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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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九州の豪快王

有明の朝は、抜けるような青空とは裏腹に、どこか刺すような緊張感を孕んでいた。


「……西園寺女子」


昨夜、蓮さんが残していったその名前が、今も胸の奥に冷たいおりのように沈んでいる。昨日の初戦突破の余韻はもうどこにもない。私たちが次に戦うのは、プロ目前と言われる鳳仙雅さんが君臨する絶対王者なんだ。


重いラケットバッグが、いつもより肩に食い込む。隣を歩く美咲も、いつものお喋りが嘘のように黙り込んでいた。


「皆さん、おはようございます。今日から応援に加わらせていただきますね」


張り詰めた私たちの空気を、涼やかな声が解きほぐした。

通路の脇に立っていたのは、生徒会長の梓先輩。そして、その背中に隠れるようにしてこちらを窺っている女の子を見て、私は思わず目を見開いた。


「……あ、凛ちゃん?」

「みゆちゃん……! 応援に来たよ」


そこにいたのは、小学校のときの同級生、凛ちゃんだった。田中くんと同じクラスに通っている彼女は、大勢の男子部員に囲まれているのが恥ずかしいのか、梓先輩の服の裾をぎゅっと握りしめている。


「凛ちゃん、来てくれたんだ。……昨日まではいなかったから、びっくりした」

私が歩み寄ると、凛ちゃんは少しだけ緊張を解いて、はにかむように笑った。


「うん。昨日はお姉ちゃんがお仕事で来られなくて……。でも、みゆちゃんたちが頑張ってるって聞いて、どうしても今日は有明に来たかったの。……みゆちゃん、昨日も勝ったんだよね。すごいよ」


「……ありがとう。でも、今日はすごく強い相手なんだ」

私が不安を隠せずにいると、凛ちゃんは私の手をそっと握った。その手は少し震えていたけれど、一生懸命に私を励まそうとしてくれているのが伝わってくる。


「大丈夫だよ。みゆちゃんテニス上手だもん、絶対勝てるよ」


その言葉に、胸の奥の冷たい塊が少しだけ溶けていくのを感じた。


一方で、佐々木会長は大野部長や私のところの高城部長と、静かに、けれど力強く言葉を交わしている。

「女子部の二回戦、相手が西園寺女子であることは聞き及んでいます。……高城さん、星和の誇りを見守らせてください」

「梓さん、ありがとうございます。ええ、女王を相手にどこまでやれるか……私たちのすべてをぶつけてきます」


部長の横顔は、昨夜よりもずっと引き締まっていた。


「じゃあ、行ってくる。凛、そこからしっかり見てろよ」

田中くんがいつものように不敵に笑い、陽太も私と視線を合わせて、静かに頷いてくれた。


不安がっているのは、私だけじゃない。みんな、戦っているんだ。


「……っ」


屋外コートの入り口に差しかかった瞬間、私は肌を刺すような熱気に足を止めた。

フェンスを背に、腕を組んで仁王立ちする巨漢。九州志士学園の神代龍之介さん。彼から放たれる圧倒的な威圧感に、隣にいた凛ちゃんが「……っ」と小さく息を呑んで、梓先輩の後ろに隠れてしまった。


「ようやく来たか。待ちくたびれたぜ、陽太!」


その咆哮のような声が、通路の静寂を震わせた。

けれど、陽太は臆することなく一歩前に出た。

「神代さん……。あの時とは違います。今の俺は、一人じゃありませんから」


陽太が隣の田中くんと肩を並べる。田中くんも、神代さんの視線を正面から受け止め、不敵な笑みを浮かべていた。


「ほう、田中瑛太か。お前の初戦見させてもらったぜ、良い脚だ。……だが、今日でお前らの進撃は止まる」


神代さんはそう言い捨てると、掲示板に貼り出されたばかりのオーダー表を指差した。それを見た大野部長の顔が、驚愕に歪む。


「……っ、神代がダブルスだと!?」


その声に、私もオーダー表を覗き込んだ。


ダブルス1:河村 陽太 / 田中 瑛太

対する相手:神代 龍之介 / 島津 義弘


「神代さんがダブルスに……?」


私は自分の目を疑った。陽太から聞いていた神代さんは、九州最強のシングルスプレイヤー。その彼が、部長の島津さんと組んで、陽太たちの前に立ちはだかる。それは、星和の「勢い」を一番根元から絶とうとする、冷徹なまでの必勝策だった。


「驚いたか? だが、これが俺たちの本気だ」


神代さんが、鋭い視線で陽太と田中くんを射抜く。


「星和の勢いの源であるお前ら一年生ペアを、俺と部長が直々に叩き潰す。……二度とラケットを握りたくなくなるほどの敗北をな。それが、九州を背負う俺の、お前らへの最大の敬意だ!」


その言葉に含まれた純粋なまでの殺気。隣で震える凛ちゃんが、不安そうに私の袖をぎゅっと掴んできた。

「……みゆちゃん。陽太くんと瑛太くん、大丈夫かな……。あの人、すごく怖そう……」


「大丈夫だよ、凛ちゃん。……陽太と田中くんは、二人とも今日までずっと、どんな壁も乗り越えてきたんだから」


私は自分に言い聞かせるように、凛ちゃんの手を優しく握り返した。


「私たちは観客席へ行きましょう。あの子たちの戦いを、一番近い場所で見届けるために」


高城部長の静かな、けれど有無を言わせない声に促され、私たち女子部員と佐々木姉妹はコート脇の階段を上った。最前列に陣取ると、すぐ目の前のコートでは、すでに陽太たちが最終的なアップを始めている。


フェンス越しに見る神代さんの背中は、地面に根を張った大樹のように巨大で、揺るぎない。私の瞳には、その背後にそびえる九州志士学園という山脈が、あまりにも高く、険しく映っていた。


「男子ダブルス1、コートに入ってください!」


審判の無機質な声が響く。

陽太と田中くんは、一度も振り返ることなくコート中央へと歩み出した。


(……陽太。合宿の成果を、ここで……今、見せて)


私は祈るような気持ちで、二人の背中を見つめ続けた。


「試合開始! 九州志士学園、サーブ!」


審判のコールが響いた直後、有明の空気が爆ぜた。

神代さんが放った第1サーブ。それは風を切り裂く音じゃなく、空気を物理的に押し潰すような重低音を響かせて、センターラインぎりぎりに突き刺さった。


「……っ!?」

田中くんの鋭い反応をもってしても、ボールはラケットをかすめることさえ許されない。バウンドした球はそのまま背後のフェンスを激しく叩き、鋭い金属音を会場中に響かせた。


「15-0!」


「……おいおい、今のは冗談だろ?」

田中くんが呆然と呟くのが聞こえる。神代さんは凶暴な笑みを浮かべ、さらに威圧感を増していく。

「どうした、自慢の反射神経が泣いてるぜ! 次はもっと速いぞ!」


最初のゲームは、わずか2分足らずで奪われてしまった。

続く第2ゲーム、陽太のサーブ。けれど、そこでも志士学園の「牙」が容赦なく襲いかかる。


部長・島津さんの緻密なポジショニング。陽太がどれほどコースを突こうとしても、島津さんはまるで未来を予知しているかのように前衛でボレーを合わせ、神代さんがトドメを刺すための「道」を鮮やかに作っていく。


「そこだ、神代!」

「おうよぉ!!」


島津さんが上げたチャンスボールを、神代さんが空中で捉える。「豪快王」の異名の通り、全身の筋肉をバネのようにしならせたジャンピング・スマッシュ。陽太の足元で炸裂した打球は、まるで砲弾のように砂煙を上げた。


「ゲーム、九州志士! 2-0!」


「……強すぎる」

隣で見守る凛ちゃんが、あまりの衝撃に言葉を失い、梓先輩の腕を強く握りしめていた。

私の瞳にも、今の神代さんは「人」ではなく、すべてを薙ぎ倒す「暴風」そのものに見えて……。


神代さんのパワーという「矛」と、島津さんの戦術という「盾」。その完璧な噛み合わせの前に、陽太と田中くんの連携が、バラバラに引き裂かれていく。


「河村、田中! 足を止めるな! まだ始まったばかりだぞ!」

ベンチから大野部長の怒号のような激励が飛ぶけれど、点差は残酷に開いていった。


第5ゲーム。

田中くんが必死の形相で、神代さんの剛球を拾い続ける。けれど、神代さんが放った超高速のフォアハンドが、ついに限界を超えた。


「ぐわぁっ!」

激しい衝撃に、田中くんのラケットが手から弾き飛ばされ、コートの隅まで転がっていく。


「5-0、マッチポイント。九州志士学園!」


「……陽太、お前の根性もここまでだ。俺たちが本気で組めば、お前ら1年生に勝ち目など万に一つもない」

神代さんが、汗一つかかぬ顔でネット越しに二人を見下ろした。


絶望的なスコア。会場の誰もが「終わった」と思った、その時だった。


「……まだだ。まだ、終わってない」


膝をついていた陽太が、泥だらけの顔を上げた。

その琥珀色の瞳は、絶望の淵にいながらも、未だかつてないほど静かに、鋭く、神代さんを真っ直ぐ射抜いていた。


「瑛太。……神代さんの打球、見えてきたぞ」


「……ははっ。言うねぇ、陽太。俺も今、ちょうど同じこと考えてたところだ」

ラケットを拾い上げた田中くんが、不敵な笑みを浮かべる。


泥だらけのまま立ち上がった二人の瞳に、諦めの色はひとかけらもなかった。それどころか、今までで一番深く、鋭い光が宿っている。


「……っ、くる!」

私が小さく呟いた瞬間、田中くんが放ったのは、逃げるようなスライスじゃない。重く、低く、相手の足元へ沈む渾身のスピンサーブだった。


「チョロい真似を!」

神代さんが力任せにラケットを振り抜こうとした、その刹那。

前衛の陽太が、まるで見えていたかのようなタイミングでポーチに飛び出した。


「そこだ!!」

神代さんの剛球を、陽太は力で跳ね返すんじゃなく、ラケットの面をわずかにずらして「いなした」。勢いを殺されたボールは、島津さんの頭上を越え、コートの最後方、一番嫌な角へと吸い込まれていく。


「何!? 部長、戻れ!」

神代さんの叫びも虚しく、すでに背後へ走り込んでいた田中くんが、渾身のストレートを叩き込んだ。


「……15-40!」


「やったぁ……! 取った、取ったよみゆちゃん!」

凛ちゃんが身を乗り出して叫ぶ。私も、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

そこから始まったのは、一年生ペアの意地と執念の逆襲だった。


王者のパワーを二人で分散し、緻密な戦術を「絆」で突き破る。

「ゲーム、星和学院! 5-1!」


ついに、あの一体となった「壁」に風穴を開けた。

結果として、試合は6-1で志士学園が制したけれど、コートを去る二人の顔は清々しかった。二人がもぎ取ったその「1ゲーム」が、会場全体の、そして何より星和メンバー全員の心に火をつけたから。


「河村、田中。……負けて言うのもなんだが、最高のバトンだぞ」

ベンチで二人を迎えた大野部長の瞳には、もう迷いなんてなかった。


神代さんという「最強の矛」をダブルスで消耗させたことで、志士学園の層は明らかに薄くなっていた。

陽太たちの奮闘に突き動かされた岡田先輩と佐久間先輩がダブルス1で完封。その後、湊兄さん、渡辺先輩、そして大野部長が、次々と志士学園を圧倒していく。の必死の応援も、チームの背中を強く押していた。


「試合終了! 計4-1で星和学院の勝利!」


歓喜に沸くベンチの中で、神代さんが陽太へと視線を送った。

「陽太! 俺たちに勝って、他で負けるなんて真似、絶対に許さねえぞ! お前らの『根性』、最後まで見せてみろ!」


豪快王の咆哮が、有明の空に溶けていく。

私の瞳には、敗北を糧にさらに強く結ばれた二人の絆が、西日を浴びて何よりも眩しく映っていた。


けれど、喜びの余韻に浸る間もなく、私は背後に冷たい視線を感じた。

観客席の出口。こちらを一瞥もせず去っていく、西園寺女子のジャージを纏った一団。


次は、私たちの番。

「女王」鳳仙雅さんが待つ、氷の王座への挑戦が始まる。


おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



豪快王。 作戦も豪快にしてきました。

突出した脳筋プレイヤー感出てたら満足です。


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