第19話:大群と炎化身
穴に飛び込むと──
陽の光が僅かに差し込む巣穴の先は、壁が半球状に盛り上がっていた。
周囲の乾いた土壁とはまるで違い、
魚肉ソーセージより少し濃い色で、つるりとした質感が光を鈍く反射する。
その表面には、中心から放射状に八本の──正確すぎる切れ目が走っていた。
それは、明らかに──
(くそー! 蓋──門があるのか!)
(だから入り口も、こんなに広いんだ……)
ハムマルは後ろ足で立ち、短い前足をきゅっと握りしめ壁を凝視する。
その時──ハムマルの耳がピクリと跳ねた。
胸の奥がひゅっと縮む、空気を伝う不快な振動。
(この羽音は──)
もう嫌というほど聞かされた、あの“光棘”が迫る時の前兆だった。
ハムマルは咄嗟にペタッと伏せた。
もふっとした身体が平ぺったく潰れ──短い四肢が大の字に広がり、地に吸いつく。
地面すれすれの鼻に、生気のない土の匂いが掠める。
──“メテオテイル!”
躊躇なく『炎尾』を発動する。
尻尾の先が“ボッ”と赤く灯り、炎が一気に伸び上がる。
そのまま、巣穴の入り口へ向けて真っすぐ突き出すと、
背中の毛並みが、炎尾の熱によってふわふわと泳いだ。
さらに──
炎尾の先端を渦巻き状にねじり、力を込めて高質化する。
──それはまるで、コルク栓抜きのようだった。
視線を上げると、斜め上の丸い光から羽音が侵入してくる。
乾いた土壁から砂がサラ……とこぼれ、ハムマルの耳も後ろにペタッと倒れた。
ハムマルに引き離された巨蜂の群れに──また、新たな羽音が重なった。
滑り込んできた黄と黒の影は、
その体長ほどもある“光棘”をギラリと伸ばし、ハムマルが消えた穴へ一気に突き進む。
敵が正面にいれば突き刺す、
もし跳ねて逃げれば、横薙ぎで斬り裂く、
それが、虫の原始的な思考が描く行動だった。
──すぐに、床に伏せている敵を複眼が捉える。
巨蜂はその瞬間──体を縦に起こし、光のランスを構える。
しかし──
立ち上がった腹部に、ブスリと炎尾が刺さる。
そのまま勢いで──
ズブリ、
ズブ、
ズブッ、
と、渦を巻いた炎尾が内部組織を押し分け、腹部を貫いていく。
(……そうなればいいと思ってやってはいたけど……)
(ホントに、そのまま突っ込んでくるとは……)
──巣穴の空気が、焦げた匂いに変わっていく。
炎尾の渦巻きが勢いを殺し切ったとき、
巨蜂の腹部の後ろには、炎尾が1メートルほど突き出ていた。
だが、巨蜂は腹部を貫かれても、
複眼はなにも語らず、顎をギチギチと鳴らし、
腹部を無理やりねじると──光棘を横へと薙いだ。
鋭い光の軌跡が、ハムマルの1メートルほど先で空を裂く。
風圧が頬をかすめ、おでこの毛並みがふさっと揺れる。
(あくまで攻撃か──)
(もはや、殺意だけの存在だな……)
ハムマルはサッと炎尾の渦巻きをほどき──
先端を巨蜂の腹部に巻き付けると、渾身の力で横へ振り抜いた。
巨蜂の身体が流れ──土壁から衝突音が響く。
さらに炎尾を逆へ振る。
今度は、羽が砕ける乾いた音が混じった。
(この程度の重さなら──)
(筋力はメチャ上がってるんだよ!)
平ぺったい姿勢のまま、
むくむくな四肢が土を掴み、尻がふくっと盛り上がる。
その直後──
丸い光から、巨蜂が続々と侵入する。
腹部を丸め、ただの棘を前に向け、身体を縦にして飛ぶ二匹が先行する。
(……来た……)
毛並みが逆立ち、僅かに震える。
その奥にも、三つ、四つ、と続く黄と黒の影。
──丸い光は瞬き続け、徐々に黒く染まっていく。
(逃げ場はない……ひとつのミスで終わる……)
だが、恐怖よりも──
身体の奥底から熱いものが湧き上がってくる。
(絶対に──生き延びる!!)
つぶらな瞳が僅かに細まり、
四肢のすべての爪に力が入る。
──炎尾の光が、巨蜂の幾つもの姿を、赤く浮かび上がらせる。
(まとめて入ってきて詰まったのか──?)
(それか塞いだのか?……逃げ出す気はないけどな!)
おびただしく重なる羽音が空気を震わせ続ける。
先兵のさらに先では、巨蜂たちが密集し、外からの光が途絶えた。
炎尾で捕えている巨蜂に視線を滑らせると──
(光棘──まだ残ってるのか!)
ハムマルは、炎尾をクルリとしならせる。
腹部を貫かれている巨蜂は、空中で横向きに倒れ──
その刹那──炎尾を一閃する。
──“ゴウッ!”
光棘が空気を裂き、その軌跡に残光が弧を描き──
その進路上の巨蜂を横薙ぎに斬り裂く。
──“ザバーッ”……“ドサッ”、 “ゴトッ”
首が二つ飛び、土の上に転がる。
<経験値30を獲得しました>
<経験値30を獲得しました>
続いて迫る複数匹にも向けて振るう。
だが、光棘は掻き消え、空を切るだけに終わった。
腹部を貫かれている巨蜂は、そのまま土壁に向かい鈍い音を残した。
<経験値30を獲得しました>
ハムマルは炎尾を弾き、ぶら下がる死骸を跳ね飛ばす。
──“ガシャッ!”
迫る複数匹に横向きにぶつかる。
同時に、一気に前へ飛び出す。
地に落ちた死骸のうち、首のない二つを素早く魔石化すると、
もふもふの身体をさっと丸め、両前足で魔石をぐっと掴み、口に押し込んだ。
「ムギュキュッ」
小さな頬がふくらみ──
もぐもぐと咀嚼する間にも──
正面から五匹が忍び寄ってくる。
──時間切れで炎尾は掻き消えた。
ハムマルは慌てて飛び退くが──
すぐに距離を詰められ、ブスッ、ブスリと棘に刺される。
(痛っ……くないっ!)
“デデーン”という重い効果音が脳裏に響き、視界の端に小さな半透明のダイアログが開く。
──『状態:毒/[蜂のアイコン]』
(毒なんかもう怖くなーい!)
口をぐっと結び、さらに両前足で押さえ込みながら──
ぴょん、ぴょん、と小刻みにバックステップする。
(これは絶対に飲み込む! 絶対に!)
だが、後退しながらも、
ブスリ──
ブスリ──
続けざまに棘が襲い来る。
痛みを堪え震える毛先──
「ンキュッ」
ハムマルは必死に喉を鳴らした。
──『MP:100/160』
意識の底に、
“第2コアスキル”のスイッチが、
ぱちんと音を立てるように浮かび上がった。
(キター!!)
ハムマルは目の前の巨蜂に飛び掛かり──掴んだまま後ろ向きに倒れる。
背中の毛並みが土に沈み、体の上の巨蜂に全力で爪を食い込ませる。
──“メテオフレア!”
(行けえぇぇ!!)
刹那──全身から炎が噴き出す。
──“ゴオアァァァ!”
赤い光が壁を舐めるように走り──爆炎が狭い巣穴を満たしていく。
熱で空気が震え、土の匂いが虫の羽の焦げる臭いに変わっていく。
炎化身は、穴の狭さに押しつぶされるように縦へと伸び──
ハムマルそっくりの“炎の姿”がぎゅっと細長くなる。
炎化身の、その“目のような紋様”は、
窮屈さに耐えるように“= =”のようになっていた。
──炎は穴のほとんどを埋め尽くし、巨蜂で塞がる入り口の直前まで届く。
だが──
巨蜂たちは無機質な複眼になんの色も見せず、炎の中で棘を突き出してくる。
(痛てっ! 痛た!)
隙間から棘が突き出され続ける。
(でも! 刺されたり、斬られたりにも強い体のはず──)
ステータスを確認すると、HPは半分以上残っていた。
(スキルで毎秒“1”は回復するから──)
(巨蜂を盾にしておいてよかった! これなら行ける!!)
炎の光がハムマルの瞳に映り込み、その奥で闘志が燃え上がる。
すると──
<経験値30を獲得しました>
(よし!)
<経験値30を獲得しました>
(よし! よし!)
<レベルが上がりました>
(!!!)
<経験値30を獲得しました>
<経験値30を獲得しました>
<経験値30を獲得しました>
<経験値30を獲得しました>
・・・
<レベルが上がりました>
・・・
<経験値30を獲得しました>
・・・
(来た来たキター! うおおぉぉ!!)
“炎化身”がまだ巣穴を満たす中──
ハムマルは無意識に口を開け、鼻元のふくらみをきゅっと上げていた。
そして──目の前に覆いかぶさる巨蜂の骸を魔石化する。
淡い光をまとった、八角形の魔石がクルクルと落ちてくる。
──ハムマルは目を輝かせ、口をあーんと大きく開いた。
胸が高揚感で熱く、
落ちてくる魔石の輪郭と軌跡、
すべての面の返す光まで鮮明に見える。
だが──
その魔石が、ハムマルの口に入ることはなかった。




