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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第11章:凍てつく空気に灯る火種

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世界を射抜く約束

冬の夜の静寂が、水瀬家のリビングを包み込んでいた。

テーブルの上には、私が腕を振るった夕食の残滓と、温かい湯気を立てるほうじ茶の香りが漂っている。


午後、二人の怪物――湊兄さんと蓮さんに完膚なきまでに叩きのめされた陽太は、ソファの隅で力尽きたように泥のような眠りに落ちていた。開いたままの冬休みの宿題……数学のワークの上には、よだれの跡がつきそうなほど無防備な顔がある。


「……ふふ、陽太、本当に限界だったんだね。テニスの後にこの量の宿題は、確かに酷かも」


私がブランケットを掛けてあげると、反対側のソファで分厚い参考書を開いていた蓮さんが、ふっと視線を上げた。蓮さんは、私たちが冬休みの宿題に追われる傍らで、数週間後に迫った星和学院高等部の外部受験という「本番」を見据えている。


「あれだけ湊に振り回されれば当然だ。……湊、お前の指導は相変わらず容赦がないな。教育というより、調教に近い」


キッチンで片付けを終えた湊兄さんが、手を拭きながら戻ってくる。湊兄さんはすでに内部進学が確定しているが、学力を維持し、蓮と共に高等部のトップ層に君臨するために、毎日欠かさず蓮と同じレベルの難問演習を自らに課していた。


「甘やかして星和の門を潜れるほど、世の中は甘くないからな。……それは、お前も一番よく分かっているはずだ、蓮」


湊兄さんは蓮さんの向かい側に腰を下ろすと、冷めた茶を一口啜った。リビングの時計が刻む秒針の音だけが、やけに大きく響く。


「蓮さん……。私、ずっと気になってたんです。蓮さんは帝都の主将で、そのまま高等部に進むのが一番自然な道ですよね? どうして、あえて外部受験をしてまで星和に来ようと思ったんですか?」


私の問いに、蓮さんはペンを置き、長く綺麗な指先で茶杯の縁をなぞった。「氷の貴公子」と呼ばれ、常に完璧であることを求められてきた彼の横顔に、初めて静かな熱が宿る。


「……湊と約束したんだ。三年前、ジュニアの全国大会の決勝で戦ったあの日に」


「約束?」


「ああ。次は同じチームで、『世界』を獲りに行こうとな」


湊兄さんが、蓮さんの言葉を引き継ぐように不敵に笑った。

「帝都大附属と星和学院。中学まではライバルとして戦うのが互いを高める最善だと思った。だが、高校からは違う。……俺と蓮が同じ制服を着てコートに立てば、不知火しらぬいのいる鳳凰院すら超えられる。日本のユースを、俺たちの世代で塗り替えるんだ」


湊兄さんと蓮さんの間に流れる、言葉を超えた絆。

それは、単なる友人という言葉では括れない、同じ高みを目指す者同士の「契約」に近いものだった。


「……僕は、湊のいない場所で『最強』を維持することに、どこか虚しさを感じていたのかもしれない。……それに、みゆ」


蓮さんはそこで一度言葉を切り、私を真っ直ぐに見つめた。

「有明で、君たちが西園寺女子という絶壁に挑む姿を見た。あの泥臭くも熱いテニス……。それが、僕の凍りついていた心を動かしたのも事実だ。僕は、この場所でならもう一度、テニスを純粋に楽しめると思った。だから、僕はここに来たんだ」


いつもは鏡のように冷徹な蓮さんの瞳に、確かな「希望」という熱が灯っているのを私は見た。


「……最高のチームになるね。兄さんも、蓮さんも……もちろん、陽太も」


「ああ。そのためには、まずこいつに冬休みの宿題を終わらせてもらわないとな」


湊兄さんが、眠っている陽太の頭をノートの角でコツンと叩いた。

「……んぁ!? 相似……相似な図形はどこだ……」

寝ぼけ眼で飛び起きた陽太を見て、リビングに小さな笑い声が広がった。


嵐のような猛特訓の合間に訪れた、束の間の穏やかな時間。

窓の外では、雪を予感させる冷たい風が吹いていたけれど、リビングの空気はどこまでも温かく、力強い決意に満ちていた。



「ただいまー! ふぅ、外は一段と冷え込んできたわね」


玄関のドアが開く音とともに、冷たい風を纏った雫お姉ちゃんが帰ってきた。教習所での学科教習が長引いたようで、少し疲れは見えたけれど、リビングに漂う料理の香りを嗅いだ瞬間、お姉ちゃんの瞳がパッと輝いた。


「あら、いい匂い! みゆ、今日は何を作ったの?」


「お帰り、お姉ちゃん。今日はね、練習後の身体を温めるための薬膳風スープと、鶏肉のソテーだよ」


テーブルに並んだ料理を見て、お姉ちゃんは手を洗うのももどかしそうに席に着いた。

湊兄さんと蓮さんも、食事の手を休めてお姉ちゃんを迎え入れる。


「……うん、美味しい! みゆ、スープの出汁に深みが出たわね。野菜の火加減もバッチリ。これなら『破壊神』の称号は完全に返上ね」


お姉ちゃんがニコニコしながら太鼓判を押してくれて、私はようやく心の底から安堵した。あの、黒い立方体や生焼けの肉塊を生産していた日々が、遠い昔のことのように思える。


「ありがとうございます。雫さん、みゆの料理は本当に理に適っています。僕も湊も、彼女の献立のおかげで今日の猛練習を乗り切れたと言っても過言ではありません」


「蓮くんにそう言ってもらえるなんて、みゆも幸せ者ね」


お姉ちゃんは嬉しそうに私を見つめ、ふと思い出したようにカレンダーを指差した。


「そういえば、明日は12月23日。明後日はクリスマス当日じゃない。蓮くんもいることだし、明日の夜は少し早めのクリスマスパーティーにしましょうか。みゆ、お姉ちゃんと一緒にケーキを作らない?」


「ケーキ……!」


私の手が止まった。お味噌汁やソテーはマスターしたけれど、製菓となると話は別だ。繊細な計量、温度管理、そして何より「デコレーション」という、あの卵を握りつぶした私にとって最もハードルの高い、細かい作業が待ち構えている。


「私、まだ細かい作業は自信ないよ……。またクリームを攪拌しすぎて分離させたり、スポンジを岩みたいに硬くしちゃったらどうしよう」


不安げな私の様子に、湊兄さんがニヤリと横槍を入れてくる。

「いいんじゃないか? もし岩ができたら、俺と陽太で噛み砕いてやるよ。顎のトレーニングには最適だ」


「もう、兄さんは黙っててよ!」


私が言い返すと、蓮さんが静かに口を開いた。

「……みゆ。料理がここまで上達した君なら、ケーキもきっと克服できる。完璧を目指す必要はない、気持ちがこもっていれば、それは最高の栄養になるんだ」


「蓮さん……。そうだね、いつまでも怖がってたら、いつまでもお姉ちゃんみたいな綺麗なケーキは作れないもんね。お姉ちゃん、私やるよ! 失敗しても、前向きに挑戦してみたい!」


「その意気よ、みゆ! 明日の午後は『特製クリスマスケーキ特訓』ね」


お姉ちゃんの頼もしい言葉に、私は力強く頷いた。

明後日のクリスマス当日。そしてその先に待つ蓮さんの受験と、私たちの冬休み。

「理性的」なケーキが作れるかどうかはまだ分からないけれど、今の私には、失敗を恐れずに挑むための勇気が、少しだけ備わっている気がした。




12月23日、午後。

外は予報通り、粉雪が舞い始めていた。冷え切ったコートとは対照的に、水瀬家のキッチンはオーブンから漂う甘い香りに包まれている。


「いい、みゆ。生クリームの泡立ては、この『ツノ』が少しお辞儀するくらいがベストよ。ここで欲張って混ぜすぎると、また湊に『ボソボソの固形物』って言われちゃうからね」


「……わかった。全集中で、ボウルの底の感触を指先で感じる……!」


お姉ちゃんの指導のもと、私は慎重にハンドミキサーを動かす。スポンジにクリームを塗り広げる作業は、まるでテニスの繊細なタッチショットのようで、思わず息を止めてしまう。


「……できた。お姉ちゃん、どうかな?」


「完璧よ! 凄いわ、みゆ。デコレーションの苺の並びも、すごく丁寧」


不格好かもしれないけれど、愛情だけはたっぷり込めた手作りケーキ。その完成を祝うかのように、練習と勉強を終えた三人がリビングに集まってきた。


「……ほう。毒物判定は必要なさそうだな」


湊兄さんがケーキを見て、珍しく素直に感心した声を上げた。陽太は「すげぇ、みゆ! これ、本当に一人でデコレーションしたのか!? 売り物みたいだ!」と、目を輝かせて拍手している。


「……美しいな。みゆ、君の丁寧な仕事が、そのまま形になったようだ」


蓮さんの静かな、けれど温かい称賛に、私は頬が熱くなるのを感じた。


シャンパン……の代わりのシャンメリーで乾杯し、少し早いクリスマスパーティーが始まった。私が作ったケーキは、スポンジが驚くほどふわふわで、生クリームの甘さが疲れ切った三人の表情を柔らかく溶かしていく。


だが、パーティーが中盤に差し掛かった頃、湊兄さんがフォークを置き、真剣な眼差しで二人を、そして私を見据えた。


「……さて。甘い時間はここまでだ。冬休みも後半に入る。ここで、蓮と陽太、そしてみゆ。お前たち三人に『特別強化プラン』を提示する」


「……強化プラン?」


陽太がケーキを飲み込み、姿勢を正した。


「26日から、外部の練習場を借りて『シャッフル・マッチ』を行う。……蓮、お前には陽太とダブルスを組んでもらう。そして対戦相手は――俺とみゆだ」


「「ええっ!?」」


私と陽太の声が重なった。湊兄さんと私が組んで、蓮さんと陽太のペアと戦う?


「……面白いな。湊とみゆ、いわゆる『水瀬家最強ペア』か」

蓮さんが不敵に目を細めた。「陽太。僕の氷のリードに、お前の炎をどう噛み合わせるか……試されることになるぞ」


「……望むところです! 蓮さんと組めるなんて、夢みたいだ。湊さんとみゆを、完膚なきまでに叩きのめしてやりますよ!」


「言ったな、陽太。みゆ、お前もだ。兄である俺のリードに、お前の『ノイズ』がどこまで同期できるか……。西園寺女子を崩すための、最高の予行演習になるぞ」


湊兄さんの言葉に、私は拳を強く握りしめた。

湊兄さんとペアを組む。それは、私にとって最大のプレッシャーであり、同時に最高に心強い試練だ。


窓の外では、雪が本格的に降り始めていた。


おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


湊と蓮の過去、そして未来への目標が語った回です。

みゆが「水瀬家最強ペア」の一翼を担う期待感が出てればいいな。

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