第28話:収納物ウィンドウ
巣の底にころころと転がる、幾つもの結晶面のささやかな光芒──
それはまるで、聖夜の街を彩る煌めきのように──もふもふの胸へ温かな瞬きを届けていた。
その多くは、サイコロの角を大きく削り落としたような、正八角形と正三角形が組み合わさった結晶体。
(……これは、たぶん……)
(俺が倒した巨蜂の魔石!)
(やっぱり、ワームが死骸を回収して、溜め込んでたんだ)
巨蜂との激闘がよぎる。
死を覚悟して挑んだ、あの戦い──その戦果は、手の中からするりとこぼれた。
(取り返した!)
ふくっとした頬がわずかに震える。
涙が出るほど嬉しい──けれど、涙は出ない身体だった。
ハムマルは、魔石を拾ってはぽいぽいと口に入れていく。
すると──魔石は頬に押し込んだ瞬間、吸い込まれるように消えた。
(『ほお袋収納』スキルって、どうやって使うのかと思ったけど──)
──頬に溜めようと意識すると、ふっと消える。
(簡単に使える! 体が勝手にやってくれてるみたい)
むくむくな手で合掌し、少し目を閉じ──
魔石の元になった魔物たちと、
闘志を与えてくれた本能と、
スキルを自在に操るこの身体に対して、感謝の念を送った。
ハムマルはちょこんと座ると、短い両後ろ足をぽすんと投げ出し──
小さな両手で巨蜂の魔石を持ち──ポリポリと幾つか食べ始める。
──それは、焼き立てのフレンチトーストに、蜂蜜をたっぷりかけたような、香ばしくて甘い、とても豊かな味わいだった。
(これこれ! 一度もちゃんと味わえなかった──)
(こんなに美味しかったんだ……)
結晶が砕けるたび、甘い香りがふわっと鼻先をくすぐり、
体の奥に染み込むように広がっていく。
(『炎化身』を使えるようにしておこう……)
──『MP:120/187』
(そして──)
ハムマルは“第1コアスキル”──『炎尾』を使う。
──橙色の炎が尾から伸び上がり、くるくると体を包むように巻きついていく。
その熱はじんわりと体を癒し、
同時に、炎の揺らぎが土壁に反射し──巣全体がゆっくりと呼吸しているように輝く。
(HPは、なるべく回復しておかないと!)
(──よし! やっぱり、狭い場所の方が熱が逃げにくくて回復量多い!)
さらに何度か繰り返し、HPを整えていく。
──『HP:101/112』
(転生した時の4倍以上……かなり安心感あるなぁ)
(ついでに明かりにして──)
土と石が入り混じり、
巨大ワームの出入りの圧力で滑らかな土壁。
特に地面側はつるりと光沢を帯びている。
ハムマルはぴょんぴょんと、
巣の入り口へ登りながら調べていくと、やはり魔石が点々と落ちていた。
──それは、炎の光を受けて、宝石のようにちらちらと輝く。
炎尾の光が壁をなぞるたび、
土の粒子がきらりと反射し、
ハムマルの丸い影が──壁にふわりと揺れながら進んでいく。
魔石は、少し大きめのもいくつかと、
ひときわ大振りな一粒が、巣の底の壁際に転がっていた。
(こっちはウルフのと、少し小さ目の──似てるやつ)
(この大きいのは、ワームのだよな……?)
そんな歓喜のさ中──
ハムマルの胸には、ひとつだけ影が落ちていた。
(…………)
炎尾の橙光に照らされた丸い瞳が、ほんのわずかに揺れる。
(……この中に……ハムスターモンスターの魔石がありませんように……)
幸いにも、大きめの一つを除けば、見覚えのある魔石ばかりだった。
(あのウルフの魔石に似ている……これは大丈夫だよな……?)
巣を上から下まで往復したハムマルは、
腕組みのように、短い前足を胸元で上下に重ね、
短い後足もあぐらのように少し重ね、横壁にもたれながら、もふっと座る。
(確認する方法は……収納物のリストとかないのかな?)
そう思った瞬間──空気がひとつ震え、
“収納物リスト”のサブウィンドウがふわりと開いた。
(──うおっ! びっくりした!)
(そうか……ステータスウィンドウと同じで、意識すれば開くんだ!)
“収納物リスト”は、
横10、縦20のマス目が表示され、
右端にはスクロールバーがあり、
それぞれのマスには収納物の画像と、
画像の下に文字──説明が表示されていた。
一列目の左上には──
知っている巨蜂の魔石の画像と『ランスホーネットの魔石(30)×28』の説明。
その隣には──
知っているウルフの魔石の画像と『ダークファングの魔石(100)×2』の説明があった。
(あのウルフ、“ダークファング”って名前だったのか……)
(一度収納して、確認してから食べればよかったんだ)
リストにはさらに、
──『グレーファングの魔石(40)×5』
──『デスブルームワームの魔石(800)×1』
と、淡い緑光のウィンドウの中に整然と並んでいた。
(やっぱりウルフ系の魔石か……回復量と名前からして下位種かな?)
(そして、この巣の主だったあいつは──“死の咲く虫”か……)
(ホントにその通りのやつだったよ……)
そして──
ハムマルの瞳が、ぱちりと大きく開く。
(ハムモンの魔石はない!)
胸の奥がふっと軽くなり、なだらかな肩が小さく上下する。
(亡骸はもちろんだけど、魔石も見たくもないよ……ハムモンのは……)
わずか半日でも、
しっかりと愛着の湧いた“戦友”とも言える体。
その同族の不幸な末路は、想像しただけで胸の奥がきゅっと締めつけられた。
その時──
巣の入り口から少し奥──
ハムマルの座り込んでいる場所まで──青白い光がすっと差し込んでいた。
(!?)
体がぴくっと跳ね、ハムマルの瞳がぱちりと開く。
(月明かり……?)
転生前、宇宙が大好きで、夜空が大好きで、プラネタリウムが大好きだった。
その記憶が、胸の奥に温かく蘇る。
ハムマルは、バッと四肢で立ち上がり、
ぴょんぴょんと巣の入口へ駆け上がっていった。
夜だというのに、
丸い輪郭が淡く縁取られ、
その瞳も、体も、青白い光に照らされる。
──光が毛並みの先でふわふわと遊ぶ。
巣穴の縁に到達すると──
ポコッ、と小さく音を立てるように顔を出す。
その瞳を満たしたのは、
人工光に邪魔されない深い藍の夜空──
澄み切った空気
宝石のような星々
中天の上の大きな満月
それは青白い光を惜しみなく放ち──荒野を地平線の彼方まで菫色に広げていく。
そして、
何よりも視線を奪うのは──
地平線の端から端まで、中天を覆うように弧を描く鮮烈な光の帯だった。
輝きは両端ほど白銀に強く、中央に向かって──
白銀から白へ──白から青へ──青から紺へ──滑らかに色彩が溶け合う。
──まるで夜空そのものに、巨大な光の川が流れているようだった。
ハムマルはしばし言葉を失った。
やがて──
丸い瞳が大きく潤み、
ふくっとした体が風もないのにわずかに震える。
(……この星は……リングがあるんだ……)
──転生前、シミュレーターアプリで様々な星の夜空を楽しんでいた。
(色んな星の地表から空を見るのが楽しかった……)
(特に土星が最高だったなぁ──)
(……まさか、この目で見られるなんて……)
かつて掌の中で観た雄大な環──
地平線から地平線へと流れる光のグラデーションを、ただ、ただ、つぶらな瞳に映し続けていた。




