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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第11章:凍てつく空気に灯る火種

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聖夜のタイムアウト

12月24日、クリスマスの朝。

カーテンの隙間から差し込む冬の陽光が、私のまぶたを優しく叩いた。スマホの画面をチェックすると、まだ午前8時を回ったばかり。通知欄には、湊兄さんからグループチャットに投げられた、いかにも彼らしい簡潔なメッセージが光っていた。


『本日、完全休養とする。蓮の脳も、お前たちの身体もな。26日のシャッフル・マッチに備え、各自コンディションを整えておけ。以上』


「……え、本当に?」


ベッドの上で飛び起き、思わず声を漏らした。あのストイックな湊兄さんが、クリスマスの当日に練習を入れないなんて。連日の猛特訓で張っていた心の糸が、ふっと緩んでいくのを感じる。


その直後だった。

画面が切り替わり、着信を告げるバイブレーションが手の中で震えた。

『陽太』


「……もしもし、陽太?」

『あ、みゆ! おはよ。……湊さんのメッセージ、見たか?』


電話の向こうから聞こえる陽太の声は、どこか浮足立っているようで、それでいてひどく緊張しているのが伝わってきた。陽太は水瀬家のすぐ隣に住んでいる。窓を開ければ彼の部屋が見えるくらいの距離なのに、わざわざ通話を選んだことに、私の鼓動が少しだけ速くなる。


『今日、オフになっちゃったな。……その、もし、予定がないならさ』

陽太が一度言葉を切り、意を決したように続けた。

『少し、出かけないか? ほら、クリスマスだし……たまにはラケットを持たない時間があってもいいだろ?』


「……うん、いいよ。私も、少しだけテニスのこと忘れて、美味しいものでも食べたいなって思ってたところ」


『本当か!? よかった……。じゃあ、お昼前に迎えに行くから。駅前のクリスマスマーケット、行こうぜ』


通話を終えた後、私はしばらくスマホを胸に抱いたまま、天井を見つめていた。

昨夜の蓮さんと兄さんの「世界を獲る」という熱い誓い。そして26日に控える、あの怪物たちとの試合。

それらを一時だけ胸の奥に仕舞い込んで、今日は一人の女の子として過ごしてもいいんだろうか。


「……あ。何着ていこう」


ふと気づいて、私は慌ててクローゼットへ駆け寄った。

リビングからは、蓮さんと兄さんが早くもそれぞれの「休日」に向けて準備を始める気配が聞こえてくる。お姉ちゃんも今日は教習所の学科教習の山場だと言っていた。


皆がそれぞれの戦いへと向かう中、私と陽太だけの特別な時間が始まろうとしていた。


陽太との約束まで、あと一時間。

私の部屋は、まるで激戦後のコートのような惨状になっていた。ベッドの上には、脱ぎ捨てられたいつものジャージ、着慣れた制服、そして「中学生らしい」パステルカラーのニットが山を築いている。


「……ダメ。これじゃ、いつもと変わらなすぎる」


鏡の前で、私は小さく溜息をついた。

今日は特別な日だ。付き合ってから初めて迎えるクリスマス。ただの幼馴染やチームメイトとしてではなく、陽太の「彼女」として彼の隣に立ちたい。


私はクローゼットの奥から、先月お小遣いを貯めて思い切って買った一着を取り出した。

深みのあるボルドーのタイトスカートに、少し透け感のある黒のタートルネック。その上に、落ち着いたチャコールグレーのロングコートを合わせる。


「……ちょっと、背伸びしすぎかな」


普段の私を知る湊兄さんや陽太が見たら、驚くどころか二度見するかもしれない。でも、今日は少しだけ大人びた自分になりたかった。西園寺女子という強大な壁、そして怪物たちに囲まれて戦う日々。そんな日常から一歩外へ出て、一人の女性として陽太の瞳に映りたかった。


慣れない手つきでヘアアイロンを使い、髪をゆるく巻いてみる。仕上げに、ほんの少しだけ色づくリップを塗り、鏡の中の自分に問いかけた。

「……よし。壊してない。大丈夫」


バッグのジッパーには、去年――まだ「恋人」になる前、小学六年生のクリスマスに陽太がくれたラケット型のキーホルダーが揺れている。

プラスチック製のおもちゃ。今の大人びた格好には少し不釣り合いかもしれないけれど、これだけは絶対に外せなかった。



「……あ、みゆ。おはよう。……って、え……?」


玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けると、そこには驚きで固まった陽太がいた。

ネイビーのステンカラーコートを着こなした陽太も、いつもよりずっと大人びて見えて格好いい。けれど、彼は私を見るなり言葉を失い、顔を真っ赤にして固まっている。


「……変、かな。やっぱり」


不安になって俯きかけると、陽太は慌てて首を横に振った。


「ち、違う! 全然変じゃない! むしろ……その、めちゃくちゃ綺麗で、びっくりしたっていうか……。一瞬、モデルか何かかと思った」


陽太の琥珀色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。その視線が熱くて、私の頬はボルドーのスカートよりも赤くなった。


「……行こうか、陽太」

「お、おう。……はぐれるなよ」


陽太が差し出した大きな手に、自分の手を重ねる。

恋人になってから何度も繋いできたはずの手なのに、今日だけは指先から伝わる鼓動が、今までで一番激しく響いていた。


駅前の広場に足を踏み入れた瞬間、光の洪水が私たちを迎え入れた。巨大なツリーを中心に、昼間だというのに無数のイルミネーションがクリスマスの魔法を振りまいている。


「……うわぁ、綺麗」


思わず声を上げると、繋いだ陽太の手から、ぎゅっと力強い感触が返ってきた。付き合い始めてから初めてのクリスマス。大人びた格好をしてみたけれど、繋がれた手から伝わる心音の速さは、やっぱりいつもの私だった。


私たちは、シナモンと焼きソーセージの香ばしい匂いが漂う屋台を巡り、温かいホットチョコレートを二つ買った。


「あ、みゆ!? それに陽太くんも!」


不意に横から声をかけられ、私たちは飛び上がるように肩を震わせた。そこにいたのは、女子テニス部のチームメイトで、私たちの仲を知っている星野莉奈だった。


「莉奈……! どうしてここに」


「どうしてって、クリスマスだよ? 私は女子会でこれからカラオケ。それにしても……」

莉奈は私のボルドーのスカートと大人びたメイクを上から下まで眺め、それから陽太を見て、ニヤリと茶目っ気たっぷりに笑った。

「みゆ、気合入ってるじゃん! 陽太くん、こんな可愛い彼女とデートなんて、世界一の幸せ者だね」


「う、うるせぇよ……わかってるよ、そんなこと」

陽太が顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、莉奈は「はいはい、ご馳走様!」と笑いながら手を振った。

「二人とも、しっかり楽しんでね! 応援してるよ!」


嵐のような莉奈が去っていき、私たちはようやく落ち着きを取り戻した。けれど、数分後、私のスマホに莉奈から一通のメッセージが届いた。


『今日のデート、後で詳細しっかり教えてね!

ps:盛り上がるのはいいけど、ハメ外しちゃダメだよ。避妊はしなさいよ(笑)』


「……っ!?」


画面に並んだ、あまりにもストレートで現実的なアドバイス。その「意図」を完全に理解した瞬間、私の顔はボルドーのスカートよりも赤く、耳の先まで火が出るほど熱くなった。


「み、みゆ? どうした、急に真っ赤になって……体調悪いのか?」

「な、なんでもない! なんでもないの!!」


私は慌ててスマホをバッグの奥底へ放り込んだ。バッグのジッパーには、去年陽太がくれた、プラスチック製の色あせたラケットのキーホルダーが揺れている。子供向けのおもちゃだけど、私にとってはどんな宝石よりも大切な宝物だ。


そんな私を不思議そうに見つめながらも、陽太は繋いだ手を離さず、ゆっくりと歩き出した。


夕闇が街を包み始める頃、広場のイルミネーションはその輝きをいっそう強くした。昼間の賑わいはどこか幻想的な熱気へと変わり、空からは予報通り、ひらひらと白い結晶が舞い落ちてくる。


「……あ、雪。本当にホワイト・クリスマスになったね」


私が空を見上げると、隣に立つ陽太が繋いだ手にぐっと力を込めた。莉奈のメッセージに動揺していた心も、冷たい夜風と陽太の体温に包まれて、次第に心地よい高揚感へと変わっていく。


「みゆ。……その、バッグのキーホルダーさ」


陽太が、私のバッグで揺れる小さなプラスチックのラケットを指差した。


「去年、あげた安物だよな。……今の大人っぽいみゆには、ちょっと似合わないかもしれないけど。ずっと付けててくれて、嬉しいよ」


「そんなことない。これ、私のお守りだもん。陽太が初めて『テニス』をくれた証拠でしょ? 服が変わっても、これは外せないよ」


私が笑って答えると、陽太は少し照れくさそうに鼻の頭をかき、真っ直ぐに私の目を見つめた。


「……来年はさ、もっと本物の、いいやつを贈るよ。みゆが星和のエースとして、世界を目指す時にずっと守ってくれるような、本物のジュエリーみたいなやつ。俺がそれに見合うくらい、もっと強くなってからさ」


「陽太……」


その言葉は、恋人としての甘い約束であると同時に、同じ高みを目指す戦友としての誓いでもあった。


「……うん。楽しみにしてる。でも、明後日の試合だけは容赦しないからね。私、兄さんと組んで、絶対に陽太と蓮さんを驚かせてみせるんだから」


「へへ、言ったな。俺だって、蓮さんに認められて、湊さんを越える第一歩にするつもりだ」


私たちは、降り積もる雪の中で笑い合った。

恋人として過ごす初めての聖夜。けれど、私たちの絆はただ甘いだけのものではない。コートの上で互いの背中を預け合い、時には激しくぶつかり合って磨かれる、唯一無二のパートナーシップ。


「帰ろうか。明日は、最後の調整だ」

「うん。……大好きだよ、陽太」

「俺も。……世界で一番、大好きだ」


ホワイト・クリスマスの魔法に彩られた街を後にする私たちの胸には、明日への活力と、消えることのない情熱が灯っていた。


嵐のような休日は終わりを告げ、運命の12月26日が幕を開けようとしている。


おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



最近は雪がガッツリ積もるというのは無くなった気がします。

積もっても5〜10cm程度で2〜3日で溶けてしまう。


地域差はあるのだろうけど昔ほどの量じゃない気がしますね。



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