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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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激突!準決勝

十一月の有明、控室に響く坂上先生の声には、並々ならぬ覚悟が籠もっていた。


「帝都大附属との準決勝、勝負の鍵はシングルス3にある。……河村、お前を北条蓮に当てる」


先生の言葉に、陽太の肩が微かに跳ねた。

「D2とD1は五分の戦いになるだろう。だが、蓮を崩せれば帝都の牙城は揺らぐ。陽太、湊との特訓を思い出せ。お前の熱で、あの『氷』を溶かしてこい」


「……はい!」

陽太が拳を強く握りしめ、覚悟を決めた眼差しで応える。


試合が始まると、有明のコートは一進一退の攻防に包まれた。

D2(ダブルス2)は帝都の洗練された戦術に屈したものの、続くD1(ダブルス1)では渡辺先輩と田中くんの意地の連係が爆発し、タイブレークの末に勝利をもぎ取った。


対戦成績、1勝1敗。

重苦しい空気と熱狂が入り混じる中、通路で両校のメンバーがすれ違う。

帝都の先頭を歩く蓮さんは、周囲の喧騒を一切寄せ付けない、冷徹なまでの静寂を纏っていた。


「……湊。ようやくここまで来たか」

蓮さんの低い声が響く。湊兄さんと並び称される最高学年の双璧。二人の間に走る火花は、傍で見ている私まで息が詰まるほどだった。


「ああ。だが、お前と直接対決はまだ先になりそうだ」

湊兄さんが淡々と返す。その視線の先で、蓮さんは私の姿を捉えた。

鋭かった彼の瞳が、私と目が合った瞬間、ふっと、私にだけ分かるほど優しく緩む。


「みゆ。……寒くないか」

「あ、はい。……蓮さんも、頑張ってください」

私が答えると、蓮さんは小さく頷き、再び無表情に戻って陽太と対峙した。


「……行ってこい、陽太。女子部の応援を、そしてダブルスが繋いでくれたこの『1勝』を、絶対に無駄にするな」

湊兄さんの言葉に、陽太が琥珀色の瞳を燃え上がらせた。


「男子団体準決勝、シングルス3。星和学院、河村陽太対、帝都大附属、北条蓮。コートに入ってください!」


負ければ王手をかけられる崖っぷちのシングルス初戦。

一歩ごとに温度を奪っていく蓮さんの氷のプレッシャーと、それを受け止め、さらに熱量を増していく陽太。

宿命の火蓋が、今、切って落とされた。


「……っ、速い……!」


私の隣で、凛ちゃんが息を呑んだ。

試合開始早々、有明のコートは北条蓮という巨大な「氷山」に支配されていた。

蓮さんの放つフラットサーブは、十一月の冷たい空気を切り裂き、陽太のバックサイドを精密に射抜く。陽太は必死に反応してラケットを出すものの、ボールの勢いに押し込まれ、返球が甘くなったところを容赦ないフォアハンドで叩き込まれた。


「15-0!」

「30-0!」


蓮さんは表情一つ変えない。ポイントが決まっても、ミスをしても、その瞳は鏡のように冷たく、静かだ。陽太が湊兄さんとの特訓で磨いた自慢の強打を放っても、蓮さんは最小限の動きでその軌道を読み、最も陽太が嫌がるコースへと淡々と流し込む。


「ゲーム、帝都! 3-0!」


序盤から一方的な展開。応援席の女子部員たちの間にも、言いようのない焦燥感が広がっていた。


「……陽太、自分のテニスをさせてもらえてない」

私はフェンスを握る手に力を込めた。陽太の琥珀色の瞳には、かつてないほどのプレッシャーが滲んでいる。


コートチェンジの際、陽太は肩で息をしながらベンチへ戻った。対照的に、蓮さんは汗一つかかず、呼吸さえ乱れていない。彼はチラリとこちらを見やり、一瞬だけ私と目を合わせたが、すぐに冷徹な勝負師の顔に戻った。


「陽太! 落ち着いて! 相手のペースに飲み込まれないで!」

私の必死の声に、陽太がハッとしたように顔を上げた。

ベンチに座る湊兄さんは、何も言わず、ただ陽太の前に立ち、その影で直射日光を遮っている。それが湊兄さんなりの「頭を冷やせ」という無言の合図だった。


第4ゲーム。

陽太のサービスゲーム。彼は泥臭く食らいつき始めた。

「……蓮さん、あんたは確かに強い。でも、俺だって……ただ負けるためにここに立ってるわけじゃない!!」


陽太は、蓮さんの精密な配球に対し、あえて予測を捨てた「本能」のテニスをぶつけ始めた。湊兄さんに徹底的に叩き込まれた足腰が、限界を超えた反応を見せる。蓮さんの氷のようなストロークを、陽太の熱を帯びた執念が、一球、また一球と拾い続ける。


「15-15!」

「30-15!」


初めて蓮さんの眉が、微かにピクリと動いた。

陽太の泥臭いプレースタイルが、蓮さんの「完璧な計算」を、ほんの僅か、けれど確実に狂わせようとしていた。


陽太の執念が、有明の空気を変えた。

完璧な計算を崩された蓮さんは、ネット際で不敵に目を細める。


「……面白い。熱だけで、俺を突破しようというのか」


蓮さんの声は冷たいままだったけれど、その奥に潜む「勝負師」の血が騒ぎ始めたのを、私は感じ取っていた。蓮さんはラケットを持ち替え、一瞬、私の方を見て小さく頷いた。それは「ここからが本番だ」という、彼なりの合図だった。


第6ゲーム、スコアは3-2。

陽太の猛追を、蓮さんは冷徹なまでの「適応」で封じにかかる。陽太が本能で放つ強打。蓮さんはそれを力で打ち返すのではなく、より鋭角なスライスと、重力さえも味方につけたような深いロブで無効化していく。


「ゲーム、帝都! 5-2!」


陽太の足が、ついに悲鳴を上げた。

湊兄さんとの特訓で鍛えた脚力をもってしても、蓮さんの精密な左右の揺さぶりは、じわじわと体力を奪い、心肺を焼き尽くしていく。


「陽太、頑張れ……! あと少し……!」

私の声が震える。フェンスを握る指先が白くなる。


運命の第8ゲーム。陽太は、もはや立っているのが不思議なほどの極限状態だった。けれど、その琥珀色の瞳の光だけは、一点も曇っていない。

最後の一球。陽太はありったけの力を込め、蓮さんの神速のサーブに飛びついた。


(――届け、陽太の想い!!)


渾身のリターン。それは蓮さんの逆を突き、ライン際へと吸い込まれるような最高のショットだった。

しかし。

蓮さんはその一打さえも予測していたかのように、流れるような動作でネット際に現れ、空中でボールを捉えた。


「――静かに、眠れ」


蓮さんの放ったドロップボレーが、陽太の届かない場所で、音もなく砂を跳ね上げた。


「ゲームセット! 6-2、帝都大附属、北条!」


審判の声が響いた瞬間、陽太はその場に膝をついた。

勝利したはずの蓮さんは、喜びの色を見せることもなく、ゆっくりとネット際へ歩み寄った。そして、倒れ込む陽太に向かって、静かに右手を差し伸べた。


「……陽太。お前の熱、確かに俺の氷に届いたぞ。……選抜合宿の時より動きが良くなっていた、いい試合だったぞ」


無愛想な蓮さんの、最大級の賛辞。

陽太は悔しさに唇を噛み、蓮さんの手を取って立ち上がった。


「……負けました。でも、次は……次は必ず、あんたを溶かしてみせます」


「.....フッ、楽しみにしている」


蓮さんはそう言うと、去り際に私の前で一度だけ足を止め、優しく微笑んでコートを後にした。


陽太がフラフラと、けれど自分の足でベンチに戻ってくる。

「……わりぃ、湊さん。……みゆ。繋げなかった……」

悔し涙が、土で汚れた陽太の頬を伝う。


けれど、ベンチで待っていた湊兄さんは、そんな陽太の頭をガシッと掴んだ。

「……何が『繋げなかった』だ。お前があいつをここまで走らせたおかげで、帝都の『無敵』のイメージは崩れた。……上出来だ、河村、後は自分に何が足りなかったかしっかり見直せ!」


対戦成績1勝2敗。絶体絶命。

でも、星和の応援席からは、誰一人として諦めの声を出す者はいなかった。

陽太が格上の王者を相手に、魂を削って見せつけたあの「熱」が、残りの部員たちの心に消えない火を灯していたから。


「さあ、次は大野部長よ! 私たちの想いを繋いで!」

高城前部長の凛とした声が響く。


バトンは今、満身創痍の陽太から、星和の精神的支柱――大野部長へと手渡された。


おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



全国大会準決勝 前編です。

後編は3年生が頑張ってくれます。

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