第20話:狂い咲く歯列の花冠
荒野の隆起を轟音が貫く。
ひび割れた大地が──揺れ──震える。
爆炎が頂上の巣穴の入口を歪ませ、土煙が立ち昇り──
砂粒も、石も、岩も、爆音と共に弾け飛び、熱を帯びた空気が斜面を駆け下りる。
爆風はさらに──
色鮮やかなのも、
焼け焦げたのも、
幾つも、
幾つも、
巨蜂を爆ぜ飛ばし──天空へと撒き散らした。
──狭く閉ざされた空間に満ちる膨大な炎、その熱で限界まで膨らみきった圧力が、一気に巨蜂の壁を食い破っていた。
最後に吹き飛んだハムマルは、
スキルによる体の軽さで、最も爆風に押され、
渦のように乱れ散る巨蜂の中へと突っ込み──ピンボールのように跳ねまわる。
外殻の硬い感触が、衝突のたびに身体の奥に鈍く響く。
最後には地表へと弾き飛ばされ──斜面の先の先へ落下した。
「ンギュゥッ!」
勢いで丸い体が転がり続け、土埃が舞い上がる。
(……な、……なにが……)
地面にペタッと貼り付くような、妙な姿勢で何とか止まり、
(……うぅ……)
“デデーン”という重い効果音が脳裏に響き、視界の端に小さな半透明のダイアログが開く。
──『状態:痙攣/[蜂のアイコン]』
──『HP:9/72』
(……なんだ……これ……)
(……さっきレベルアップして無かったら……死んでた……?)
炎化身の“目のような紋様”も、“× ×”のようになっていた。
上空では──
無数の虫の羽の破片が、
砂埃に混じり、
陽光を細かく砕き、
鈍い虹色を散らして──風に舞う。
吹き飛んだ巨蜂たちの背は、すべて羽の根元だけになっていた。
空を掴む力は失われ、重力に引かれるまま──地表へと叩きつけられていく。
──“ドガッ!”、“ゴトッ!”
<経験値30を獲得しました>
<経験値30を獲得しました>
……
──“ドザッ!”、“ガシャッ!”
<経験値30を獲得しました>
<レベルが上がりました>
……
荒涼とした空気の中──
脳裏のアナウンスと、乾いた衝突音が鳴り続けた。
しかし──
ハムマルの頭上まで見通す広い視界に──ゆらりと黄と黒の影が侵食してくる。
それらの腹部の先端から、
黄光の線が幾本も走り──光のランスへと収束する。
──その瞬間、ハムマルを包む炎化身はふっと掻き消えた。
“光棘”が一斉に、地表にぽつんと現れた朱色の毛並みへと向けられる。
(!?)
(まだいたのか──!)
短い四肢に力を込めるが、
爪先はプルプルと震え、腹はぺたんと地面へ落ちていく。
(くそっ! 動け! 動けって……)
背中に力を入れようとしても、毛並みがわさわさと揺れ、首を僅かにもたげられただけ。
(HP残ってるじゃん!……頼むよ……)
すると──
尻尾だけが、ぴこぴこと動いた。
(!!)
──“メテオテイル!”
火花が尾の先に灯り──伸び上がる炎が地面を照らす。
ハムマルは、もふもふの体を地に擦らせながら、炎尾を弾き続ける。
幾本もの光棘が一直線に突っ込んでくる。
──“ボウゥォォ!”
炎尾が大地を押し、砂が熱で舞い上がる。
ハムマルの体が浮き上がった、その時──
──“ズガガァァァ!!”
すべての光棘が、地面へと突き立つ。
黄色い光が砂塵の中で揺らめき、乾いた土の匂いが風に流れた。
ハムマルは、小さな尻尾と炎尾だけを動かして──ぴょん、ぴょんと進む。
毛並みがふわふわ上下し、四肢はだらりと下がりぷらぷらと揺れる。
──その見据える先には、爆風で吹き飛んだ巨蜂が、地面一面に影を落としている。
(どれも、ピクリとも動かないけど……)
(それほど損傷してないのも多い……生きてるかな?)
触角、細い脚、甲殻の焦げた匂いが鼻先をかすめる。
(……こいつなら……!)
ハムマルは黒焦げの一匹に進み、その上へ倒れ込むように着地する。
震える身体が骸に圧し掛かると──
(魔石化!)
──淡い光が黒焦げの外殻を包む。
そして、
地べたを這いずり──
口で魔石を探し──何とかくわえる。
もふもふの頬が土で汚れ、小さな前歯がカチリと鳴った。
さらに炎尾を弾くと、もう一匹の黒焦げへ転がり、再び魔石化──這うようにして口に入れる。
(あと一つ! それで『炎化身』で回復して──)
(それで勝てる! あんな数なら!)
(絶対に勝って自由を手に入れる!!)
その瞬間──
巣穴の方角から、土煙がもわりと立ち上がった。
乾いた砂が光を乱反射し、視界を白く満たしていく。
その中から──
巨大なミミズのような姿が、
──“にゅるり”
と首を出した。
(……!?……)
魚肉ソーセージのような体色。
直径は、ゆうにハムマルの体長の二倍はあり、
その先端は、他より少し濃い色で、つるりとした質感の半球状をしていた。
それは──
にゅるにゅると蛇のように這い出し、ハムマルの眼前に迫る。
ほんの一瞬だった──
先端の“放射状の八本の正確な切れ目”が、ピシリと音を立てて裂け、
──“バガァッ!”
と、爆ぜるように八枚の裂片が開いた。
つるりとした外皮の内側、
粘った光を帯びた鮮やかな肉の色に、
汚れたナイフのような歯がびっしりと生え、
──ハムマルの視界を覆い尽くすほどの、肉と歯列の花が咲く。
(……!!……)
無数の歯の向きは揃っておらず、
ガタガタに乱れていたが、
肉に紫色の光が纏い、
強く脈打った刹那──
すべての歯が“ギシッ”と音を立て、放射状に広がる角度へと揃った。
(ヤバい──!!!)
──雷鳴のような警鐘が、知性と直感から同時に鳴り響く。
ハムマルは、無意識に炎尾を地面に押し付けた。
まだ震える四肢で地面を弾き──もふもふの体を渾身の力で前へ押し出す。
──炎尾が火花を散らし──地面を抉り──自らを撃ち放つ。
それは、上でも、左でも、右でもなかった。
びっしりとナイフのような歯が整列する八枚の花冠──
その唯一、射線がないと感じた“中央の穴”に向けて。




