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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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静かなる波紋

男子部の劇的な逆転勝利に沸く有明の空気が、私たちのコートに移動した途端、肌を刺すような熱を帯びた緊張感に変わった。


「……来たわね。みんな、気を引き締めて」


高城部長の硬く短い声に、私の心臓が跳ねた。

コートの向こう側。静寂の中に猛烈な圧を纏って現れたのは、深紅のジャージに身を包んだ西園寺女子中等部の精鋭たち。その中心で、一際異彩を放つ少女がいた。


鳳仙ほうせん みやびさん。

中等部テニス界の絶対女王。そして――「煉獄の処刑人」。


彼女がコートに足を踏み出した瞬間、周囲の空気が一変した。蓮さんの言った通りだ。彼女の瞳には、対戦相手である私たちへの敵意も、侮りもない。ただ、そこにあるのは「勝負を終わらせること」が義務である者の、無慈悲なまでの眼差しだった。


「……凛ちゃん、大丈夫?」

私の隣で、凛ちゃんが金縛りにあったように女王の姿を見つめていた。

「う、うん……。でも、あの人……見てるだけで、息が苦しくなりそう……」


凛ちゃんの言葉は、私たちの本音そのものだった。

陽太たちが神代さんのような外に向かう「熱」と戦ったのに対し、私たちはこの、すべてを灰にするまで逃がさない「煉獄」の炎に立ち向かわなければならない。


「みゆ、美咲、莉奈。怖気づいてる暇はないわよ」

3年生の鈴木先輩と木村先輩が、私たちの背中を力強く叩いた。

「相手がプロ候補だろうがなんだろうが、コートに立てば同じ中学生。私たちが今まで積み上げてきたものを信じるの。芽衣たち2年生も、全力でサポートするから!」


小林先輩、佐藤先輩、伊藤先輩たち2年生の力強い視線を受けて、私はラケットを握り直した。1年生仲間の奈緒も、隣で小さく、けれど深く頷いている。


「……はい、先輩!」


私は深く息を吐き、コートへと一歩踏み出した。

私の瞳が、ネット越しに鳳仙雅さんの視線とぶつかる。彼女の瞳は、まるですべての感情を焼き飛ばしたあとのほむらのようで、一瞬、立ち眩みに似た感覚が襲った。


けれど、その時。

観客席の最前列で、試合を終えたばかりの陽太と田中くんが、拳を握ってこちらを見ているのが見えた。


(……負けられない。男子があんなにすごい試合を見せてくれたんだもん。私たちも、星和のテニスを見せるんだ)


湊兄さんの言葉が蘇る。彼女を引きずり出すための「ノイズ」になる。その覚悟を胸に、私はラケットを構えた。


コートサイドに集まった私たちに、顧問の坂上先生が厳しい表情でオーダー表を広げた。全国大会二回戦、女王・西園寺女子。その布陣は、一切の隙がないものだった。


「……発表する。ダブルス2、佐藤・伊藤。ダブルス1、鈴木・木村。シングルス3、水瀬。シングルス2、小林。そしてシングルス1、高城。……いいか、相手は格上だ。だが、自分たちのテニスを捨てて逃げることだけは許さんぞ」


坂上先生の声が、乾いた空気に響く。奈緒と莉奈は、観客席の凛ちゃんたちの隣で、必死に声を張り上げる準備をしてくれていた。


「みゆ、緊張してる?」

美咲が私の手を握った。彼女もレギュラーとして今日、コートに立つ。

「……少しだけ。でも、不思議と体は軽いんだ。陽太たちの試合を見たからかな」


「第一試合、女子ダブルス2、コートに入ってください!」


審判のコールとともに、佐藤先輩と伊藤先輩がコートへ向かった。

相手は、西園寺女子の盤石なペア。試合が始まった瞬間、私たちは息を呑んだ。

女王たちのテニスは、男子部の神代さんのような破壊的なパワーではない。

一打、一打が精密機械のように正確で、無駄がまったくないのだ。


「……嘘、あんなコース……」

美咲が絶句する。佐藤先輩たちが必死に食らいつき、春花先輩がコートを縦横無尽にけれど、ボールは常にその逆を、剃刀のような鋭さで突いてくる。


「ゲーム、西園寺女子! 3-0!」


わずか十分足らずで、スコアが離されていく。

観客席で見守る陽太たちの表情も険しい。西園寺の選手たちは、ポイントを決めても歓喜するわけでもなく、ただ淡々と、作業をこなすように次のポイントへ向かっていた。


その様子をベンチから静かに見つめる、鳳仙雅さん。

彼女はまだラケットすら握っていない。なのに、その存在感だけでコート全体が彼女の支配下にあるような、抗い難い圧力を感じた。


「……これが、全国の頂点」


私の瞳が、その光景を必死に追う。

技術、戦術、そして何より「負けるはずがない」という圧倒的な自負。

佐藤先輩たちが、どれほど泥臭くボールを拾っても、女王たちの氷の壁はびくともしない。


第1試合はそのまま一気に押し切られ、6-0。

星和女子部は、一ゲームも奪えないまま、女王の洗礼を全身に浴びることになった。


「次、行くわよ。唯、美久、準備はいいわね」


高城部長の鋭い声が飛ぶ。

けれど、一試合目を目の当たりにした私たちの間に、言いようのない沈黙が広がっていた。


「シングルス3、星和学院・水瀬、西園寺女子・白河。コートに入ってください」

審判の声に呼ばれ、私は震える膝を叩いてベンチを立った。団体戦スコアは0-2。すでにダブルス二つを落とし、ここを落とせば私たちの全国大会は終わる。絶体絶命の重圧の中、ネットの向こう側に現れたのは、どこか幼さの残る、柔らかな空気を纏った女の子だった。


「水瀬さん、だよね? よろしくお願いします。お互い、いい試合にしようね」


白河こころさん。

彼女はそう言って、私にふわりと優しく微笑みかけてくれた。「煉獄の処刑人」を擁する苛烈なチームの中で、彼女だけが陽だまりのような温かさを持っていて、私は一瞬だけ肩の力が抜けるのを感じた。


けれど――。


「試合開始、白河サーブ!」


審判の合図とともに、彼女の瞳から温度が消えた。

さっきまでの優しい微笑みはどこへ消えたのか。そこにいたのは、獲物を静かに追い詰める白蛇のような、冷徹な集中力を研ぎ澄ませた「西園寺の尖兵」だった。


(……っ、なに、この空気!?)


彼女の放つサーブは、破壊力こそない。けれど、驚くほど低く、正確に私のバックハンドの「最も打ちにくい場所」を抉った。

なんとか返そうとしても、彼女はすでに私の打球を予測していたかのように、滑らかな動作でネット際へ詰めている。


「15-0!」

「30-0!」


白河さんのテニスには、一分の無駄も、一分の迷いもない。ただ淡々と、まるで決まったプログラムをこなすように、確実に私を追い詰めていく。その集中力は、周囲の歓声さえも遮断し、コート内を彼女の支配する真空状態に変えているかのようだった。


「ゲーム、西園寺女子! 1-0!」

「ゲーム、西園寺女子! 3-0!」


一瞬でスコアが離されていく。

彼女は「煉獄」へと繋ぐための露払い。相手の心を折るための精密機械。

私がどんなに食らいついても、彼女は表情一つ変えず、私のショットを無力化していく。


スコアは瞬く間に、0-5。

「ゲーム、西園寺女子! 5-0!」


「チェンジコート」


審判の乾いた声が、重い引導のように響く。

0-5。あと1ゲーム落とせば、私の、そして星和女子部の全国大会は終わる。ベンチに座り、氷嚢をうなじに当てたけれど、心臓の奥にこびりついた「敗北」の予感は消えてくれなかった。


(……このまま、一ゲームも取れずに終わるの?)


俯きかけた視線の先に、観客席でフェンスを握りしめる陽太の姿が見えた。彼は叫びたいのを必死に堪え、ただ真っ直ぐに私を信じる眼差しを送っている。格上を前にしても、泥を啜って最後の一球まで食らいついた彼の「意地」。そして、湊兄さんが残した言葉が、冷え切った私の脳裏で熱く脈動し始めた。


(……鳳仙雅を引きずり出すための、ノイズになれ)


私は立ち上がり、ラケットのガットを一度だけ強く叩いた。

コートに戻り、エンドラインに立つ。白河さんは相変わらず、プログラムされた機械のような無機質な表情でトスを上げた。


けれど、私の「水色の瞳」が捉える景色は、先ほどまでとは違っていた。

白河さんの集中力は完璧すぎる。だからこそ、彼女のショットは常に「効率的な最短コース」しか選んでいない。その完璧なリズムという計算式の中に、彼女が想定していない不純物を投げ込めば、必ずラグが生まれるはず。


(……見えた)


第6ゲーム。白河さんの鋭いセンターへのサーブ。

私はあえてセオリーを無視し、苦し紛れを装った、無防備なまでに山なりの高いロブをコートのど真ん中に打ち上げた。


「……っ!?」


白河さんの眉が、今日初めて大きく動いた。

あまりにも「正解」からかけ離れた、緩慢で、けれど深い一球。流れるようだった彼女のリズムが、その異質な一球を処理するために、コンマ数秒だけ静止した。


私はその一瞬の隙を見逃さず、ベースラインから一気に踏み込み、全力でフォアハンドを叩き込む!


「15-40!」


「やったぁ……! 決まったぁぁ!」

凛ちゃんの絶叫が、静まり返っていた有明に響き渡る。それを合図に、私の反撃が始まった。

一度崩れたリズムを立て直そうとする白河さんの焦りを、私の瞳は逃さない。彼女が次に打ちたいコースが、空気の揺らめきとなって視界に浮かび上がる。


5-1、5-2……そして、5-5。


ついに追いついた。白河さんの瞳に宿っていた無機質な色は消え、代わりに焦燥と、そして対戦相手である私への確かな「敬意」が混ざり始める。


「……水瀬さん、あなた、すごいね。私の『最適解』を、ことごとく踏み荒らしていく」


第12ゲームの開始前、チェンジエンドですれ違う際、彼女がポツリと、真剣なアスリートの顔で呟いた。


「白河さんも、凄いです。……でも、私には繋がなきゃいけないバトンがあるんです。兄さんと、陽太が待つ場所へ!」


運命の最終ポイント。白河さんの決死の鋭いボレーを、私はダイビングしながら、伸ばしたラケットの先に当てた。

ボールはネットの白帯を叩き、ゆっくりと、スローモーションのように相手コートへと転がり落ちる。


「試合終了! 星和学院・水瀬、7-5!」


「……勝った……」

コートに倒れ込んだ私の耳に、有明の空を揺らすような大歓声が届いた。

凛ちゃんが泣きながら奈緒たちと抱き合い、陽太と田中くんが立ち上がって拳を突き上げている。


白河さんは、再び元の優しい表情に戻って、ネット越しに私の手を握ってくれた。

「完敗だよ。私の計算機を壊したのは、貴女が初めてだよ。……でも、次は鳳仙さんが黙ってないからね」


彼女が視線を向けた先。

西園寺女子のベンチで、ゆっくりと立ち上がった鳳仙雅さんの姿があった。

その瞳は、もはや私を「格下」とは見ていない。


一筋の希望を繋いだ私の一勝。

でも、その希望が、眠れる「煉獄」を最も残酷な形で呼び起こしてしまったことに、私はまだ気づいていなかった。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


女子2回戦の前編です。

優勝常連校なだけあります。


次は部長までの試合予定です。

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