第14話:大群襲来──転生者の知恵
くすぶる二つの黒い塊から熱気がゆらりとほどけ、
激闘の地は、草が風と遊ぶ音だけに戻っていく。
その骸の前に、ぽつりと小さな影が佇む。
ハムマルは、伏せた瞳とともに前足を小さく合わせる。
そして、骸に触れた瞬間──
黒く焦げた外殻は淡い光に包まれ、“コロン”とそれぞれ魔石へと変わった。
ハムマルはそれを迷わず口に運ぶ。
芳醇な甘さと香りが広がるが──
そのつぶらな瞳も、その鼻元のふくらみも、ピクリともしなかった。
(──ステータスっ)
浮き出たウィンドウに向かって、
ふくっとした首を前のめりにし──食い入るように、緑光の数字へ瞳を泳がせる。
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名前:ハムマル
種族:シューティングスター・ハムスターモンスター
状態:普通/[蜂のアイコン]
LV:5(1up)
HP:56/60(6up)
MP:67/160
体格:6
筋力:10(1up)
敏捷:10(1up)
知識:10
思考:16
備考:
ハムスターモンスター種の中級
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(やっぱり……レベルアップでは、筋力と敏捷しか上がらないのか……)
三角の耳の丸っこい先端がしおれた。
(でも、この二つだけでも馬鹿にならないか……)
(身体の動きはウルフの時と見違えるようだし──)
(炎尾の力強さも上がってる)
ハムマルは、まだ燃える草の中にぽとっと尻を下ろすと──
前足を胸元に小さく畳み、ほっと一息ついた。
(ホント、もう終わりかと思ったよ、特に毒が……)
(状態も普通……マーキングは残ってるけど……)
(でも、なんとかなってる!)
ウィンドウの光が、黒焦げの地面に淡く落ちる。
ハムマルは、成長した数値を目でなぞりながら、確かな“手ごたえ”を感じていた。
◇
やがて──
草の音を運ぶ風の中に、聞き覚えのある羽音が混じった。
──“ブゥゥゥン……”
──“ブゥゥゥ……”
──“ブゥゥ……”
その音がハムマルの耳に触れた瞬間、
目を細め、
口は“への字”に半開きで、
眉間に皺のようなふくらみを寄せる。
(……もううんざりだよ……)
(……これがマーキングか……)
だが──
その羽音は、今までと違った。
(……えっ?)
幾つもの音が重なり、空気の層を震わせるように聞こえてくる。
ハムマルは慌てて視線を向けた。
遠くの空に──
黒豆を握って、
バラッと撒いたような、
数十の黒いシミが散っていた。
(!?!?)
朱色の毛並みがブワッと逆立つ。
“バッ!”と跳ね起きた拍子に、そのもさもさがさらに激しく乱れた。
──脱兎のごとく地を蹴った足元から、千切れた草が舞い上る。
(ヤバい! ヤバい!)
(あんな数は絶対に無理──!)
だが──すぐにその勢いはなくなり、やがて足が止まる。
(……でも……逃げるって……)
(……どこに……?)
──見渡す限り、遮蔽物のない草原がどこまでも広がっている。
(何匹か倒せて、勝てる相手だと勘違いしちゃってた……)
(……戦っちゃいけない相手だったんだ……)
空の青さが遠のく。
迫りくる黒いシミが、じわりと思考を侵食していく。
ハムマルは、後ろ足だけでふらりと立ち上がった。
前足はだらんと下がり、風に揺れる小枝のように頼りない。
(さっきは……“後はいつ終わってもいいボーナスタイム”だって思ったけど……)
瞳の黒い光が水面のようにゆらゆらと揺れる。
(…………)
(あの一時の自由が……“ボーナスタイム”だったのかぁ……)
──でも、涙は流れない身体だった。
(遊んでないで……ちゃんと穴掘っておけばよかったなぁ……)
迫る羽音は秒ごとに大きくなる。
どれだけ逃げても──上空から付け狙われ、あの“光棘”でめった刺しにされる。
その未来しか思い浮かばなかった。
逃げ場のない空の下で、丸い影が震えていた。
ハムマルは、急に身体を沈め──前足で土を掻き始める。
──“ザッ! ザザッ!”
草と土を飛び散らせ、猛然と穴を掘り始めた。
(嫌だ! もっと生きて──!)
(……川にも、海にも……火山にも行きたい……!)
前足が土を裂き、
後ろ足で土を蹴り、
小さな身体が必死に地中へ潜ろうとする。
──“ガザッ! ガザザザッ!!”
(まだ……!)
土が飛び散り、
穴はみるみる深くなっていく。
(まだ終わりたくない!!)
やがて──
ハムマルの上半身がすっぽり隠れるほどの深さに達した。
──その時だった。
絶望の底に沈みきっていた思考の奥から──
“ある違和感”が泡のように浮かび上がった。
(穴……?)
ハムマルは、ぽこっと顔を出し──ぱちっと瞳を見開く。
揺れていた黒い光が、一瞬で強い閃きへと変わった。
(あいつら……たぶん……)
(いや、そうだ、そうに間違いない!)
次の瞬間──小さな身体が地面を蹴り、再び草を散らして駆けだす。
それはさっきとは逆の──
形が分かるほどになった空の黒いシミ──数十の巨大蜂が迫る方向だった。
(仲間に呼ばれて来てるんだろうけど……来るのが早すぎる!)
(森は遥か彼方なのに──)
それは自暴自棄ではなく、
確かな活路を見据えた疾走だった。




