第21話:ステータス『知識』の謎
ハムマルは、まるで真空パックに押し込まれた食材のように、みっちりと全身を圧迫されていた。
巨大ワームの体内──
ぬめりと生温かさを帯びた肉壁が──
上下左右から押し寄せて身構える隙間もなく締めあげる。
視界は完全な闇。
仰向けのまま、“きをつけ!”の姿勢で固定されていた。
短い四肢はピンと伸び、毛並みが押し倒されてしっとりと湿っていく。
(うぐぐ……まるで動けない……)
(なんて力なんだ……『筋力』が三桁はありそう……)
(……身体の大きさが違いすぎる……)
指一本すら動かせない密閉空間──
いつもは眼前に開くステータスウィンドウは、まぶたの裏に浮かび上がった。
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名前:ハムマル
種族:シューティングスター・ハムスターモンスター
状態:普通
LV:8(3up)
HP:19/78(18up)
MP:61/160
体格:6
筋力:13(3up)
敏捷:13(3up)
知識:10
思考:16
備考:
ハムスターモンスター種の中級
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まぶたの下の漆黒の瞳に、緑光が揺らめく。
(最大HPは、生まれた時の3倍か、よく上がったな……)
意識がすっと下の数字へスライドする。
(飛び込む前に、魔石二つで“60”回復したから──その前は“MP1”!?)
(最後の炎尾、ギリギリだったんじゃん!……危なかった……)
(そして、こいつの口に飛び込んで──)
(偶然が幾つも重なって……今、よく生きてるよ……)
伸ばされた四肢がプルプルと震える。
(……でも……それも長くはなさそう……)
ハムマルの体は、酸でじりじりと溶かされ、
艶やかだった毛並みは、ところどころチリつき始めていた。
肌に触れる液体は、炎のような心地よい熱さではなく──不愉快なチクチクとした熱さだった。
◇
ハムマルの脳裏に──
あの瞬間の光景が浮かび上がる。
割れ咲く“肉と歯列の花”──その中央にぽっかりと開いた穴。
地面を抉り爆ぜ飛ばす炎尾、
後ろに持っていかれる毛並み、
ペタンと倒れる耳、
目を細く閉じ、
体をふくっと丸め、
重力の向きが回転するのを感じながら──飛び込んだハムマル。
“ゴクリ”と丸呑みにされ──
圧迫、ぬめり、生臭さ、生温かさを感じ、
続けざまに“ゴクリ”──“ゴクリ”──と、
波のような蠕動に押されて、奥へ、奥へと、運ばれていく。
そのたびに姿勢がぐるぐると変わり、
頭が上になり──横になり──逆さになり、
最後には仰向けの姿勢でぴたりと固定された。
その、最初の“ゴクリ”の直後──
道路工事のような轟音が、巨大ワームの体内全体に響き渡った。
その刹那──何かを“射出した”ような振動が、重なりに重なって押し寄せる。
(あのナイフのような歯を発射したんだ……!)
体内を伝う振動は、上、右上、左、左下と──強烈な衝撃の線が、綺麗な円を描いて駆け抜けていく。
──視界は闇の中なのに、あの八枚の花冠をぐるりと一巡りした光景が、“見ているかのよう”に理解できた。
(でも……おかしい……!)
予想を裏切り、連続する振動は円を描いて回り続ける。
(一周したのに……なんで止まらないの!?)
(もう終わった場所から、また振動が伝わってきてる……!)
(……まさか……撃った先から新しい歯が生えてる!?)
休む間もなく二周目、三周目と肉壁を揺らし続け、
(十周!……あの見えた数の……十倍……!?)
(こんなやつ……鉢合わせたら終わりだよ……)
(残ってた巨蜂も、ただでは済まないよな……)
その巨蜂たちの末路も、“見ているかのよう”に想像できた。
次の瞬間──
じわり、と顔を覆っていく消化管の湿った内壁──
「──フギュッ!」
(息がっ!!)
(やばい! 窒息する──!! 死ぬ!!!)
目を見開き、首を激しく振って抵抗するが、
鼻が塞がり、鼻元のふくらみの隙間すら粘膜で密着され、
──喉へ続くわずかな空気の道筋が完全に消失した。
四肢を無理やり突っぱねて、肉の壁を蹴り飛ばそうと身をよじる。
だが、暴れれば暴れるほど、逆に全身を包む圧力が強まるだけだった。
……
…………
………………
しかし──
(??)
いくら経っても、気道が焼けるような酸素欠乏の苦痛は来なかった。
(……え!? 苦しく……ない……?)
痙攣するほどに張りつめていた四肢から──すうっと緊張がほどけていく。
(……まさか……息しなくても平気な身体だったなんて……)
(だから走り続けても、苦しくなかったんだ!)
(助かった! けど、……この身体、どうなってるんだろう?)
──“可愛さと多細胞なのを除けば、ほぼスライム”、人類の研究者にそう言われる理由の一つだった。
◇
そして今──
巨大ワームはズリズリと巣穴から這い出し、身体をくねらせて動き回っていた。
ハムマルの体も、右へ──左へ──と、揺すられ続ける。
(……痛たっ……痛たたた!……つ、つぶれる……)
押されたり──伸ばされたり──HPがジワジワと削れていく。
(……苦しっ……!)
そして、体内に、短く──
ゴクン、ゴクンと、肉を締めあげる収縮の波が伝わってくる。
(……巨蜂の死骸を飲み込んでる……?)
(なら、死骸か魔石が──ここまで下りてくるかも!?)
暗闇と痛みの中で、まぶたの裏の瞳が輝く。
だが──いくら待っても、何も落ちてこなかった。
(……俺みたいに、収納するスキルを持ってるのかなぁ……?)
肩を落とすように、しょんぼりと力が抜ける。
──ワームの頭部からわずかに下がった位置の、つるりと太く膨らんだ肉の帯が怪しく蠢いていた。
巨大ワームの消化管はどこまでも暗く──
生温かさを帯びた酸が、飲み込んだ獲物をじわじわと侵食していた。
──『HP:12/78』
酸の刺激が、皮膚の下で細かい火花を散らすように痛む。
(頼む……じっとしてたら、“MP”、自然回復してくれるよな……?)
──『MP:61/160』
(『炎尾』は何回か使えるけど……)
(俺が呑み込まれた時、炎尾は発動中だった……)
(それを、こいつは何事も無いように飲み込んでいった!)
生臭い壁に圧しつけられたまま、
まぶたの裏に浮かぶ緑光の数字を、祈るようにじっと見つめる。
(それに、中途半端な攻撃でこいつが暴れたら……こっちが……)
(こいつを倒すには『炎化身』しかない!)
そして──どれほどの時間が経ったのか。
──『MP:61/160』
(……くそっ……これもダメか?……なんでだよ!)
(攻撃されているような状況だから……?)
(息ができないから……?)
命がじりじりと削られていく焦りが──胸の奥を焼くように広がる。
(炎尾で酸とか体液が蒸発すれば、膨らんで隙間ができるかもしれない……)
(そうすれば、炎尾を身体に巻いて、鎧の代わりにできるかもしれない……)
(そうやって粘れば、俺を吐き出してくれるかもしれない……)
ハムマルは、閉じていた目を、さらにギュッと閉じる。
(……かもしれない、ばっかりだなぁ……)
もし、身動きが取れたなら──両前足で目を覆い──力なくうな垂れていただろう。
しかし──
暗闇と圧迫の中で、ハムマルの体がビクッと跳ねた。
まぶたの裏で緑光の画面が何度も開いては閉じ、それが何度目の確認だったのか分からない。
その瞬間は突然訪れた。
ずっと動きのなかった、ひとつのステータスが、
──『知識:11(1up)』
ふっと光を帯びて──上昇した。
(……そうか!)
(ステータスの『知識』って──ホントに文字通りの意味なんだ!)
さらに──
瞳に映る“ある数字”が、黒い世界の中で鮮やかに脈打つ。
──『MP:77/176(16up)』
(“MP”も増えてる……!!)
胸の奥に小さな火が灯り、四肢の指先に力が入る。
酸の痛みも──圧迫も──暗闇も──その一瞬だけ遠のいていった。




