第24話:二つの炎
切り札の『炎化身』──
その発動の直前、ひらめきが稲妻のように走った。
暗闇と酸がまとわりつく空間で、ハムマルの脳裏に、あの光景がふっと蘇る。
──圧力が弾け、空中へ打ち上げられ、世界が裏返るように回転した、あの一瞬。
(……あれって……)
(狭く閉じた空間──『炎化身』の膨大な熱──)
(空気が膨張して爆発した!)
短い四肢が、身体の痺れを思い出し、微かに震える。
次に、脳裏に浮かぶのは──
(……また吹っ飛んだら……)
(間違いなく、出口は──)
頭部が八つに裂けて咲いた、肉と歯列の花。
(あの無数のナイフのような歯の方向……)
(突っ込んで……大根おろしに摩り下ろされるように……絶対に死ぬ……!)
──巨大ワームは、ゆるり、ゆるりと動き続ける。
波のようにうねる消化管──
仰向けで平ぺったくされている体が、圧迫されていく。
ハムマルは、まぶたの裏に浮かぶステータスへ、意識を滑らせた。
──『MP:88/187』
(!!)
(ちょうど両方使える!)
(まずは──)
つぶらな瞳がキッと細まる。
──“ヴォルカテイル!”
尻尾の付け根から“ゴウッ!”と炎が咲いた。
橙の炎が尾を伸ばそうと──行き場を失った光が、今は平らになっている尻を照らす。
酸に濡れた毛並みが、
炎に柔らかく揺れ始め、
熱が心地よく身体へと染み込んでいく。
──1秒
炎尾が酸を蒸発させ、背中側にわずかな隙間が生まれる。
ハムマルは短い四肢をまだ動かせないまま、炎尾に力を込め、消化管へ突き刺すように押し込む。
──ぬめる肉壁の先で、巨大ワームの身体がビクリと跳ねた。
(……気づいたか……)
酸の蒸気が高温の霧となって立ちこめる。
小さな体は、暗闇と圧迫から解放されようとしていた。
──3秒
巨大ワームの動きが速まる。
消化管の壁が大きくうねり──頭部が丸い光へ向けグイグイと押し進む。
同じように炎尾も、ワームの体組織へ向けグイグイと押し進む。
(はやく! はやく──!)
──巣穴を這い上がる激しい揺れが襲い来る。
だが、炎尾の熱による大量の水蒸気が、
真空パックのように密着していた消化管の肉壁を押し広げ、
──ハムマルを中心に、消化壁がぷくりと膨らむ。
(……動ける!!)
酸の蒸気が立ち込め、
そのモヤは炎尾の橙光を散らし、
もふもふに戻った毛並みは──金色の艶を帯びた。
──5秒
身動きが取れるようになったハムマルは、
その開放感から、
首をにゅっと伸ばし、
──つい、クンクンと──
「ブボォ! ブッフンッ! ゴフゥッ!」
酸の蒸気が鼻腔を刺し、毛並みがびくんと逆立つ。
(臭あっ! 痛いっ! 鼻が! 鼻がああぁ!!)
痛みに目をぎゅっと閉じ、
むくむくな両手で鼻を押さえながら、ふくっと縮こまる。
しかし──
(そんなことやってる場合じゃない!)
両前足をピタッと体に密着させると──
そのまま体をくるくると横に回転させ、炎尾を自分の体へ巻きつけていく。
──炎の軌跡が、ひらひらと柔らかく踊る。
(こんなに長くなってるなんて!)
(吹き飛ばされても、これで防御できれば──)
進化した炎尾は、さらに倍の長さへ伸びていた。
首元から腹まで巻きつけても、まだかなりの余裕があった。
──10秒
巨大ワームの頭部が、巣穴の外へぬるりと覗き出た瞬間──
炎尾はずぶずぶと消化管を破り、
ワームの体組織を抉り続け、
ついには外皮を貫き、巣穴の壁へ突き当たった。
(──ここだ! 行くぞ!!)
──“ヴォルカフレア!”
ハムマルの全身から炎が一気に吹き上がる。
狭い体内──
どこまでが食道で、どこが胃で、
どこからが腸なのかも分からない、ぬめる肉の筒を爆炎が貫いていく。
『炎化身』は細長く伸び、その“目のような模様”は、
極限の窮屈さに耐えかねるように“; ;”のようになっていた。
炎が上から下まで満ちる消化管は、
鮮やかな肉色のトンネルとなり──橙色の光が脈打つように照らす。
炎の轟音と、
──“ゴアアァァァ!”
気化する体液の悲鳴が、
──“ジュオオォォォ!”
重奏となり細長い空間に反響する。
蒸気が荒れ狂い、炎化身を包むように渦を巻く。
(……す、すごい……これなら……!?)
ハムマルの視界は、今は炎化身の内部の炎の奔流しか見えない。
だが、もう一つの──
『炎化身』の視界からはハッキリと見えていた。
(やっぱり、あそこに吹っ飛んだら……)
炎化身の顔のすぐ先に、巨大ワームの頭部──口腔が広がる。
正確な放射状の八本の切れ目が伸びるドーム状の先端の内側に、無数の歯がビッシリと並んでいた。
──15秒
体内の圧力で膨張し──
巨大ワームの身体は、肉がぎしぎしと軋み、巣穴の壁に押し付けられる。
そして──
巣穴から三メートルほど頭を出したところで動きが止まった。
体内の異変に気づいた巨大ワームは、狂ったように暴れ始めた。
──頭部が巣穴の外で激しく振り回される。
だが、その暴れ方も長くは続かなかった。
まるで、細長い風船を限界まで膨らませたように、
ワームの身体は巣穴と同じ角度で、ピンと斜め上へ伸びきった。
貫いた穴から、ハムマルはさらに炎尾を押し進め──
(吹っ飛ばないように──)
と、必死に脳裏でイメージを結び、
力を込めて“フック”のように高質化させた。
その直後──
巨大ワームの頭部が、圧力に押され“ガバッ”と八つに裂け、爆風が噴き出す。
──“ドゴオォォッ!!”
肉片の付着する歯が、
幾つも、幾つも、飛び散り──
青い血が霧のように宙へ舞う。
爆風がハムマルをも吹き飛ばそうとするが、
「キュッ!!」
開いたワームの口の方向──斜め上へと──
炎尾にぶら下がり──ミノムシのように揺れながら留まった。
(……危ない……)
炎化身の視界には、
周囲の壁にびっしりと並ぶ歯が、恐ろしいほど鮮明に映っていた。
──20秒
炎尾がふっと掻き消えた。
すると──
吹き上がり続ける熱風と水蒸気が、
無数の歯が並ぶワームの口の方へ、ハムマルを押し流していく。
(──うわわわっ!)
(進むな! 戻れー!!)
ハムマルは空中で必死に──
両前足をグルグルと回し、両後足を上下にバタバタと動かし、流れに逆らおうとする。
──それはクロールに見えなくもなかった。
すると──
(おっ? おぉ! 止まった!)
(そうか! 『炎化身』は少し動けるんだ!)
ハムマルは空中で少し落ち着き──
両前足をピンと前に出しては、横へ大きく広げ──
両後足をピンと横に大きく広げては、後ろにピタッと閉じる。
──それは平泳ぎに見えなくもなかった。
(それなら、このまま脱出を──)
だが、その希望はすぐに断たれた。
巨大ワームが、
爆風でこじ開けられていた口を──さらに“グバァッ!”と開き、
──“ドガガガァァ!!”
(うおぁっ!?)
割れた頭部の八枚の裂片、
その一枚一枚から、
銃弾のような速度で、
ナイフのような歯が一斉に射出され、
わずか数秒でぐるりと一周する。
(……なんて……攻撃だ……)
炎化身の視界に大きく映り、ハムマルはその光景に目を見開いた。
蒸気のモヤの向こう──肉色のトンネルの先──無数の刃が、天の遥か彼方に消えていく。
──それは、成すすべなく弱っていく無念さ、絶望と憤怒の断末魔に等しかった。
──30秒
巨大ワームのスキルが、ふっと途切れた。
肉の震えも、歯の射出音も止まる。
(!?)
(このスキルは、もっと長いはず……?)
炎化身の視界では──
静まり返る歯列の先で──空が夕日に染まっていた。
すると──
<経験値880を獲得しました>
<レベルが上がりました>
<レベルが上がりました>
(!!!)
その瞬間──炎化身がふっと掻き消え、
「キュッ!」
黒焦げの消化管の上へぽんっと落とされた。
炎の光は消え蒸気だけが残り、もふもふに戻った体の周りに静かに漂う。
ハムマルは上体だけを起こして座り込む。
蒸気が夕光を散らすと──
そのふくっとした輪郭を縁取るように、橙色の毛並みの先端が金色に滲んでいた。




