第3話:自由を邪魔するな!!
その時、ハムマルの胸に湧き上がったのは──
恐怖でも、哀しみでもなかった。
(ムカつく!)
(俺の自由を邪魔するな!!)
身体の奥底から、怒りが燃え上がる。
その刹那──全身から“パチパチ”と、
まるで炭酸ジュースを振ったときのように、細かな力が沸き上がった。
(おっ!?)
沸き立つ力に押し上げられるように、意識の中へ二つの“スイッチ”が浮かび上がる。
一つは、瞬きをするほど軽く押せる感触。
一つは、奥歯で硬い木の実を噛み砕くような重さを感じる。
(こっちだ!)
軽い方へ意識を向け、躊躇なく押し込む。
次の瞬間──
小さな尻尾が“暗い赤の炎”に包まれ、
尾を軸に炎が立ち昇り、
“ボウッ”と伸び上がっていく。
一瞬で、ハムマルの体長の二倍ほどの『炎尾』が形を成した。
──その炎尾は、先端まで自分の身体の一部のように感じ取れ、意のままに動かすことができた。
背中の毛並みが、揺らめく炎の光を受けて艶やかに波打つ。
怒りのままに、ハムマルは燃え上がった炎尾を“ブンッ!”と振り回す。
“暗い赤光”の軌跡が空気を裂き、草の香りが熱でふわりと揺れる。
すると──
背中を押しつけていた圧力が、すっと消えた。
(──っ!)
反射的に四肢へ力を叩き込む。
小さな爪が草を掴み、四つん這いの姿勢で一気に起き上がると、
そのまま地面すれすれで身をひるがえし、素早く後方へ反転した。
千切れた草と湿った土の粒が、跳ね上げられ舞い散る。
(えっ?)
(何もいない!?)
風に揺れる草だけが目に入る。
しかし──
(いや、いた!)
遮るもののない草原の中、
わずか五メートルほど先に、濃い灰色の影が立っていた。
陽光を受けて輪郭が浮かび上がる。
それは、狼に似た──間違いなく魔物だろう。
捲り上がった口角から剥き出しの巨大な犬歯。
顔面を歪める、幾重もの深い皺。
見開かれた瞳が濁った月光のように鈍く光り──
射抜かれた者の周囲の空気すら凍てつく、死の静寂を招く。
(でかい!!)
喉の奥がひゅっと冷える。
(不意を突いてスキルを使ったのに……)
(まるで手応えが無かった……)
(一瞬であそこまで逃げてる──なんて素早いんだ)
爽やかな草原の風とは対照的に、
ゆらりと伸びる炎尾の放つ熱風が、緊張を帯びて逆立つ毛並みを撫でていく。
暗い灰色のウルフは、
右へ左へと歩を刻みながら、
一定の距離を保つようにその場をうろつく。
“ザッ”──“ザッ”──と、草を踏む音が風に乗って流れてくる。
(俺の三倍近いか……?)
(体高も、体長も……)
炎尾を鞭のように頭上でしならせながら──
(スキルが切れるのを待っている……?)
(それなら──ステータス!)
横目でウィンドウを呼び出すと、
『コアスキル』と『サブスキル』の欄が折りたたまれているのが見えた。
ハムマルは、まずコアスキルを開く。
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◇コアスキル
・ダストテイル :MP10
・ダストフレア :MP100
・ダストバースト:MP1000
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(MP1000……これは使えないから……)
(一つ目のやつ──)
スキル名を、小さな前足で軽く触れると、サブウィンドウが開いた。
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・ダストテイル:MP10
火力1(500度、炎量2)
炎の尾を伸ばし、自在に動かすことができる。
効果時間20秒。
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(これが今使ってるやつか……)
(20秒……あと10秒ちょっとぐらいかな?)
(二つ目は──)
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・ダストフレア:MP100
火力10(1000度、炎量10)
全身から炎を噴き出し、炎の化身に包まれる。
飛翔できる。
効果時間20秒。
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(一つ目のと比べて、MP消費が10倍で、火力も10倍と……)
(一つ目のを10回使うか……これを1回使うか……)
(飛翔? 飛べる!? 飛べるのか俺?)
──気がつくと、炎尾はいつの間にか身体に巻きついていた。
ぐるりと巻きつく炎尾は──暗い赤光で毛艶をさらに輝かせる。
熱がじわりと身体に染み込み、炎が綿のような毛をふわふわと揺らす。
(うぉあ!?)
(毛に燃え移る!!)
驚いて、四つ足のまま“ぽんっ”と飛び上がる。
だが、痛みは全くなく──
(──いや、そもそも尻尾が炎に包まれているし……平気か……)
(しかも気持ちが良いという……)
──本能的に身体がそうしたのか、HPが僅かに回復していた。
次に、サブスキルを開く。
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◇サブスキル
・熱回復
・ほお袋収納
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(この『熱回復』で炎が心地いい?)
(気になるけど、もう時間が──)
──その瞬間、炎尾がふっと掻き消えた。
“パチッ”──と、最後の火花が弾けて消える。
それを見たウルフは、低く姿勢を沈めた。
首筋の毛が逆立ち、影が地面に濃く落ちる。
大地を踏みしめる音が、土の奥で鈍く響いた。
(やっぱりか! 来る!!)
次の刹那──
巨大な灰色の影が、弾かれたように跳んだ。
土が爆ぜ──草が塊で宙に舞う。
ウルフの身体が空を裂き、陽光を背負って迫る。
その跳躍は、まるで岩塊が飛んでくるかのような質量感。
大口が開く──
黄ばんだ牙が糸を引き、
喉の奥の息が獣臭を帯びて流れ出す。
──影がハムマルの全身を覆い、世界が一瞬だけ暗くなった。




