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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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女王の逆襲

「みゆ、おかえり! 信じてた、信じてたよ……っ!」


ベンチに戻った私を、美咲が飛びつくような勢いで迎えてくれた。その瞳には涙が溜まっていて、握られた手の熱さが、今の逆転劇が現実だったんだと教えてくれる。

観客席を見上げると、凛ちゃんが奈緒や莉奈と一緒に、壊れそうなほど大きく手を振ってくれていた。


でも、勝利の余韻に浸る間もなく、次の戦いの鐘が鳴る。

「みゆ、ナイスゲーム。……最高の勇気をもらったわ」

次にコートへ向かうシングルス2、小林先輩が私の肩を強く叩いた。その顔は、いつもの穏やかな先輩のものじゃない。静かに闘志を燃やす、戦う者の顔だ。

「……小林先輩、お願いします。まだ、この大会を終わらせたくないです」

「わかってる。みゆが繋いでくれたこの『1』を、絶対に無駄にはしない。……紗良部長に、望みを繋いでみせるわ」


坂上先生も力強く頷いて、小林先輩を送り出す。

けれど、西園寺女子のベンチから立ち上がった次なる相手を見た瞬間、会場の声援がピタリと止まった。


「……あれは、去年のジュニア選抜で上位に入った……」

隣で美咲が息を呑む。そこに立っていたのは、鳳仙雅さんの傍らでずっと静かに控えていた、西園寺の「もう一人の精鋭」だった。


鳳仙さんが、去っていく白河さんと入れ替わるように、次に出場する自校の選手――黒江さんに言葉をかけるのが見えた。


「……こころ先輩。あの一年生に、ずいぶんとかき乱されたようですね」

その声は鈴の音のように澄んでいるのに、触れれば凍傷を負いそうなほど冷たい。

「白河さんの集中力が、あそこまで乱されるとは計算外だったわ。……だから、次は一切の情けを捨てなさい。星和という『不確定要素』を、今のうちに根絶やしにするのよ」


鳳仙さんの瞳は、勝利した私の方を一度も見ようとはしなかった。彼女にとって、私の勝利は検討に値する「テニス」ではなく、ただ排除すべき「ノイズ」でしかないのだ。


「女子シングルス2、試合開始!」


審判のコールとともに、コートの空気が一変した。

私がこじ開けた一筋の光を、再び深淵へと引きずり戻そうとするかのような、西園寺女子の組織的な圧力が会場を支配する。


小林先輩がコートに入ると、そこには「白河さんの時のような綻び」は微塵もなかった。鳳仙さんに「根絶やしにしろ」と命じられた黒江さんは、まさに処刑を遂行する執行人のように、冷徹に、淡々と、小林先輩の急所を突き始めた。


「ゲーム、西園寺女子! 3-0!」


審判の無機質な声が響くたび、私の胸が締め付けられる。

逆転への火がついたはずの応援席は、今や重苦しい沈黙に包まれていた。小林先輩は肩を激しく上下させ、顔を真っ赤にしてボールを追いかけている。けれど、黒江さんは汗一つかかず、まるで作動し続ける精密機械のように、無慈悲なショットを打ち込み続けてくる。


「……芽衣先輩……っ」

隣で美咲が、祈るように両手を握りしめていた。

私の瞳にも、残酷な現実が映っていた。黒江さんのテニスには、迷いがない。相手の得意なショットをあえて打たせ、それを完璧なカウンターで粉砕する。相手の希望を一つずつ丁寧に摘み取っていく、西園寺流の「支配」だ。


「……だめ、なの……?」

観客席から凛ちゃんの震える声が聞こえ、私は思わず上を見上げた。そこには、陽太や田中くんもいた。彼らもまた、拳を血が滲むほど握りしめたまま、言葉を失ってコートを見つめている。


「ゲーム、西園寺女子! 5-0!」


わずか二十分。

小林先輩がどんなに泥臭く走り、どんなに意地のショットを放っても、黒江さんはそれを「当然」の結果として処理した。


ベンチに座る鳳仙雅さんは、一度も視線を動かさない。

彼女にとって、この惨状はあらかじめ確定していた予定事項。その揺るぎない態度が、私たちに「抗うことの無意味さ」を無言で突きつけてくる。


第6ゲーム。

小林先輩が最後の一球を必死に追いかけ、コートに激しく転倒した。ラケットが手から離れ、ボールは無情にもネットを叩く。


「ゲームセット! 西園寺女子、6-0!」


「……っ」

美咲が顔を覆った。

小林先輩は立ち上がることができず、地面に手をついたまま肩を震わせていた。


団体戦スコア、1-3。

私の勝利で繋いだはずの希望は、西園寺女子の圧倒的な物量の前に、ここで潰えてしまった。星和女子テニス部の、全国制覇の夢が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。


ルール上、勝敗は決した。けれど、大会の規定により、最後の大トリ――S1の試合は行われる。


「……よくやったわ、芽衣」


その時、ベンチから静かに立ち上がったのは、主将の高城紗良部長だった。

チームの敗退が決まった。それでも、部長の瞳に絶望の色はなかった。部長は震える小林先輩の肩にそっと手を置くと、そのまま、処刑台へと続くようなコートの入り口へ、凛とした足取りで歩みを進める。


その視線の先。

西園寺女子のベンチでも、ついに「女王」がその重い腰を上げた。


鳳仙雅さんがラケットを手に取り、静かにコートへと降り立つ。

彼女が一歩踏み出すごとに、有明の空気が凍てつき、同時に喉を焼くような熱圧が立ち昇るのがわかった。


「……雅さん」

黒江さんが会釈して下がる中、鳳仙さんは一度だけ、ベンチに座る私の方を向いた。

その瞳は、すべてを灰にする「煉獄」の焔を宿し、私を射抜く。


「一時の幸運フロックは、もう終わりよ。……星和の快進撃がここで終わる理由、その身に刻んであげましょう」


彼女の声は、驚くほど静かだったが、絶対的な死を宣告する神託のように聞こえた。


「女子シングルス1、コートに入ってください」


審判のコールが、私たちの夏への引導のように重く響いた。

団体戦スコアは1-3。星和学院の敗退は、すでに決まっている。けれど、コートへ向かう紗良部長の背中には、敗者の色など一点もなかった。


「みんな、しっかり見ていなさい。これが星和学院、最後の戦いよ」


主将として、そして一人のテニスプレイヤーとして。高城部長は静かに、けれど内側に激しい焔を灯した瞳で、絶対女王・鳳仙雅さんと対峙した。


試合開始直後、鳳仙さんの「処刑」が始まった。

女子中等部の常識を塗り替える時速180kmのフラットサーブ。目にも留まらぬ速さでコートの隅を射抜く正確無比なショット。

「15-0」「30-0」……。

あっという間に2ゲームを連取され、会場には「やはり女王は揺るがない」「もはや公開処刑だ」という残酷な空気が漂い始めた。


けれど、第3ゲーム。高城部長の執念が、有明の空気を一変させた。


「……まだよっ、明日へ繋げるのが私の役目。終わらせない……!」


部長は、鳳仙さんの放つ「煉獄」の剛球を、地面すれすれで泥臭く拾い上げた。肺が焼けるような激しいラリーの中、部長は一歩も引かずに走り続ける。そして、女王が仕留めにかかった超高速ボレーを、部長は渾身の力でクロスへと弾き返した。


「15-40!」

「……えっ?」


観客席から驚愕のどよめきが上がり、鳳仙さんの瞳がわずかに見開かれる。

続くポイント、部長はこれまでのテニス人生のすべてを絞り出すような、凄まじい気迫のサービスエースを叩き込んだ。女王のリターンがわずかに浮いた瞬間、部長は迷わずネットへ詰め、魂を込めたスマッシュを叩きつけた。


「ゲーム、星和学院! 1-2!」


その瞬間、地鳴りのような歓声が会場を揺らした。敗退が決まった絶望的な状況で、あの「煉獄の処刑人」から、執念で1ゲームをもぎ取ったのだ。


「部長!!」


美咲と私は、ベンチで立ち上がって叫んでいた。観客席の陽太も、凛ちゃんも、涙を流しながら拳を突き出している。星和の意地が、女王の牙城を確かに揺らした。


しかし――その「1ゲーム」が、眠れる獅子の逆鱗に触れた。


「……認めざるを得ないわね。あなたは、ただの敗北者ではないわ」


鳳仙雅さんの声から、すべての温度が消えた。

彼女はゆっくりとラケットを構え直す。その瞬間、彼女から放たれるプレッシャーが、物理的な熱圧となって私たちの肌を刺した。


彼女の瞳の奥で、静かに揺らめいていた焔が、一気に爆発的な熱量を帯びる。


「礼を言うわ、高城紗良。……あなたのおかげで、私もようやく『処刑人』に戻れる」


鳳仙さんが放った次のサーブ。それは、先ほどまでの比ではない、コートそのものを焼き尽くさんばかりの、絶望的な一撃だった。


そこから先は、もはや「試合」と呼べるものではなかった。

鳳仙さんはそれまでの精密なテニスを捨て、圧倒的な「暴力」とも言える本気のテニスを解放した。放たれる打球は一発一発が重戦車のようで、大気を焦がし、空気を切り裂く轟音がベンチまで届く。


「……あ、あんなの……返せるわけないよ……」


美咲が絶句する。私の瞳にも、鳳仙さんが纏う禍々しいまでのオーラと、目にも留まらぬ速さで着弾する打球の軌道が焼き付いていた。それはまさに、立ち向かう者の希望を塵一つ残さず焼き払う「煉獄」の光景だった。


高城部長は最後まで諦めず、その剛球に食らいついた。ラケットが弾かれそうになっても両手でしがみつき、肺が焼けるような呼吸の中でも、その瞳の灯は消えなかった。けれど、女王の本気はあまりにも残酷で、一歩、また一歩と部長の精神と体力を削り取っていく。


「ゲームセット! 西園寺女子、6-1!」


最後の一球がコートを弾けたとき、部長はその場に膝をついた。

私たちの全国大会は、ここで幕を閉じた。


静まり返る有明のセンターコート。ネットを挟んで握手をする二人。

鳳仙さんは初めて、高城部長の瞳を真っ直ぐに見つめた。そこには処刑人の冷酷さではなく、一人の戦士としての確かな敬意が宿っていた。


「高城紗良。……星和学院に、あなたのような主将がいたこと、忘れないわ」


その言葉に、部長は深く頷いた。ベンチに戻ってきた部長は、流れ落ちる涙を拭い、今までで一番清々しい笑顔を見せてくれた。


「……悔いはないわ。みんな、最高の思い出をありがとう」


部長の言葉に、私や美咲、後ろで支えてくれた先輩たちの目からも涙が溢れ出した。頂点には届かなかった。けれど、私たちは確かに、女王の心に「星和」という名を刻みつけたのだ。


夕暮れに染まる有明。

敗北の痛みとともに、私たちは部長が最後に示してくれた誇りを胸に、静かに、けれど前を向いてコートを後にした

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


女子部はここで敗退となります。

男子は勝ち進んでいるので、全国大会編はもうしばらく続きます。

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