第4話:初スキル!『炎尾』
深く身を沈めるウルフ。
草を押し潰す太い四肢と、地面すれすれの巨大な頭部、丸太のような首。
その首のつけ根から腰へと、岩塊のように隆起する背筋はまるで重機のようだった。
数メートルにおよぶその全貌──それが跳躍の前動作なのは明白だ。
ハムマルはスキルを発動させず、
土を掴む肉球と爪にじりじりと力を込めて身構える。
全身の毛並みが逆立ち、より丸く膨らむ輪郭はまるでキウイフルーツのようだった。
(……焦るな……)
(ギリギリまで引きつけないと……!)
脳裏に、不意打ちでも攻撃を避けられた事実がよぎっていた。
次の瞬間──
暗灰色の巨躯が大地を蹴り上げ、
躍り出た影が、陽光を完全に奪い去る。
──自分の何倍もあるウルフの圧力が、容赦なく心を押し潰す。
(!!!)
(ま……待って……)
(うわああぁ! だっ、だめだ──)
押し寄せる死の気配に、思考が白い霧に呑み込まれていく。
しかし──
ウルフは着地と同時に身体をひるがえし、
踊るような軽さで後方へ跳ね退いた。
──千切れた草が、ハムマルの鼻先を通り過ぎていく。
(……えっ……?)
(……いったいなにを……)
ウルフはその後も、
獲物をもてあそぶように跳躍と後退を繰り返した。
(……フェイント?)
その行動から、ハムマルが導き出せた答えは一つだけだった。
(俺のスキルを警戒してる……?)
(……)
凍てついていた胸に熱いものが灯る。
(つまり──)
(勝機があるってこと?)
──だが、それは半分正解で、半分間違いだった。
ウルフはフェイントを何度か繰り返す。
その間に、ハムマルの真っ白だった頭の中に色が戻り、
恐怖で固まっていた四肢にもグッと感覚が戻る。
(……あれ……? 怖さが急に……?)
(身体の芯から、力が湧いてくるような……!)
(この身体が──助けてくれてる!?)
そして──
ウルフは口角をゆっくり吊り上げ、ニタリと笑うように顔を歪めた。
糸を引く巨牙が、ねっとりとした光を返す。
(うっ……気持ち悪っ……!)
(ホントに、あんな嫌な表情するんだ──アニメとかでよくあるやつ)
ハムマルは、視線を鋭く前へ向ける。
(次は来るな……)
そう、冷静に状況を読むと同時に──ウルフが跳んだ。
影が地面を裂くように伸び、
暗い灰色の巨体が一直線に迫る。
着地の瞬間、踵を返すことなく、
地を抉る勢いで踏み込んできた。
(お見通しだ──!!)
ハムマルは四つ足のまま後方へ跳ねる。
爪の間で草が弾け、風圧がもふもふな毛並みを前へ流す。
──“ダストテイル!”
尻尾に炎が宿り、暗い赤光が一気に立ち昇る。
その炎尾を鞭のようにしならせ──狙いすましてウルフの顔面へ叩き込む。
“ビシィィッ!”──期待通りの鋭い音が空気を裂いた。
炎尾が確かに命中した手応えが、尻尾の根元まで震えとして返ってくる。
しかし──
ウルフは怯むどころか、前足を大きく払った。
「ギュッ!」
その前足がハムマルの身体に直撃する。
身体の奥にまで衝撃が響き、思わず声が漏れた。
──真横へ吹っ飛ぶハムマル。
視界がぐるりと回転し、
草原の緑と空の青が混ざり合う。
数メートル先に落下し、
地面を何度も跳ねる。
さらに転がり、草の匂いと土埃が鼻を刺す。
ハムマルは、勢いのまま四肢へ力を込め起き上がる。
さらにウルフの方へ向き直り、炎尾を大きく振り回す。
追撃を警戒しての行動だったが──
ウルフはその場から動いていなかった。
もの凄い形相で唸り声を上げているが、一歩も踏み込んでこない。
ハムマルは、ウルフの行動と気配から、いくつかの事実を悟った。
(こいつ……俺なんて……力任せに潰せるんだ)
(わざわざフェイントを使うのは……)
(スキルを警戒してる……のは確かだけど……)
(それは、僅かなダメージも負いたくないだけ)
炎尾を無意識に身体へ巻きつける。
熱が毛並みを揺らし、その下にじんとした感覚を広げる。
(そしてこいつは、俺──“ハムスターモンスター”を知っている)
(多分、他のハムモンは、フェイントに釣られて──)
(反射的にスキルを使うんだろうな……)
ウルフを睨み返すと、その顔面に薄く斜めの焦げ跡が見えた。
(まるで痛がっていない……『炎尾』では倒せない……)
(なら二つ目の『炎化身』にある“飛翔”にかけるか?)
(いや、20秒逃げられたとしても──そこで詰みだ)
穏やかな草原の風とは異なる──緊迫した空気が二匹の間に満ちていく。
(あきらめたくない、絶対に……!)
──そのまま、しばらく睨み合いが続いた。
──『熱回復』スキルで僅かにHPが回復する。
やがて、炎尾がふっと掻き消えた瞬間──
ウルフが再びフェイントを始めた。
ハムマルは、ふくっとした横腹を見せるように、地面を蹴って横へ跳ぶ。
草が千切れ飛び、土の匂いが舞い上がる。
(もうフェイントは気にしなくていい)
(横腹を噛みつかせて……炎化身を食らわせる!)
ウルフは踏み込んでは、踵を返し、跳躍と後退を繰り返す。
そのたびに、ハムマルも横腹を見せながら横へ飛ぶ。
二匹の影が草原の上に交差し続けた。
ついに、ウルフは踵を返さず突き進む。
空気が唸り、踏み込むたびに草が散り、一気にハムマルへ迫る。
次の瞬間──
ウルフの上下の牙が──
ハムマルの横腹に深く穿たれた。
「キュキュッ!」
鋭い痛みが身体を貫き、思考が吹き飛ぶ。
それでも──ハムマルの意識には、ただ一つの灯火が消えずに残る。
(行け──!!)
──“ダストフレア!”
ハムマルの全身から、
爆ぜるように炎が噴き出し、
ウルフの首から上を丸ごと包み込む。
獣の毛が焼ける匂いが風に混ざる。
ウルフは堪らず口を開き、首を激しく振り回す。
(振り払われたら、また距離を取られる──)
(もうMPがない! 離れたら負ける!)
ハムマルは、命ごとウルフの頭にしがみついた。




