第18話:辿り着いた戦場
地平線まで続くかと思える緑の海の上。
──“シャシャシャシャシャッ!”
その朱色の四肢は残像が見えるほど速く──
青草を叩く茶色の先端が緑に染まっていく。
(ほぼ全力疾走だけど──)
(息がまったく上がらない!?)
(助かるけど……この身体、どうなってるんだろ?)
すると──
“デデーン”という重い効果音が脳裏に響き、視界の端に小さな半透明のダイアログが開く。
──『状態:疲れ/[蜂のアイコン]』
──『HP:55/60』
「キュッ!」
思わず声が漏れ、もふっとした背中がビクッと跳ねる。
(──ビックリしたっ! 転ぶとこだった!!)
(そっか、息が上がるんじゃなく、“HP”が減っていくんだ……)
(でも、この減り方なら──何とかなりそう!)
ハムマルはキュッと口元を引き締め、むくむくな四肢の回転を一段上げた。
朱の艶が波うつ背中に、陽光が──蜂の影を落とし始めた。
巨蜂たちは棘を突き出し、急降下を開始する。
ハムマルは広い視界を頼りに──
(……一発でも食らって……)
(毒を受けたら……そこで終わる!)
サッ、サッと跳ね退き、紙一重で躱し続ける。
巨蜂たちは棘を突き出しながら──
すべてが身を縦にした不格好な飛行態勢になっていた。
群れもそれぞれが標的に執着し、
バラバラと不揃いに降下しては、ただの棘が空を切る音だけを虚しく残していく。
(“光棘”を使ってこない……?)
(一度避けられたから、慎重になってるとか?)
(よく分からないけど助かる!)
すると──目前の景色が一変する。
海のように広がっていた美しい草原が途切れ──
ひび割れた乾いた大地と、
石が転がる荒れ地が、
見渡す限り広がっていく。
(……なん……なんだ、これ……)
その急激な景色の変化が“異常”であることを、転生者としての知識が嫌でも告げていた。
(でも、草原より走り易いかも!)
僅かに速度が上がる。
さらに──
(……こっち、こっちと来て……次はそっちか……)
跳ね退く足の音は次第に小さくなり、
朱色の軌跡はぬるぬると──滑らかな流れを描くようになっていく。
突き立てられる棘のわずか数ミリ隣を、朱色の毛並みがすり抜けていった。
もう──かなりの時間を走り続けていた。
(草原より……少し速く走れてるけど……)
足裏に伝わる地面の硬さが、徐々に“重さ”へと変わっていく。
(もうすぐか……?)
(いや……こういう状況での見積もりは大概甘い……)
(多分、よくて半分程度だろうな……)
と、頭のどこかが冷静に告げていた。
すると──
目前の荒れ地が、小山のように盛り上がっているのが見えた。
(登りで速度が落ちる……)
(炎尾を使うか、温存するか……?)
そう迷った瞬間──
周囲から新たに合流した羽音が空気を揺らした。
その数匹が“光棘”を発動させ、空気を裂くように加速し、最大速でハムマルへ突き進む。
(やっぱり、隙を伺っていたな──)
──“メテオテイル!”
ハムマルは反射的に炎尾を発動し、地面を蹴って跳ぶ。
だが、今度は着地しない。
空中で身体を伸ばしたまま──炎尾を自分の下へ巻き込み──頭より先の地面に先端を押しつけ、蹴る。
それを繰り返し、炎尾だけでカンガルーのように跳ねて進んでいく。
炎の尾が地面を弾き、火花が大地に散る。
爆発的な推進力が、追随する巨蜂の群れをあっさり置き去りにした。
(やっぱり! あいつらの本気飛びより速いじゃん!!)
突撃してきた新手すら、ぐんぐん引き離していった。
その小山の頂点付近に──小さな黒い点が見えた。
そこだけ光を反射しない“黒”がぽつりと沈んでいる。
近づくにつれ──それは丸く、
まるで光そのものを吸い込むような気配を帯びていた。
──間違いなく、“なんらかの穴”だった。
(!?)
ハムマルの瞳がぱっと輝く。
(見つけたー!!)
ちょうど炎尾が掻き消えた瞬間、ハムマルはその巣穴の正面に辿り着いた。
(思ったより近かった……穴も思ったよりデカい……)
(もっと、後ろ足で立って、ギリギリ通れるぐらいかなって?)
──直径は、ハムマルの体長の倍近くある。
(でも、これぐらいの方が戦いやすいか!)
穴の縁から覗き込むと──
内部は奥へ向かって坂になっている。
その傾斜のおかげで、日の光が奥の方まで届き、内部が淡く照らされていた。
(……パッと見では、虫も、コウモリも、なにもいない)
そして、十メートルほど先の一番奥は、壁のように閉じているように見えた。
(数秒であいつらが来る──)
(もう、行くしかない!)
陽の光が背中を照らし──
朱に輝くもふもふの毛並みが──
闇へ吸い込まれるように消えていった。




