第13話:その獲物は地に伏さない
真っ青な空が、どこまでも澄み渡っている。
その中央に──固まったように浮かぶ二つの影。
“ブウゥン……”と、間延びした羽音だけが、硬直した空間に虚しく響いていた。
獲物は毒に蝕まれ、地に伏す──
その本能の予測をあざ笑うかのように、直進するハムスターのような火球が、青空を一直線に切り裂いていく。
──“ゴウゥォォー!”
異変への反応すらできぬまま浮かぶだけの標的。
大気を焦がす灼熱の揺らぎが、巨大蜂の黒い複眼──その世界すべてを真紅に呑み込んでいく。
──1秒
(食らえぇぇー!!)
火球となったハムマルは、
巨大蜂の正面へ飛び込み──そのままぶち当たった。
──“モッフゥ!”
(!?)
(そうだった! 俺、いま軽いんだった──)
衝撃で弾き飛ばないよう、
ハムマルは瞬時に、巨大蜂の細い足の一本を前足で掴み取る。
そのまま頭部へ噛みつき──
もう一方の前足とで頭部を挟み込み、細い付け根を折ろうと捻る。
(んぎぎぎっ……!)
だが、思った以上に頑丈で、ある角度から先には動かない。
巨大蜂も黙ってはいなかった。
残りの足でハムマルの腹を引っ掻き、
さらに、なだらかで首元か肩かどちらか分からない──前足の付け根付近へ噛りついてきた。
(──痛ででだだだっ!)
火球が空気を焼き、巨大蜂の外殻に赤い光が反射する。
空中で“ほぼ同じ大きさ”の二匹が絡み合い、熱風が巻き上がる。
その最中──“チリンッ”という澄んだ効果音が脳裏に鳴り、視界の端に小さな半透明のダイアログが開く。
──『状態:普通/[蜂のアイコン]』
(うおあぁぁ!!)
(マジで!? ホントに!?)
炎化身の中心で、ハムマルの視界が──“ドクン!”と力強く揺れた。
身体をじわじわ蝕んでいた不快な鈍痛が霧散し、爽快感が駆け巡る。
(やっぱり──)
(“1500度”の熱で……“毒の有機構造”が焼き切れたんだ!)
真紅のハムマル型火球──『炎化身』の“目の紋様”が、
驚きで大きな丸になり、輪郭がうるうると滲んだ。
──5秒
“1500度”の炎に包まれた巨大蜂は、羽がボウッと燃え上がり、空中でバランスを失って落下を始めた。
絡みついているハムマルの身体は、
空中でふわっと逆さまに浮き──そのまま真っ逆さまに引きずり降ろされていく。
風圧に煽られ、もふりとした毛並みがふさふさと波うつ。
(よし! まず一匹!)
巨大蜂は草原へ激突し、“ドスン”という鈍い音とともに地面が揺れた。
その直後──
「キュッ!」
ハムマルは、巨大蜂の上に腹打ちになり──下半身が“ボムン”と跳ね──逆立ちのように持ち上がる。
一方の巨大蜂も、草が衝撃を吸収し大ダメージには至っていない。
しかし──
炎に包まれる巨大蜂の身体は、
横向きに倒れたまま、
ぐっと丸まって強張り、
光沢のある黄色いところは、
艶のない橙色へと変わり、
──痙攣もせず、完全に動きを止めていた。
──10秒
ハムマルは四肢で踏ん張り、大福のように体を盛り上げて、巨大蜂を炎化身に包み続ける。
すると──
<経験値30を獲得しました>
(よし──!)
ハムマルはすぐさま顔を上げ、
上空の“もう一匹”へ視線を突き刺し──狙い澄まして、再び飛び上がる。
しかし──
巨大蜂は反射的に、後方へと滑るように退いた。
(うおっ、動くなー!)
ハムマルは空中で体勢を捻り、片方の前足を必死に伸ばす──
指先が巨大蜂の長い触角に届き──なんとか掴み取った。
巻き上がる炎の中、
ハムマルの身体はそのまま逆立つように伸び上がる。
そして──
巨大蜂の頭部へと、覆い被さるように絡みついた。
ハムマルは、全身の筋肉を総動員して、頭部の細い付け根を捻じ切ろうと力を込める。
だが、どれだけ力を込めても──軽い身体がふわふわと浮く。
(──ぎぎぎっ! やっぱり無理かー)
(もっと力があれば……)
耳がぺたんと畳まれ、前歯がカチカチ鳴った。
その瞬間、巨大蜂が反撃に転じた。
胸部と腹部を丸め、
鋭い棘が弧を描いて、
ギラリと陽光を返しながら──ハムマルのふくよかな尻へ突き刺さる。
「ッキュ!!」
炎化身の膨大な炎に揺れる空気へ、悲鳴が短く溶けた。
直後──“デデーン”という重い効果音が脳裏に響き、視界の端に小さな半透明のダイアログが開く。
──『状態:毒/[蜂のアイコン]』
(うおあっ!! やっちまった!)
(どうせ炎で倒せたのに……なんで一気にいこうと思ったのか……)
(頼む! 間に合え! 消えてくれっ──!!)
焦りが胸を焼く。
毒と熱とが体内でせめぎ合うような感覚が走る。
ハムマルは必死に──
太く短い後ろ足を“ババババッ”と残像が散るほどにバタつかせ、棘が伸びる腹部を蹴り続ける。
二匹の影が空中で激しくもつれ合った。
──15秒
巨大蜂の羽が、朱炎に包まれ燃えて消える。
熱風が──
火の粉と、
羽の燃えかすと、
焦げた匂いを、
空の高くへ運んでいく。
ハムマルは、むくむくな手で巨大蜂の頭部に爪を立てたまま、
風圧になびく毛並みと共に真っ逆さまに落ちていく。
僅かに細めた視界の中──
ぐるりと天地がひっくり返り、
青空が下になり、草原が上になって迫ってくる。
そのさ中──“チリンッ”という澄んだ効果音が脳裏に鳴り、視界の端に小さな半透明のダイアログが開く。
──『状態:普通/[蜂のアイコン]』
(よっしゃー! キター!!)
(ホント、『炎化身』は優秀だね!)
胸の奥が一気に軽くなるような、心地よい熱とは別の“解放感”が広がる。
ハムマルは巨大蜂の頭部から手を離し──
落下の軌道をずらすように、ほんの僅かに距離を取った。
(落下の衝撃で、また棘が刺さったらアウトだ──)
──風が耳を切り裂くように流れ、地面が一気に迫る。
“ドサアッ!”
巨大蜂が草原へ叩きつけられ──
土と草が舞い上がり──
その少し後──ハムマルは、“ファサッ”と柔らかく着地した。
──19秒
真紅のハムマル型の炎化身は、
動かない巨大蜂を、なおも炙り続けていた。
──炎の熱が空気を震わせ、敵の影が地面に揺れる。
巨大蜂はすでに、熱で身体が丸まり強張っていた。
色も艶のない黒と橙色へと変わり果てている。
それでも──
(急に跳ね起きて刺してくるかも──)
(もう毒は食らえない!)
警戒の糸は緩めなかった。
草と外殻が焦げる匂いを熱風が運んでいく。
すると──
<経験値30を獲得しました>
<レベルが上がりました>
(!!)
(うおぉぁぁーー!)
窮地からの生還。
耳がポッと立ち上がり、逆立っていた毛並みは柔らかく寝て、艶やかな朱の光沢を取り戻していく。
第2コアスキル──『炎化身』は、ちょうど終了した。




