第2話:自由になりたい
目を開いた瞬間、
視界に流れ込んでくるのは──
柔らかな陽光
澄みきった空の青
いくつも浮かぶ雲の白
風に揺れる草原の緑
──ずっと願っていた光景が、まるで迎えに来たかのように目の前にあった。
(……おっ……?)
胸の奥が、驚きと高揚で跳ねる。
(……おおぉっ……!?)
身体の内側から、熱がふわっと湧き上がる。
(なんだこりゃー!!)
衝撃のあまり、心の声が外へ飛び出しそうになった。
その時、春の日差しを含んだような優しい風が、身体の表面をそっと撫でていった。
すると──
柔らかく、ふさふさとした毛並みが、光を受けてきらめきながら揺れた。
(???)
(ふさふさ……?)
風に触れた腹のあたりに、妙な感覚があったと、
恐る恐る手を伸ばし、指先でそっと触れてみる。
──そこには、見事なまでにふわりとした毛並みがあった。
(!?!?)
指がもふっと沈み、
毛が風にさらりと揺れ、
艶やかに光を散らす。
胸も、腕も、首も、頭も。
そして──
人とは違う位置に、丸っこい三角の耳がぴょこんと生えていた。
(いったい何事だー!!)
驚愕のあまり、心の声が空へ飛び出しそうになった。
手のひらをそっと持ち上げると──
尖った爪のある短い指と、ぷにりとした肉球が並んでいた。
人の手ではない、小動物の前足に近い形だった。
視線を落とすと、どこを見ても、
艶やかな茶色の毛が、隙間なく覆っていた。
短い腕に、ずんぐりした胴体。
どこから脚か分からない、太く短い後足。
身体をひねって見た背中も、やはり茶色の毛並み。
そして──
ふくよかな尻のあたりには、尻尾がちょこんと生えている。
形は狐の尾のようだが、とても小さい。
よく見ると、尻尾の先端だけが黒く染まっていた。
足先も黒く、手も黒く、自分では見えないが、耳の先っぽも黒くなっている。
(なになになに!?)
(俺、動物になった……?)
(でも、こんな動物知らない!)
(記憶もあるし……異世界転生?)
驚きと困惑が渦を巻いた。
急に胸がざわつき、思わず首を巡らせた。
ふわりとした毛並みが、動きに合わせて小さく踊る。
前方──後方──右側──左側──上空──
──ふくっとした体系の、1メートルほどの魔物が、大慌てでくるくる回る。
どの方向も、陽光を浴びる草原が、さらさらと小さな音を立てて広がっている。
遥か先には、林や森が小さく見え、
草と土の穏やかな香りを、風がそっと運んでくる。
地平線には、山脈が霞んで佇み、
その中に煙を上げる山も──火山だろうか──黒い煙が空へ細く伸びている。
空は、ゆっくり流れる雲と、まぶしい太陽──それだけ。
(違和感あるものは見当たらないな)
(……自分以外は……)
(とりあえず、危険は無さそう)
緊張が、少しだけほどけた。
ふう、と小さく息を吐くような感覚が全身を抜けていく。
すると──
頭の隅で、ひとつの考えがふっと浮かんだ。
(……異世界なら……)
息をひとつのみ込む。
(……ステータス……)
次の瞬間──
視界の前に、淡い光が広がり、
半透明のウィンドウが静かに形を成す。
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名前:なし
種族:スターダスト・ハムスターモンスター
状態:普通
LV:1
HP: 25/25
MP:150/150
体格:5
筋力:5
敏捷:5
知識:10
思考:15
備考:
ハムスターモンスター種の最下級
◇コアスキル
◇サブスキル
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(開くんかぃぃ!)
思わず心の声が跳ね上がる。
(うぉー憧れのステータスウィンドウ!)
(スター……スター……スター?)
(ハムスターなの……?)
(尻尾あるよ?)
(モンスター!?)
(MPが高い?……逆にHPが低い?)
(基準が分からないな~)
──異世界転生したばかりの身には、情報量が多くて忙しかった。
名前欄が“なし”になっていることに気づき、そっと視線を寄せる。
何となく指先で触れてみると、
淡い光がにじみ、サブウィンドウがふわりと開いた。
──そこには、見慣れた“キーボード”が並んでいた。
(……なんて便利なんだ……どうゆー仕組み……?)
(っていうか! 名前つけられるの!?)
胸の奥で嬉しさが揺れる。
自分が、また自分でいられる気がする。
だが──
耳がぺたんとなり、つぶらな瞳が少し細まる。
(でも、本名を使うのは……なんか危ない気がする……)
(ファンタジー世界って“真の名前”とかあったような……)
そこに、ふと記憶の底に沈んでいた想いが浮かび上がる。
(ハムスターか、そういえば飼いたかったんだよな)
自分で世話ができないからと、結局言い出せなかった望み。
(でも、飼えたらいいなと、名前は考えていたんだよ)
(誰もが感嘆するであろう、伝説級の名前──)
小さな前足で、キーボードをぽちぽちと押していく。
(まさか自分の名前になるとは思わなかったけど……)
光の粒が跳ね、文字がひとつずつ並んでいく。
(……ふふふ……この圧倒的な名付け! 完璧!)
──『名前:ハムマル』
名前を決めた瞬間──
まるっこい三角の耳がピンと立ち、瞳がまん丸に戻る。
ハムマルは、試しに短い足に力を込めて、草原を蹴ってみた。
(──おぉ! なんて軽やかな身体! 思ったより力強い!)
地面を掴む肉球の感触、
憧れの“景色”を、自分の足で踏み締めている。
(よし、まずは草原を探索しよう!)
その刹那──
背中に、鋭い衝撃が叩きつけられた。
「ッ──!」
音にならない息が漏れ、身体が前へ投げ出される。
生い茂る草に顔から突っ込み、
視界は自分の影と揺れる草だけになった。
何が起きたのか理解するより早く、背中に圧力が加わる。
小さな身体では抗えないほどの重さだ。
(──爪が食い込む感触! 踏みつけられている!?)
(何の音も気配もなかったのに!!)
──急に、獣のような呼吸音が聞こえてくる。
鋭い痛みが広がり、
じわ……じわ……と、確実にHPが削られていた。




