第15話:活路への疾走
陽光を浴び、
風が撫でる穏やかな緑の海を、
一直線に切り裂く──朱に輝くもふもふの魔物。
その1メートルほどの身体が一心不乱に突き進む。
(あれだけ巨大な蜂だから──)
(どこか遠くの森から飛んで来てるのかと思ってた)
(“スズメバチ”っぽい見た目にも騙されてた!)
──前方の空に散らばる数十の黒いシミ。
(でも、あの群れがすぐに来たってことは……)
(あいつらの巣は草原にある──つまり、こいつらは“地蜂”だ!)
黒豆のようだったそれらは、
距離を詰めるごとに、輪郭が浮かび上がっていく。
(空から囲まれて、弄り殺しになるぐらいなら……)
(こっちから巣穴に飛び込んでやる!!)
つぶらな瞳に力強い光が灯る。
むくむくな四肢で地を蹴り続け、まっすぐ正面を見据えた。
◇
巨大蜂の大群──
何匹かの先兵が飛び出し、複眼が光を散らす。
それは一斉に“光棘”を伸ばし、多方向からハムマルへ襲い掛かった。
対するハムマルは、迫る光の軌跡を的確に見切っていく。
(視界が……広い!)
(凄い目だ──上は全部見える!)
腹部を丸めて突っ込んでくる個体には、
(これは突き刺し──)
タイミングを見計らってぴょんと跳ねて躱す。
身をねじって突っ込んでくる個体には、
(これは横薙ぎ──)
『光棘』の軌道を読み、ビョーンっと大きく飛び退いた。
跳ねて、
弾んで、
走り、
転がり、
また跳ねて。
──輝く広い草原の上、もし敵がいなければ、まるで楽しく遊んでいるようにすら見えるだろう。
(『炎尾』しか使えないから……毒を食らうわけにはいかない)
だが、言うまでもなく、ハムマルにとっては命がけの全力回避だった。
やがて──目前に、大群の本体が迫る。
先兵たちは攻撃を止め、まるで糸に引かれるように本体の脇へ控えた。
(さすが蜂……統率が取れてる……)
(本体の攻撃、それの邪魔にならないように動くのか……)
(逆に読みやすいけどな──)
数十の巨大蜂が、
空中で精密な“円”を描くように陣を組んだ。
その中心を獲物へと向け、どの方向をも確実に仕留める──まさに必殺の包囲網。
多少走る速度を変えようとも、左右に跳ぼうとも逃れられない。
──ハムマルの前方上空で、数十の“光棘”が一斉に輝いた。
黄色い閃光が空気を裂き──
疾走するハムマルの軌跡に合わせて急降下を始める。
それはまるで、
尖った鉛筆を数十本、両手でまとめて掴み、
小さな生き物へ振り下ろすような攻撃だった。
──ハムマルも、同時に炎尾を解き放つ。
大きく前へ跳ね、炎尾を“つ”の字のような形で身体の下へ滑り込ませる。
先端を地面に押し付けると──炎尾の力の限り大地を蹴り──体を前へ投げ飛ばすように押し出す。
──地面ごと抉れた草が、炎に包まれ後方に弾け飛ぶ。
頭上には、雨のように降り注ぐ“光棘”。
ハムマルは無意識に、その身を極限まで引き伸ばした。
前足は前に伸ばし──
後ろ足は後ろに伸ばし──
赤い毛並みが風に圧され、平ぺったく流れていく。
その速度は、大群の想定を遥かに上回った。
光棘の雨は標的を捉えることなく空を切り、
──“ドゴゴオオォォォ!!”
すべて大地へ突き立つ。
轟音が草原を揺らし──草が散り──土煙が舞い上がる。
その先を──
小さな背中が風のように駆け抜けていった。
着地しては炎尾で跳び──
また着地しては炎尾で跳び──
弾むように駆け抜け、巨大蜂の群れを一時的に引き離す。
(よし! 抜けられた!!)
(バラバラに攻撃される方がキツかった)
細めていた瞳がクリっと丸くなる。
(それに炎尾移動は──もしかしたら、あいつらより速いかも!)
だが、視界の端に浮かぶステータスの緑光の数字が、容赦なく現実を突きつける。
──『MP:58/160』
(……炎尾が使えるのはあと6回か……)
(巣穴に突入した時のために……1回は残しておきたい)
(いや、もう肉弾戦でも何でもやってやる!)
(──とにかく辿り着きたい!!)
四肢をシャカシャカと動かし草原を駆け続ける。
しかし──
後方から迫る黄と黒の影は、風を裂く勢いで確実に距離を詰めてきていた。
(やっぱり速い! 俺の倍近いかも……!)
(──待てよ!? 最初のやつとやり合ってから今10分ぐらいで……)
(あいつらの羽で10分なら──俺の足で巣穴まで20分か!?)
数字だけなら、思ったより短いと感じられた。
だが──その時間の過酷さがどれほどのものか、思い知るのに時間はかからなかった。
◇
ハムマルが生まれてすぐに、ウルフとの死線をくぐり抜けていた頃──
その遥か先、草に埋もれかけた「誰も使わない旧街道」で騒ぎが起きていた。
「……おい……冗談だろ……?」
「なんでこんな場所に蜂の羽音が……!?」
荷台から身を乗り出す剣士の、年季の入った甲冑がカチカチと鳴る。
拭っても拭っても冷や汗が頬を伝う。
「マジかよ……どんどん近付いてきてるぞ!?」
──『ランスホーネットのマーキング』。
過去、それを刻まれて長く生存した者は、ただの一人もいない。
冒険者たちの間では、死神が首筋に押し当てる『死の烙印』と同義だった。
「逃げろ……! 追いつかれたら終わりだ……!!」
風が途切れ──
絶望を告げる重低音が、確実に距離を詰め始めていた。




