番外編:矜持と献身と。
メイド長さんの実情回。
かつて、私、レクシー・オロはトーリアの傭兵だった。
女だてらに傭兵とは、という者もいたが、意外なほど、女でないとできない仕事というのはあるものなのだ。
戦乱の滅多にないこの大陸の傭兵とは、基本的に護衛業だ。
女子供の護衛に、屈強な男性を付けるのを良しとしない親というのは、どこにでもいるのさ。
東の大陸は戦乱ばかりだから本来の意味での傭兵業もあるのかと思えば、あちらは氏族ごとに種族が違う、という自認であるらしく、自分たちと見た目の違うものは良くて拒否、最悪その場で奴隷扱いだそうだ。
そんな私が傭兵を辞め、花の国オルフェリアに移住したのは、とある商家の護衛がきっかけだった。
当時所属していた傭兵団の団長に、頼んでもいない見合いを仕込まれていてね。
これがまたカネはあるのに鼻持ちならない野郎、おまけに女に手を出せれば何でもいいなんてクズだったんで、ついぶん殴ってしまって。
当然護衛報酬は貰えないどころか、団から追放され、他の団にも見合いの件は隠したうえで、護衛相手を殴ったという噂だけを流されて、トーリアにいられなくなってしまったという訳だ。
これの遠因も、私が団長を振ったからなんだがね。
大して顔がいいわけでもない女に、なにを血迷っていたのやら。
移住先にオルフェリアを選んだのは、傭兵団がなかったからだ。
あいつら、他国の知り合いにまで出まかせを吹聴しやがって。
挙句の果てに、商家のバカ息子が無駄金を積んで追討依頼を出したらしい。
無論殴られただけの相手に捕縛ではなく追討依頼なんて、本来ならどこの国でも違法のはずなのだが。
なので、オルフェリアに着いた時には、本当に満身創痍だった。
無論、私の実力を知らないような奴しか襲ってこなかったから全員返り討ちにはしたんだが、こちらは一人きり、限度ってものはある。
ふらついて倒れそうになったのが、今の主、マスフィルド子爵の前だったのは、今思えば本当に幸運だったな。
単に倒れていたならそれまでだったろうが、踏みとどまってみせたから、子爵の興味を引いたのだという。
踏ん張って、倒れずに持ちこたえてみせたのは、なにもアピールではなく、人目のある場所で倒れるなどまかりならん、というただの信念、私の矜持に過ぎない。
そして、子爵は私を拾ってくれ、警護役として雇ってくれた。
のみならず、当時国軍女性部隊のトップであったミストレア・エクセリサ様をご紹介頂き、傭兵式の荒っぽい剣術を根本から叩き直されるという栄誉に預った。
おまけにこの国の貴族向けの礼儀作法まできっちり叩き込んで頂けたので、警護役から、メイドに転身することもできた。
うん、この国だとそちらの方が給金が良いのでね。
さて、そうやって救われた私が恩返しできることは何かと思ったのだが……
古い、私が国を追われたときも擁護に回ってくれた、数少ない友人たちが、将来的にまた国際的な危機があるかもしれない、という話を時折していたのを思い出した。
それに、この国は比較的他所よりは平穏だが、それでも女子供が暴力の被害に遭うなどという話は時折漏れ聞かれるもので。
ならば、せめて自分の手の届く範囲だけでも、護身の術くらいは教えてもよいのではないか、と結論付けた頃。
グレシア様がこの家にやってきた。
引き取られた当時、グレシア様は酷く怯えたところのある子どもだった。
まだ五、六歳程だというのに、随分と痩せていて、感情を出すという事をしない、そのくせ何故か人を惹きつけるところのある少女。
私も何度か子守りのようなことをする機会があったが、お話をせがまれたことが一度だけあったな。
傭兵団時代の話をほんの少しだけしたのだが、意外と聞き入ってくれていた。
女の子には物騒な類の話だったのにな。
「……なら、もしおうちに怖い人が来たら、レクシーが守ってくれる?」
「もちろんですとも。お嬢様も、旦那様も、奥様も。私どもがお守りしますよ!」
子供にもわかりやすい話を二つ三つ教えた時、そう問われたので、即答した。
私は、この家を、お嬢様を、旦那様を護るのだ。
そして、私はメイドや下働きの者たちに聞き込みする事から始め、志願者を募って護身術の訓練を始めた。
これがまた不思議と参加者が多く……何故か肩凝りが改善される、などという噂でもって、更に受講者は増えた。
そして、ゆっくりと皆を鍛え、徐々に意識を『守る』ことに誘導し。
数年かけて、私はメイド達を『自警団』と呼べるレベルの集団に仕上げていった。
無論、メイドとしての本来の業務も皆一切怠る事なく、だ。
でなければ本末転倒も甚だしいからな!
無論、私だってこのような訓練が役に立つ日が来ると本気で思っていた訳ではなかった。
ただ、二人ほど、若い後輩が、私の鍛錬の結果、良からぬ輩を撃退できたというので、実用性もあるというアピールにはなっていたようだ。
だというのに。
まさかの、オルフェリア国での騒乱。
突然狂乱し暴れ、他者を害する行動に出る暴徒は、幸い家中には出なかったのだが……
マスフィルド家は、立て籠って防衛するには、全く不向きな立地と構造だった為、近隣で最も安全だと目星を付けていたエドレイド公爵家への避難を強行することになってしまった。
剣と槍で武装したメイド集団に、近づく暴徒は当然いたが、大半は槍の間合いに入った時点で突き倒されることになった。
ただ、新入りの、訓練を始めたばかりのメイドの二人と、私より古参で一人だけ残っていた老女が、群衆に呑まれてしまった……
それでも、誰一人立ち止まることなく、エドレイド公爵家にも無事迎え入れられ。
私は、私のできることを。
大きすぎる恩義を、返すことができたのだ。
一般貴族邸は塀こそあるけど、そこまで頑丈な作りじゃないので……
王宮の護りであるエドレイド・ノーレル両家の構造が特殊なんよ。




