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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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蒼き開戦の朝

高速道路を走る大型バスのタイヤが、一定のリズムでアスファルトを叩く音が響く。 女子テニス部が占有する車内は、普段の練習中の賑やかさとは打って変わって、重苦しいほど静まり返っていた。カーテンの隙間から差し込む冬の朝日は鋭く、膝の上に置いた私の指先を白く照らしている。


「みゆ、大丈夫? 顔、ちょっと固いよ」


隣の席から声をかけてくれたのは、ダブルスのペアを組む美咲だった。彼女はリラックスしようとしているのか、スポーツ飲料を一口飲み、小さく笑いかけてくれる。


「あ……ごめん。ちょっと考え事してた」

「全国、だもんね。しかも、私たちは団体戦。一戦も落とせないプレッシャーは、個人戦とはまた違うし」


美咲の言う通りだ。団体戦は、自分一人の勝ち負けだけでは終わらない。チーム全員の想いを背負ってコートに立つ重み。それに加えて、私の胸にはもう一つの不安が澱のように溜まっていた。


「美咲……私ね、少し怖いの。この前の地区大会決勝での私の『読み』、たぶん他校にマークされてると思う」


あの決勝戦。私は相手の配球を完璧に読み切り、勝利を手にした。けれど、その情報はすでに全国の強豪校に知れ渡っているはずだ。私の武器である「洞察力」が、もし対策されていたら……。


私は目を閉じ、先日、陽太と戦った時のことを思い出した。 あの時、私の「読み」は完璧だった。それなのに、陽太は私の予測のさらに上をいく場所へ、弾丸のような球を叩き込んできた。


(あの時の陽太は、私の『思考』そのものを利用していた……)


陽太は山での過酷な日々を経て、相手が「こう来る」と確信した瞬間の隙を突く術を手に入れていた。それに対して、私はどうだろう。相手の動きを読み、先回りするだけ。もし、相手が陽太のように「裏」をかいてきたら? あるいは、読むことすら不可能な圧倒的な速度で攻められたら?


今の私に足りないもの。それは、予測が外れた時でも強引に状況を打開できる「圧倒的な地力」と、どんな窮地でも揺らがない「冷徹なまでの精神力」だ。


「……陽太は、あんなに強くなったのに」

小さく漏れた呟きに、美咲がそっと私の手を握った。


「河村くんの進化は確かに凄いよ。でも、みゆ。私たちは二人で一つでしょ? みゆが読めない時、私が動く。私が打ち抜けない時、みゆがコースを作ってくれる。それがダブルスじゃない」


美咲の温かい掌の体温に、凍りついていた私の思考が少しずつ解けていく。 陽太は陽太の戦いがある。そして私には、私と美咲、そして女子部全員で掴み取るべき勝利がある。


「……うん。ありがとう、美咲。私、もっと強くならなきゃ。陽太に追いつくためだけじゃなくて、このチームで勝つために」


バスの窓の外、遠くに有明のテニスの聖地――有明コロシアムの屋根が見えてきた。 そこは、日本中の「怪物」たちが集う場所。 不安を完全に拭い去ることはできない。けれど、逃げるわけにはいかない。


私はラケットバッグを強く抱きしめ、自分に言い聞かせるように深く息を吐いた。 陽太、見ていて。私も、逃げずに戦ってくるよ。


バスが有明テニスの森に到着し、私たちは一歩、その「聖地」へと足を踏み入れた。 有明スタジアムの巨大な銀色の屋根が、冬の澄んだ青空に鋭く光っている。周囲には全国から集まった猛者たちの熱気と、各校の鮮やかなジャージが入り乱れ、独特の緊張感を作り出していた。


男子テニス部と共に移動していると、正面から歩いてくる一団と視線がぶつかった。 洗練された漆黒のジャージ。その胸元に刻まれたのは、帝都大附属の校章。


「……いたわね」


美咲が息を呑む。その集団の中心に、氷のような美しさと鋭利な気迫を纏った少年が立っていた。 帝都大附属中学3年、北条 蓮。


湊兄さんが足を止め、蓮さんと真っ向から対峙する。沈黙が流れる中、陽太が迷いのない足取りで一歩前に出た。


「北条さん。合宿では、大変お世話になりました」


陽太は深く、丁寧にお辞儀をした。それは単なる形式的な挨拶ではない。あの過酷な山で、蓮さんの圧倒的な実力に触れ、彼が「目指すべき壁」の一人であることを認めた、真摯な敬意の表れだった。


蓮さんはそんな陽太を冷ややかに見下ろしたが、その瞳には以前のような「格下」を見る侮蔑はなかった。


「……河村陽太か、あの場所でよく耐えられたな、真っ先に根を上げると思っていたのだがな。合宿の成果しっかり見届けさせてもらうぞ」


「蓮さん!」

私は陽太の隣に並び、精一杯の声で挨拶をした。

「こんにちは! あの、冬休みのこと……お姉ちゃんから聞きました。本当に水瀬家うちにくるんですね」


私の問いに、蓮さんはわずかに視線を泳がせた。 普段の鋭い眼差しがふっと緩み、整った顔立ちがわずかに赤らむ。


「……ああ、そうだ。雫姉さんの『監視』を受けるのは本望ではないけど、今の俺にはそれが必要だという判断だ」


蓮さんは、私にとって湊兄さんとはまた違う「もう一人の兄」のような存在だった。幼い頃から家を行き来し、ぶっきらぼうながらも私の成長を気にかけてくれていた人。


「お前……少し見ない間に、また背が伸びたか? ちゃんと食べているんだろうな」

蓮さんは不器用な手つきで私の頭を一度だけ、ぽんと叩いた。その仕草には、私だけが知っている優しさが滲んでいる。


「はい! 特訓、頑張ってます。蓮さんが来る頃には、びっくりするような料理、作れるようになっておきますね!」

「……お前の低レベルな特訓に付き合うつもりはないが……。まあ、楽しみにはしておくさ」

「ふふ...相変わらずだね。これでもお姉ちゃんの特別訓練で料理の腕磨いてるんだからね」


ふいっと顔を背けた蓮さんだったが、その耳たぶが少しだけ赤い。照れ隠しの言葉に、私は思わず笑みをこぼした。


「蓮」


それまで黙っていた湊兄さんが、静かに口を開いた。

「家に来るのを歓迎してやるのは、この大会が終わってからだ。今は――敵だな」


湊兄さんの言葉に、蓮さんの口角が不敵に上がった。

「ああ。……湊、そして河村。ジュニア代表候補の名にふさわしいプレーを期待している。もっとも、優勝旗を奪うのは俺たち帝都だがな」


「望むところです。コートで、合宿の成果を見せます」

陽太が真っ直ぐに蓮さんの目を見返した。火花が散るような視線の応酬。今の二人は、同じ高みを目指す真のライバルだった。


「行くぞ。……スタジアムが呼んでいる」


湊兄さんの合図で、私たちは再び歩き出した。 蓮さんの一団とすれ違う瞬間、冷たい風が吹き抜ける。 これから始まるのは、友情や家族愛を一旦横に置いた、剥き出しの牙と牙がぶつかり合う戦場だ。


巨大なスタジアムのゲートをくぐると、観客席からの地鳴りのような歓声が私たちを包み込んだ。 陽太、田中くん、美咲。そして私。 自分たちの全てを賭けた戦いが、今、幕を開ける。


スタジアム内の星和学院専用の待機スペース。 窓の外から聞こえる地鳴りのような歓声とは対照的に、室内は張り詰めた静寂に包まれていた。 顧問の坂上先生が、手元のボードを叩き、全国大会一回戦の対戦相手とオーダーを告げる。


「一回戦の相手は、九州地区代表、筑紫学園だ。相手はダブルスで確実に二勝をもぎ取りにくる超攻撃型のチームだ。だが、うちの布陣に隙はない。――オーダーを発表する」


坂上先生の声が、部員たちの緊張を切り裂くように響いた。


ダブルス2:河村 陽太(1年) / 田中 瑛太(1年)

ダブルス1:岡田 慎吾(2年) / 佐久間 良(2年)

シングルス3:大野 健斗(3年)

シングルス2:渡辺 直人(3年)

シングルス1:水瀬 湊(3年)


「えっ……!?」


隣に座る田中くんが、弾かれたように顔を上げた。 これまで陽太は、湊兄さんとの練習や合宿での戦いで注目を集めてきたが、実は公式戦で同級生の田中くんとダブルスを組むのはこれが初めてだった。


「河村、田中。お前たちが先鋒だ。一年生ペアだが、今の実力なら筑紫のパワーにも引けは取らん。勢いを作ってこい」


「……はい!」


陽太が短く、鋭く答える。一方で田中くんは、膝の上に置いた拳を白くなるほど握りしめていた。全国という大舞台、しかも隣にいるのは、あの過酷な合宿を経て「化け物」じみた気迫を纏うようになった陽太だ。


「……陽太。俺、お前の今の足元に及んでるのかな。全国の一回戦で、お前の足を引っ張るようなことだけは……」


通路へ向かう途中、田中くんが震える声で漏らした。 陽太は足を止め、隣に立つ田中くんの目を真っ直ぐに見据えた。その視線はどこまでも強く、迷いがない。


「瑛太。お前は、俺が入部してから一番負けたくないと思ったライバルだ。お前の脚力があれば、後ろに流れた球をすべて返してくれる。それだけで、俺は前で思い切って攻められるんだ」


陽太は田中くんの肩に力強く手を置いた。


「全国の奴らに、星和の得点源は水瀬湊だけじゃないって、二人で教えてやろう」


「……っ、陽太!」

田中くんの瞳に、再び強い光が灯った。震えていた肩が止まり、ゆっくりと、けれど確実にラケットを握り直す。陽太を追いかけてきた自負が、プレッシャーを闘争心へと塗り替えていく。


「……ああ。やってやろうぜ、陽太! 俺たち一年生ペアの力、見せつけてやる!」


二人は強く拳を合わせた。その光景を、私は少し離れた場所から見つめていた。 陽太はもう、隣で守られるだけの少年じゃない。対等なライバルを認め、共に高みを目指す「戦士」の顔をしていた。


「――全選手、コートへ入場してください」


場内アナウンスが響く。 陽太、田中くん、そして湊兄さんたち男子部が、決戦のコートへと歩み出した。 背中に背負った「星和学院」の文字が、冬の光を受けて誇らしく輝いている。


いよいよ始まる、有明の初陣。 それは、陽太が公式戦でその真価を証明するための、そして一年生コンビが全国にその名を刻むための、最高の舞台だった。


おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


全国大会の舞台、有明テニスの森、会場到着です。


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