第11話:炎尾の真の力
見渡す限りの緑の海──
風がさざ波を立てる草原のただ中──
細い煙がゆらりと立ち昇り、焦げた土の匂いがゆるやかに広がる。
そこは、円状に焼き尽くされた土が、
熱気を孕んだまま、陽光の下で黒々と剥き出しになっていた。
中心には、朱色のもふもふ──ハムマルがぽすんと丸まっている。
その頭上には、ひとつの影──
耳障りな羽音が、ハムマルのふわふわな首筋に圧を落とす。
ハムマルは目を細め、眉間に皺のようなふくらみを作り、心底うんざりした顔をした。
(……勘弁してくれ……)
(ステータス……)
──『MP:76/160』
ウインドウの緑光のMPは、まったく変化していなかった。
(……まだ1分も経ってないしなぁ……)
見上げれば──
青く澄んだ空、
白く厚みのある雲がゆっくり流れ、
その手前に、黄色と黒の巨大な蜂が浮かんでいる。
(またフェイントからだよな……)
巨大蜂の羽音が、ハムマルのまるっこい三角の耳を刺すように震わせる。
(いや、思い込みは不味い!)
(それでMP管理に失敗したばかりじゃん!)
(僅かな油断すら命取りになる世界だよ……)
ハムマルは小さく息を吐き、胸の奥で気を引き締め直した。
巨大蜂は上空から標的を見据えると、
悠々とした旋回は行わず、
鋭く──空気を裂くように急降下する。
──“ビイィィィ!”
ハムマルの毛並みが逆立つ。
動きの違いを、身体が先に察知した。
(!?)
(──うぉあっ!!)
反射的に身をひるがえし、“ビョン!”っとその場から飛び退く。
焦げた地面が弾け、黒い土が飛び散る。
巨大蜂は腹部を“くの字”に丸め、先端の棘を突き出す。
すると、棘に黄色い光が渦のように纏わりつき──光り輝く大棘へと変貌した。
その長さは、巨大蜂の体長ほど。
それは──もはや、西洋騎士が携えるランスの穂先そのものだった。
(!!)
(こいつも伸ばすスキル持ってるのか──!)
──“ゴゥッ!”
四肢をバタバタさせながら跳ぶハムマルの背を、光のランス──“光棘”がかすめる。
躱されて勢い余った巨大蜂は、
そのまま光棘を地面へ深々と突き刺す。
──“ズドンッ!”
地面が震え、黄色い光が土を照らす。
巨大蜂は、光棘を抜こうと身をよじってもがく。
──それは、スキルを無駄にせず追撃するため。
相手が“普通のハムスターモンスター”だと認識して侮っていた。
スキルを解除して身動きを取れるようにとは、一切考えなかった。
しかし──
ハムマルはその隙を見逃さない。
地面を蹴り、巨大蜂の横へ素早く回り込む。
ふわふわな毛並みが風に流れ、毛艶が光棘の黄色い光を返す。
足元に黒い土埃がふわりと漂う。
──“メテオテイル!”
小さな尻尾の先で赤い光が震え──“ボウッ”と真紅の炎が一気に噴き上がる。
その輝きは、獲物と捕食者の境界を消し飛ばすほどの力強さを宿していた。
(うぉ!? 長っ!)
──炎尾は進化前の倍、体長の四倍ほどの長さに達していた。
ハムマルは、軽やかにぴょんっと跳ね──
空中で身を丸め、
くるりと前方へ回転すると、
その動きに追従して、炎尾が唸りを上げる。
──“バキィッ!!”
鞭の如く、空気を裂く一閃。
砕け散る四枚の羽。
破片がガラスのように光り、陽光の中に舞った。
“ドサリ”と、地面に横たわる巨大蜂。
千切れた羽の根元には、火花がパチパチと微かな余韻を残す。
ハムマルは、小さな尻尾から伸びる──見違えるほど長く太くなった炎尾に意識を向ける。
(やっぱり、実体がある!)
(なら、移動も行けるはずっ!!)
ハムマルは、炎尾の先端を地面に“ジュッ”と押しつけた。
炎尾は“つ”の文字のような形になる。
さらに──ジャンプしながら炎尾に力を入れ、身体を前に押し出す。
朱の毛並みが光を受けてさらりと輝き、地に伏す敵を軽々と跳び越えていく。
──四肢を伸ばし、まるで流れ星のように、一筋の弧を描くハムマル。
巨大蜂は腹部を真上へと──ハムマルへ向けて“光棘”を突き出す。
だが、その軌跡はまったく届かず、空を切る音だけが虚しく響いた。
一方のハムマルも、
空中で身体をひねり、流れるような動きで炎尾を操っていく。
真紅の炎が“くるっ、くるっ”と回転しながら進み──巨大蜂の持ち上がった腹部の根元に巻き付く。
そのまま、巨大蜂の頭部から2メートルほど先へ、短い四肢でふわりと着地した。
ハムマルは巨大蜂に対して、ふくっとした身体を横に向ける。
そして、四肢を拡げて重心を低く構えると──自分と敵との間の炎尾に力を込め、ぎゅっと強張らせた。
(炎尾は、しなやかに動かすだけじゃなく──)
(ピンと伸ばして、硬くすることもできそう)
巨大蜂は腹部の付け根を締め付けられ、
さらに棒で抑えつけられた状態になっていた。
もがいても転がることすらできず、ハムマルの方へ近づくことも叶わない。
──巨大蜂から、じりじりと黒い煙が細く昇る。
すると──
巨大蜂は体をねじり、腹部をぐっと丸め、
己を縛る“炎尾”へ向けて、“光棘”を振り下ろし始めた。
(うぉっ!?)
(いや、平気か……当たってるのは感じるけど、痛みはない)
光棘が激しく振るわれるたび──
──“ジッ!”
──“ジジッ!”
──“バチィッ!”
と、破裂音が幾度も響く。
──まるで溶接のように、閃光と火花が弾け続ける。
しかし、どちらも折れない。
どちらも千切れない。
(まるで映画やアニメに出てくる──光の剣の攻防みたい!)
十秒ほど後──
巨大蜂の動きがふっと止まる。
<経験値30を獲得しました>
──胸部と腹部の細い繋ぎ目は、炎尾によって焼き切れていた。
ハムマルは、横たわる巨大蜂の元へ歩を進め、
まだ燃えている骸に前足を伸ばし、魔石へと変えた。
(頂きます──)
ポリポリと噛むと、
炭酸の泡が弾けるような力が身体中に広がった。
(ステータス!)
MPを確認すると、
──『MP:97/160』
(“76”からメテオテイルを使って“-9”……それに“30”を足して──)
(なんとかまた……『炎化身』が使える)
胸の奥でほっと息をつくハムマル。
だが、状態欄がふと気になり、
──『状態:普通/[蜂のアイコン]』
(この蜂の絵、というかマーク?)
(付いたままだけど……なんなの……?)
(背景が赤くなってるし──)
“蜂のアイコン”に、むくっとした指先を当てると、
──“マーキング”と、表示された。
(マーキングって……)
(目印、だよね?……何の……?)
少し考えた後──
(……!?……)
むくむくな指がピタリと凍りつき、朱色の毛並みがざわりと逆立った。




