第5話:強スキル!『炎化身』
──ハムマルは、自分とウルフの“圧倒的な差”を改めて思い知らされた。
ふくっとした胴体は──幅60cm程度。
そのもふもふな横腹に、ウルフの巨大な口が深く食らいついている。
牙の並ぶその口は、
ハムマルの胴の“半分”ほどまで届いていた。
まるで丸太を噛み砕くような、重い圧力が伝わってくる。
(……でか……)
(こんなの……何秒ももたない……)
それでも必死に身をよじり──
ウルフの頭の体毛を掴み、
首筋の体毛も掴み、
耳にも噛みつき、
“第2コアスキル『炎化身』”を発動した。
──“ダストフレア!”
ハムマルの全身から“1000度の炎”が吹き上がる。
炎は空気を押しのけ一気に広がる。
鼻先──口内──両目──両耳へと、暗い赤光がウルフを吞み込んでいく。
ウルフは驚きに一瞬目を見開き、
すぐに固く閉じると、狂ったように首を振る。
熱波が動きに合わせて流れ、草原をも焦がす。
その火球は──
まるでハムマルをそのまま大きくしたような形と色をしていた。
茶色に近い暗赤光が毛艶のように流れ、
炎の先端は毛並みのように細かく揺れる。
手足のような突起もあり──先端は黒に近い色に、
耳のような突起もあり──その先端も黒に近い色に変わっている。
鼻先のふくらみ──“ω”もあり、
目の位置には──投影しているような“目の紋様”が浮かんでいた。
その紋様は、ハムマルが目を開けば丸く、閉じれば細くなり、
今はぎゅっと閉じているため、“> <”のように強く結ばれている。
──1秒
ウルフの胸から上を丸ごと呑み込んだ、ハムマル型の火球──『炎化身』。
暗赤色の奔流は、体毛の焼ける異臭を辺りに撒き散らし、
狂ったように揺れ動くウルフの影だけを地面に落とす。
その1000度の熱は、敵を焼くだけではなく、
ハムマルの身体へと染み込んで、ゆっくり“HP”を癒していく。
だが、ウルフの首の振りの激しさは、予想をはるかに超えていた。
(……この小さい手じゃ……)
(……噛みつきだけが頼り……んぎぎぎっ!……)
ハムマルの脳裏には、諦めの影がよぎっていた。
──3秒
それでも、ハムマルはウルフから離れなかった。
激しく振られるウルフの頭の上で、
その身体は──まるで逆立ちしているかのように、ふわりと浮き上がっていた。
(!!)
炎化身の“目の紋様”がぱちっと丸くなる。
(思ったより握力ある!?)
(違う──体が軽くなってるんだ!)
──火球の中で、ハムマルの身体は重さが消えていた。
それはまるで、風船の糸を洗濯ばさみで服に留め、
身体を振って外そうとしても外れない──そんな浮遊感。
──5秒
(炎化身の“飛翔”って、火力で飛ぶんだと思ってたけど──)
(空気ぐらい軽くなって浮くってこと?)
(これなら──!)
ハムマルは噛みつきと片方の手を離した。
それでも、残る手の爪先からウルフの毛が滑り離れる気配すらない。
そのまま──
逆立ち歩きをするように、
ウルフの頭から首筋へ──そして背中へと移動していく。
──7秒
ウルフは頭を下げ、前足でハムマルを引っかき落とそうとする。
爪が空を裂き、風が鋭く頬をかすめた。
(そう来ると思って──痛てててっ!)
ハムマルの脇腹が何度も引っかかれる。
それでも背中まで移動しきると、
振り下ろされる凶爪は、空を切る虚しい音を残すだけになった。
ウルフの体のほとんどが“1000度の炎”に包まれた。
その下の草も、色を変え燃え始める。
──9秒
ウルフは暴れ馬のように後ろ足で立ち上がり、
そのまま伸び上がるように天へと反り返る。
熱で空気が震え、風が渦を巻く。
そして──
背中から地面へ向かって、勢いのままダイブした。
(それもやると思ってたー!)
逆さまのハムマルは、片手を離し──風圧に身を預ける。
──11秒
落下するウルフの背と地面の間から──
ハムマルは片手は掴んだままに、ウルフの胴の横側へと軽やかにひるがえっていた。
だが、下敷きは避けられたものの、
ハムマルは大の字の腹ばいで、
“ビタッー!”と地面に落ちた。
「キュキュッ」
(やっぱり! そんなに痛くないっ)
身体が極めて軽くなっているため、
それはまるで、ぬいぐるみを床に落としたような、柔らかく弾む落下だった。
──13秒
次の瞬間──
ウルフはハムマルの方へ転がってきた。
(!!)
至近距離のため避けることができない。
「キュッ! キュッ!」
ハムマルは腹ばいのまま下敷きになる。
胸の奥まで衝撃が響く。
いくら軽くても、挟まれればダメージを受ける。
──15秒
全身の体毛が燃え上がるウルフは、
苦しむように転がり続け、草と土を巻き上げる。
ハムマルは慌てて四つ足になり、
離されまいと必死に追いすがった。
──18秒
すると、ウルフは苦しさに身をよじり──転がる方向を反転した。
(!!)
ハムマルは反射的に後ろ足だけで立ち、そのまま後方へ跳ぶ。
しかし──
間に合わず、下半身が下敷きになる。
(──ぐっ、くそっ!)
ウルフの動きが、そこで完全に止まった。
燃える体毛の炎がその輪郭を形どり──
照らされて伸びるハムマルの影だけが静かに揺れる。
──20秒
ハムマルの形をした火球は掻き消えた。
ハムマルは苦しみながら、
もう死んでいてもおかしくないほどのダメージを受けていると悟った。
ステータスウィンドウを見れば、
──『HP:3/25』
(動くな……頼む……)
(もう倒れてくれ……)
ハムマルは祈った。
身動きの取れない身体を震えさせながら。




