第27話:大量の魔石
まばらに青草が伸びる、どこまでも平坦な大地。
沈みゆく夕日が水平線だけに赤を残し、空の奥から薄暗い紺が静かに広がっていく。
人の背丈の二倍はある“分厚い布製の大型テント”が、ぽつり、ぽつりと距離を置いて点在する。
柵もない放牧地では、丸っこい背中の農耕馬や山羊の群れが、気ままに草を食んでいた。
テントの陰──
使い込まれた革エプロンをつけた日焼した男性が、干し草の束を荷台へ放り投げる。
その頭上の黒い三角耳は、先がわずかに白髪になっている。
男が汗を拭おうと腕を上げながら、
「御者見習いの話が来たときは……」
「いい経験になるし、ちょうどいい小遣い稼ぎだと送り出したが──」
「あいつ、気弱だからなぁ……商人どもに、良いようにこき使われてるんだろうな」
ぽつりと声を漏らすと──
テントの入り口から顔を出した女性が、細い眉を和らげた。
黒髪を後ろで束ね、頭には男性と同じ黒い三角耳がのぞいている。
「少しは逞しくなって帰ってくるかしらね~」
「ははっ、半月そこらでか?」
「まぁ、そう言いつつ期待してしまうがなぁ」
テテオの父は苦笑し、太い腕の袖を捲りなおす。
母は遠くかすむ大地の先へ視線を注ぐ。
「……でも、あの子に黙って行かせたこと、怒られないかしら」
「あんなに遠くに就職したのに……毎週末会いに来るから」
「いつまでも弟ベッタリってわけにはいかんだろう……テテオももう12歳だ」
父は三角耳をぴくりと動かし、鼻先で短く息を吐いた。
「いつまでも姉の背中に隠れてちゃ、一人前の男になれん」
「……まあ、あいつなりに踏ん張って戻ってくるさ」
乾いた風が吹き抜け──
鶏の鳴き声がのどかな風に混じり、空の遠くへと溶けていった。
◇
巨大ワームの死骸が、
まるで煙のようにふっと消え──
ハムマルの丸まった体だけが空中に取り残される。
(!?)
(やったああぁ!!)
むくむくの手を握り、
短い人差し指を立てて、両手を顔の前にかざす。
(イェアァ! ッフゥー!!)
瞳がきらりと輝いた、その直後──
──“ドフッ!”
「キュッ!」
真っ直ぐ尻から落下し、
──“ボスッ!”
「キュッ!」
少し弾んで背中をぶつけ、
──“ゴッ!”
「キュッ!」
少し弾んで後頭部をぶつけ、
そのまま、ボールみたいに──
坂になっている巣穴の奥へ、“ゴロン ゴロン”と転がっていく。
「──ッ!」
何度か弾み、
毛並みがふわふわ揺れ、
巣穴の底の壁に、頭を下にして背中から──“ビター!”と、勢いよくぶち当たった。
「ギュッ!!」
必死にもがいていた四肢は、短すぎてなにもできなかった。
身体を丸め、
もふりと尻を下し、
底の壁に向かって座り込む。
(……痛たた……)
(……あの状況で魔石化したら、落っこちるに決まってるのに……)
もそもそと尻を撫でる。
ぶつけた背中も撫でようとしたが、手はほぼ脇腹に着地した。
(……は~、でも、気がついてよかった……)
(飲み込まれてても関係ないんだよ、死骸は死骸なんだから……)
ふと、ステータスウィンドウを開く。
──『HP:58/112』
(“10”ぐらい減ってる! 危なっ!!)
(……もっと考えて行動しないと……)
──ステータスウィンドウの緑光が、ぼやっと底の壁を照らす。
(……しかし……)
座り込んだまま、腕組みのように短い前足を胸元で上下に重ね──
(いま転がって食らったダメージって)
(あの巨蜂にザックリ斬られた時と同じぐらい……?)
鼻息をふんふん鳴らし──
(あまりにも、ダメージの感覚が、俺の常識と違う……)
(なぜだ……なぜなんだ……)
目を細めて、考え込んだ。
(…………)
そして、カッと目を見開く。
(……解せぬ……)
なにも閃かなかった頭の上で──
丸っこい三角の耳がピクリと跳ね、毛並みがふわふわと揺れた。
その時──
──“バラバラッ”と、硬いものが次々に背中に当たる。
「ギ──!!」
まるい体がビクッと跳ね、
四肢を大の字に広げて、
天井におでこをコツンとぶつける。
(なに!! 虫!?)
大慌てで四肢をしゃかしゃか動かし、
巣穴の壁を、下──右──上──左──と、
ジェットコースターのように、らせん状の軌跡で暴走する。
その間も“硬い何か”を、
蹴ったり、踏んだり、弾き飛ばしたりした。
「ギー!」
そのたびに悲鳴を上げる。
巣穴の奥は深い闇の底──
(虫の魔物!?)
(ダメダメ! MPないんだ!!)
ハムマルは、
両前足を前にピンと伸ばし、
その腕の上に頭を平たく乗せ、
背中も平ぺったく、後足も斜め前に伸ばし、
尻だけがふくっと盛り上がる──完全な後ろ重心で身構えた。
耳をぴこぴこと──鼻もぴくぴくと──音と臭いに全神経を集中させる。
(なんの音も臭いも……気配もない……)
(……けど、あのウルフみたいなやつもいるし……)
その時──
(……あっ!……)
(ステータス!)
ステータスウィンドウが開くと、
(うぉ~光ってるとは思ってたけど──)
(明かりに使えるとは……どういう仕組みなんだろ……)
縁取りが光り──巣穴の地面がぼや~っと照らされた。
そこには──
全体が平らな滑らかな面で構成された、
自然物とは異なる小石ほどのものが、ころりと転がっていた。
淡い緑光が──その結晶面にツルリと艶を与えると、
ハムマルはビクッと跳ね──四肢を伸ばしたまま、尻からもふっと落ちる。
しかし──
(……えっ……?)
(今のって──)
急に前のめりになり、グッと顔を近づける。
(!?)
鼻元のふくらみがぷくっと持ち上がり、
口が逆三角に大きく開くと、全身の毛並みが僅かに震える。
(魔石だー!!!)
──あれほど入手に苦労した魔石が、今は目の前に点々と転がっていた。
ハムマルは、飛び込むようにひとつ目を押さえつけ──夢中で掴み取ると口へ運ぶ。
「ムグ!」
さらに、短い前足をばたばた動かしながら、
次々と掴み──ぐいぐい口に入れて『ほお袋収納』へ押し込んでいく。
「ムグ……ムググ……」
暗がりを照らす淡い緑光の中──
その漆黒の瞳はまるで星空のように──
結晶面の艶を幾つも映し込み──うるうると大きく揺れていた。




