第6話:初レベルアップ
広大な草原に、池のように黒い地面が広がっていた。
風が通るたび、その周囲に残った火が細く揺れる。
その中心──
3メートルはありそうな“獣の形をした炎”が、まだ息づくように揺らめいていた。
赤い尾を引く残光が、空気にゆっくりとほどけていく。
──その炎に、茶色く丸いもふもふが寄り添うように密着している。
ハムマルは小さく震え、耳を後ろへぺたりと畳んでいた。
焦げた草の匂いが鼻に刺さり、ウルフに圧し掛かられている下半身がじんじん痛む。
(……重くて、びくともしない……)
(このまま無理に抜け出したら……きっと、そこで全部終わっちゃう……)
ハムマルは意識を集中させると、
──“ダストテイル”
暗い赤光が渦を描き、炎尾は腹の周りにぐるぐると巻きつく。
その熱が、体の奥にじわりと染み込んでいく。
少しでも回復しようと、
少しでも、目の前のウルフにダメージを与えようと、
ハムマルは震える前足を伸ばし、炎尾をさらにウルフの背へ押しつけた。
火花が散り、草原の空気が一瞬だけ熱を帯びる。
──振り返れば、とうにHPはゼロになっていておかしくなかった。
(それにしても……よく残ったな、HP……)
ハムマルは、ウルフに噛まれたはずの場所へ前足を伸ばし、わさわさと毛をかき分けた。
(……??)
触れた感触に違和感が走る。
(……なにも傷がない……)
(こんなにHP減ってるのに……?)
(血も出てないし、スキルの炎で焼き消えたんだとしても──)
(このHPなら、傷もあって……血が流れてるか、滲んでてもおかしくないのに)
もそもそと身体をひねり、見える範囲を確かめる。
炎尾の光が揺れる影を地面に落とす。
(どこもなんともない……毛もハゲてない)
(ぼさぼさに……なっちゃってるけど)
風が通り抜け、乱れた毛がふわりと揺れる。
その一方で──
ウルフの姿は、あまりにも対照的だった。
体毛はすべてに炎が揺れ、
毛の薄い足は黒く焼け焦げ、
胴体の炎が消えた部分も、炭のように崩れかけている。
さらに、血と思われる青い液体が、
ひび割れた皮膚の隙間から滲み──草の上にぽたり、ぽたりと落ちていた。
青い滴が地面に触れるたび、微かな蒸気が立ちのぼる。
すると──5秒ほど後──
<経験値100を獲得しました>
続けて──
<レベルが上がりました>
<レベルが上がりました>
<レベルが上がりました>
(おおぉ!?)
(勝った? 勝ったんだよね!?)
(今──ウルフが息絶えたってこと??)
丸っこい三角の耳が力強くピンと立つ。
さらに──
<戦いに初勝利しました>
<特典が送られます>
<『魔石化』スキルを獲得しました>
ハムマルは慌ててステータスウィンドウを開く。
その瞳は期待にきらきらと輝き、
乱れていた毛並みも、どこか艶を取り戻したように見える。
──“レベルアップ”──それは、心躍らせる魔法の言葉。
だが、ウィンドウに浮かぶ緑光の数値を見た瞬間──
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名前:ハムマル
種族:スターダスト・ハムスターモンスター
状態:普通
LV:4(3up)
HP:20/40(15up)
MP:20/150
体格:5
筋力:8(3up)
敏捷:8(3up)
知識:10
思考:15
備考:
ハムスターモンスター種の最下級
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胸の高鳴りが、風に吹かれた火の粉と共に消えていく。
(HP・MPは、レベルアップで回復しないのか……ハードだな……)
(HPは最大値が15増えて……)
(その15が使えるHPにもなってるっぽいのが……まだ救いだな)
(でも……頼みのMPが……そのままなのが厳しい)
そして──ふと、一つの気づきが浮かぶ。
(HPは体格×筋力みたい──分かりやすっ!)
(ってことは、MPは知識×思考か)
数字の並びが理解の中で淡く脈打つ。
緑光を映すつぶらな瞳が揺れ、ピンと立ったばかりの耳が力なく垂れる。
(このステータスアップ、筋力と敏捷しか上がってないのが偶然なのか……?)
(偶然であって欲しい……MP上がって欲しい……)
ふっと風が止み、草の音が一瞬だけ静まる。
広大な草原にぽつんと置かれた背中は、しゅんと一回り小さく丸まっていた。
◇
報酬として得た新スキルのことも気になり、
ハムマルはサブスキル欄を順に開いていった。
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・熱回復
100~1000度の熱でHPが回復する。
範囲内なら熱いほど回復が速い。
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(炎に包まれている間、すごく心地よかった──)
(俺が生き残れたのは“1000度の熱”と──コレのお陰だよな)
小さい前足でポチポチとステータスウィンドウを操作する。
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・ほお袋収納
LV×10kgまで、口に入るものを収納可能。
収納内は時間が経過しない。
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(これも便利だな!)
(容量と大きさの制限あるけど、あると無いとでは大違い!)
(時間停止もありがたいな)
──この時ハムマルは、収納系スキルでは当たり前の“生き物は収納できない”という縛りがないことに気がついていなかった。
ハムマルは次のスキルへ視線を移す。
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・魔石化
死骸を魔石に変えられる。
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(シンプル! 説明すっくな……)
そう思いながら、ハムマルは少しでもHPを回復しようと、
まだ炎を帯びているウルフの死骸に、前のめりに身体を預けた。
じわっと伝わる熱が心地よく、毛皮の奥まで染み込んでいく。
すると──
“ピコッ”
軽い音とともに、視界にダイアログが開いた。
<魔石化しますか? [Yes][No]>
(えっ?……あ、はい……)
──驚きのまま、反射的に[Yes]を選んでしまう。
次の瞬間──
ウルフの死骸がふっと掻き消え──
足元に小さな魔石がコロンと転がった。
(えっ! こんな感じ!?)
(あっ! もう少し火で回復したかっ──)
(あっ、でも、ノーダメージで出られたからいっか)
ハムマルはピョンっと跳ね、座り直して丸くなる。
その魔石を見つめた瞬間──
腹の奥がきゅうっと反応し、無性に食べたくなる。
(……超腹ペコの時に……)
(おにぎりとタコのウインナーが目の前にあるような……)
(……ゴキュ……)
(歯が折れたりしないよね……?)
前足でつまみ──
ポイっと口に入れ、そっと噛むと──
“カリッ”──軽快な歯応えの後、
“サクッ”──心地よく歯が通り、
“ホロッ”──ほどけて消えた。
(うま~~~いぃ!!)
──それは、初めて“和牛のすき焼き”を食べた時のような衝撃だった。
すると──
身体の内側にシュワシュワと泡が弾けるような感覚が広がり、全身へ染み込んでいく。
(!?)
慌ててステータスを確認すると、
──『MP:120/150』
一気に100も回復していた。
(やった!!)
(これでまだ戦える!)
ハムマルは思わずガッツポーズする。
しかしその前足は短く、
斜め上に向かって小さく“グータッチ”しているようだった。
ハムマルは、戦いの最中には見なかった“コアスキルの三つ目”を開く。
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・ダストバースト:MP1000
????
?????集落?吹き飛ば???????????
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(……えぇ……)
(最大MPが足りないから……?)
(読めるとこだけでも……なんか物騒な感じが……)
(まぁ、使えないから別にいいか……“MP1000”なんて遥か先だろうし)
頭の中がもやもやし──首筋の毛が逆立っていた。
ハムマルはスキルを使う時の“あの感覚”を思い出す。
(あの力を沸かせても──“三つ目”のスイッチ感じないな~)
(…………)
(なんか、身体の中で“シュワシュワ、パチパチ”って、コーラみたいな──)
──スキル発動前、炭酸ジュースを振ったように身体の奥から湧き上がる力。
(戦っている時は、身体が勝手にスキルを使ってる感じだったけど──)
(意識するだけで簡単にできるね)
──そしてその力は、すぐに身体へ戻っていく。
(面白いな、本当に炭酸みたい)
(炭酸は……振ってシュワシュワさせても、コロコロ優しく転がせば簡単に液体に戻るし)
考え込み、逆立つ頭の毛並みを、風が撫でていく。
(…………)
(スキルはMP──マジックポイントを使うから)
(要は、コレが魔力なのかな?)
その刹那──
<『魔力知覚』スキルを獲得しました>
<進化条件『魔力知覚』を達成しました>
<『シューティングスター・ハムスターモンスター』に進化しました>
──脳裏に再びアナウンスが響いた。
そして──
星屑のような粒子が
身体を覆うようにふわりと舞い
その姿を変えていった。




