けて茶色の毛並みがツヤツヤと輝く。
その毛並みは、耳の先と四肢の先、短い尻尾の先だけが黒く染まっている。
リリンは目を輝かせてトトトッと近づいた。
「かっわいい~!」
「覚えててくれたの? お利口ちゃん~」
握っていた小ぶりな魔石を差し出すと、
スターダストは後ろ足でぴょこんと立ち上がり、
両手をちょいと伸ばして受け取った。
それを、はむっと口に入れ──
ポリッ
サクッ
そのままモグモグと、頬を揺らせて食べ始める。
リリンはたまらず、もふもふの体をガンガン撫でまわす。
「こんなに可愛いのに……ハムモンの中で一番沸くはずなのに……」
「一番目撃されないなんてね……可哀想なスターダストちゃん」
スターダストは、懐いているのか、魔石の味に夢中なのか、
気にする素振りも見せず──
口元に両手を添えたまま、ひたすらモグモグを続けていた。
リリンは手をそっと止めると、
ポケットを探り、もう一つ、小ぶりの魔石をつまんだ。
──光を受けて淡く輝くその石に、スターダストはすぐ反応する。
口をちょこっと開き、
両手を前へ伸ばして“ちょうだい”の仕草。
黒い耳の先がぴんと立ち、短い尻尾がふわりと揺れた。
「さて、お仕事、お仕事……」
そう呟きながら、またモグモグし始めたスターダストに向かい、
両手の親指と人差し指で四角形を作って、片眼を閉じる。
その瞬間──
青い光がふわりと広がり、『鑑定』スキルによって、ステータスウィンドウが開いた。
青光の板に文字が浮かび上がる。
--------------------
種族:スターダスト・ハムスターモンスター
状態:普通
LV:1
HP:25/25
MP:10/10
体格:5
筋力:5
敏捷:5
知識:5
思考:2
--------------------
ニヤニヤしながら、青い文字をなめ回すように追う。
「今日も可愛いステータスで、問題もありませんね~」
「……仕事は“状態”を確認するだけでいいけれど……」
さらに指先を動かすと、別の項目が開く。
--------------------
◇コアスキル
・ダストテイル:MP10
・??????:MP100
--------------------
「相変わらずスキルも可愛いな~」
「特に説明が全部“?”の、MPしか分からない“第2コアスキル”」
「スキル名まで“?”って逆に凄い!」
リリンがむふむふ微笑んだその時──
--------------------
◇サブスキル
・熱回復
・ほお袋収納
・戦痕の景香
--------------------
「…………」
「!?」
「えぇ~~~!!」
──中庭に響くほどの大声。
スターダストはビクッと肩を震わせ、
目を細めて、前歯をちょこんと覗かせた。
「ご、ごめんね──」
慌ててポケットから魔石を取り出す。
スターダストはすぐに両手で受け取り、
目をくりっと丸くし、小さな音を立てて、満足そうにモグモグし始めた。
リリンは尻尾をぶんぶん揺らす。
「やったねっ!」
「これでスライム超えだね~」
嬉しさが抑えきれず、
スターダストのもふもふの体を、またもガンガン撫でまわした。
◇
その頃、ハムマルは──
丘のようにふくらんだ絶妙な盛り上がりを見つけ、穴をもりもり掘っていた。
(拠点を……なんとか拠点を構えて、戦いを有利に!)
草の先端が輝き
さわさわと風が流れ
海のように波うつ中
短い前足がシャカシャカ動き、土と草が舞い上る。
そのさ中──
──“ガサリッ”
ハムマルはびくっと肩を震わせ、慌てて振り返った。
視線の先には──
角の生えたウサギが、半分草に埋もれ佇む。
(ふおっ! びっくりした!)
(……もふもふ!?)
体長はハムマルの半分もない。
(……大きめの室内犬ぐらい?)
(角のうさ──ホーンラビットか!)
(ラノベだと、ゴブリンに並ぶポピュラーなやつ!)
だが、その様子は──
(うっ……犬が激怒してるような……)
目を見開き、
鼻の上に深く皺を寄せ、
前歯を剥きだし、
──“ゴルルル……”と低く唸る。
(……お前もか……)
(やはり、戦うしかないのか……)
腕組みっぽく右前足と左前足を重ね、眼を細めながらハムマルは頷いた。
ホーンラビットは、草を後方に撒き散らし、
一気に跳躍し──角を真っすぐ向けて突進してきた。
(そう来ると思ってた──!)
ハムマルは、シャッと伏せる。
ホーンラビットは、その上をシャッと通り過ぎる。
──その地面にビターと伏せるハムマルの体は、顔もペタッとしていて、
“押しつぶされた大福”のように、思ったより平ぺったい。
ラビットは着地して振り返る。
しかし、戸惑ったように首をかしげていた。
次は──低く跳躍してきた。
(そう来るとも思ってた!)
ハムマルは四つ足のままサッと横へ跳び、草を散らしながら軽やかに躱す。
ラビットは着地して振り返ると、また首をひねる。
その仕草は、まるで“なんだこいつは……”と言っているようだった。
さらに飛びかかってくる。
(思ったより目で追える──)
ハムマルは半身になり、
二本足でどっしりと低重心に構え、
飛び込んでくる角を──左手で弾いた。
転生前に動画で見た“空手の手刀受け”の真似だった。
──その脇に引いた右前足と、手刀の形を残す左前足は、思ったより短い。
草の上をゴロゴロ転がるホーンラビット。
何とか立ち上がるも、ヨタヨタとした足取りで立ち去っていく。
その頭の上に“?”が浮かんで見えるほど、首を左右にかしげながら。
(……逃げるか……)
(余裕で追いつけるけど……)
敵に情けをかけるほどの強者ではないことは、自分でもよく分かっていた。
それでも──
襲われなければ戦わず、逃げるのなら追わない、
ハムマルは、そう決めている。
◇
白亜の城の離れ『モンスター生態研究所』──
リス尻尾の女性研究者『リリン』がバタバタと駆け──
研究所の一室へ飛び込み、息を弾ませながら声を上げる。
「所長~! 大変です~!」
部屋の壁一面には本棚が並ぶ。
十数名の研究員が、本と書類が山のように積まれた机に向かっていた。
最奥の大机には“所長”のプレートと、魔道具が整然と並んでいる。
所長は、電卓のような魔道具から手を離し──目を細めた。
「……ほぉ……ハムモン、いや“ハムスターモンスター”に──」
「スキルが増えていたと……」
「はい! あの『戦痕の景香』が増えてました!」
すると──
背後の研究員たちがざわっと騒ぎ始めた。
「えぇ!?」
「あっ、まだ穴に戻ってない」
ぞろぞろと窓に押し寄せ、
それぞれのジェスチャーで『鑑定』スキルを使っていく。
「どれどれ……うぉっ、本当に増えてる!」
「うわっ! マジか!」
「おいおいハムモン、なにしてんねん(笑)」
その反応に、リスのような大きな尻尾をピンと立てる。
(良かったね!)
(もう、最もおバカなモンスターって言われなくなるよ)
そう思って勇んで報告に来た。
しかし──
同僚たちの反応は、散々なものだった。
「まぁ、使えないスキルが増えただけだな」
「ステータス『思考』が低すぎて、ねぇ」
「そうそう、“第2コアスキル”なんて、それで名称すら不明だし」
「スライムと『思考』の数値が並ぶ唯一のモンスター」
「スライムでも持ってる『戦痕の景香』がなかった唯一のモンスター」
「可愛さと多細胞なのを除けば、ほぼスライム」
「これで、よりスライムに近くなったな」
「『戦痕の景香』があっても意味ないんだよな~可哀想だけどハムモンじゃ……」
「コアスキル持ってるのに、最弱のモンスターだから」
「挑発されればすぐ炎尾使って──突撃して躱されて終わり」
「……えぇぇ……」
リリンの大きな尻尾は──
力なく、しおしおと丸まっていった。




