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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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選抜の咆哮、全国大会へ

登校時間、校舎の正面玄関には、秋の澄んだ空に映える巨大な二本の垂れ幕が誇らしげに掲げられていた。


『祝・男子テニス部 全国大会出場決定』

『祝・女子テニス部 全国大会出場決定』


その鮮やかな文字を見上げる生徒たちの波の中で、私と陽太は立ち止まっていた。一週間後に迫った全国大会。校内の熱気は最高潮に達しており、通り過ぎる生徒たちが皆、垂れ幕を見上げては期待の声を漏らしている。


「本当に、全国に行くんだね……。しかも、一週間後にはもう試合が始まるなんて」 「ああ。垂れ幕を見ると、いよいよ逃げ場がないっていうか、身が引き締まるよ」


陽太はそう言いながら、昇降口の横にある掲示板へと視線を移した。そこには垂れ幕とは別に、テニス界の未来を占う一枚の書面が、異様な重圧を放って張り出されていた。


「全日本ジュニア選抜室内テニス選手権 派遣候補選手」


最上段に君臨する『水瀬 湊(3年)』の名。そして、その数行下に刻まれた『河村 陽太(1年)』の文字。1年生での選抜入りは、星和学院の歴史でも数えるほどしかいない快挙だ。周囲の部員たちは、垂れ幕への歓喜と、この掲示板に記された「1年生の台頭」への驚愕の間で揺れ動いていた。


「……陽太、見て。みんな驚いてる」

「……うん。でも、ここにあるのはただの候補。本当の勝負は、この名前の重みに見合うプレーを全国の舞台でできるかどうかだ」


陽太の瞳には、かつてのような戸惑いはなかった。山での死線を越え、自分の力でその座を勝ち取った者だけが持つ、静かだが苛烈な意志が宿っていた。


そこへ、「おめでとう、二人とも」という、よく通る凛とした声が響いた。 人混みを割り、穏やかな、けれど威厳のある笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、生徒会長の佐々木梓さんだった。


「佐々木会長……!」

「驚いたわ、河村くん。一年生でジュニア選抜の候補に選ばれるなんて。そして水瀬さんも、女子部の団体戦全国大会出場、本当におめでとう」


梓さんは優雅な仕草で眼鏡のブリッジを押し上げ、二人の顔を交互に見つめた。

「全国大会は、学校の代表としての戦い。私も生徒会を代表して、必ず応援に駆けつけるわ。……いいえ、星和の全生徒が、あなたたちの背中を押していると思って戦ってきなさい。期待しているわよ」


「ありがとうございます、佐々木会長。……学校の代表として、恥じないプレーをしてきます」

陽太が力強く答えると、梓さんは満足そうに頷き、「期待しているわ」と言い残して校舎へと戻っていった。


「……背負うものが、どんどん大きくなっていくね」

私が少し照れくさそうに笑うと、陽太はラケットバッグを背負い直し、真っ直ぐにコートの方向を見据えた。

「そうだな。でも、今の俺にはそれが重荷じゃない。……みゆ、行こう。一分一秒も無駄にできないから」


掲示板を照らす冬の朝日が、二人の影を長く、そして濃く地面に刻んでいた。 それは、平穏な日常との別れ。そして、星和の看板を背負い、一週間後の全国大会へと駆け抜ける「激動の日々」の幕開けだった。


放課後の猛練習を終え、心地よい疲労感と共に水瀬家の重厚な門をくぐる。 隣を歩く陽太とは、玄関先で「また明日」と短く言葉を交わした。かつてのように甘えるような時間は、今の二人にはない。一週間後の全国大会という巨大な壁が、二人の間に心地よい緊張感を生んでいた。


家に入ると、リビングにはすでに湊兄さんと雫お姉ちゃんが揃っていた。卓上のティーカップからは湯気が立ち上り、お姉ちゃんの傍らには数通の正式な書状が置かれている。


「湊、みゆ。ちょうどいいわ。座りなさい」


お姉ちゃんの静かだが通る声に、私と湊兄さんは居住まいを正した。お姉ちゃんはまず、スマートフォンを操作して一通のメッセージを表示させる。


「先ほど、正式に連絡がありました。冬休みから1月の入試が終わるまで、帝都大附属中学の北条蓮くんが、この家で寝食を共にすることになりました」


「蓮が、ですか……」

湊兄さんがわずかに目を見開く。 「帝都の内部進学を蹴って星和の高等部を受けるというのは、本気だったのですね。ですが、なぜわざわざこの家に?」


「あちらのご両親からの強い希望よ。受験直前の追い込みを、私の監視下で……そして、あなたという最高の手本が身近にいる環境でさせたいそうよ。湊、あなたには蓮くんの練習相手と、星和の矜持を叩き込む役割を任せます」


「心得た。あいつの根性、改めて叩き直してやる。練習とはいえあいつと打てるのは楽しみだ」

湊兄さんの不敵な笑みに、私は思わず息を呑んだ。湊兄さんのライバルである蓮さんが、この家にやってくる。それは、水瀬家がこれまで以上に激しい「戦場」になることを意味していた。


お姉ちゃんの視線が、次に私へと向けられた。その双眸は、氷のように冷たく、けれど何かを見定めるような熱を帯びている。


「そして、みゆ。あなたには二つの任務を与えます」


お姉ちゃんはティーカップを置き、指を二本立てた。


「一つ。一週間後の全国大会が終わるまで、あなたは一切の雑事から解放されます。料理の特訓も、家事の手伝いも不要。女子テニス部の団体戦メンバーとして、テニスだけに全力を尽くしなさい。水瀬の名を背負ってコートに立ち、無様な姿を見せることだけは許しません」


「……はい!」


「そして、二つ。全国大会が終わり、冬休みに入った瞬間……あなたの『本当の戦い』が始まります」


お姉ちゃんの声が、一段と低く響いた。


「冬休みからは、ジュニア選抜候補である湊と陽太くん、そして受験生でありながら代表を狙う蓮くん。この『日本代表』を背負う三人のコンディションを、あなたの『食』で完璧に管理しなさい。アスリートの肉体と、受験生の精神。そのすべてを支え抜くことが、今のあなたに課す最終試験よ。私も陰ながらサポートするけど、基本的には貴女が動きなさい」


リビングに沈黙が流れる。 全国大会までは「選手」として集中し、大会後は「守護神」として三人の怪物を支える。それは、お姉ちゃんなりの、私に対する最大級の試練であり、期待でもあった。


「……わかりました、お姉ちゃん。全国大会では、女子部のために必ず結果を出してくる。そして冬休みからは、三人を誰よりも強い状態にしてみせるよ。私にしかできないやり方で!」


私は、お姉ちゃんの視線を真っ向から受け止めて宣言した。 湊兄さんが頼もしそうに私を見つめ、お姉ちゃんはわずかに、本当にわずかにだけ、満足そうに口角を上げた。


一週間後の全国大会。そして、その後に待つ北条蓮との共同生活。


お姉ちゃんからの「託宣」を受けたその夜、私は自室の窓から隣の河村家を見つめていた。陽太の部屋にはまだ明かりが灯っており、カーテン越しに彼がラケットを振る影が揺れている。


彼もまた、一週間後の「全国」という舞台の重圧を、その細い肩で受け止めているのだ。


翌日からの七日間は、瞬く間に過ぎ去っていった。 お姉ちゃんの宣言通り、私は一切の家事から解放され、部活動が終わると同時に湊兄さんとの実戦形式の練習、そしてお姉ちゃんによる苛烈なまでの精神修養に明け暮れた。


「みゆ、読みが甘い。相手の視線に惑わされるな。瞳の奥にある『意志』を射抜け」 「……っ、はい!」


湊兄さんの容赦ない打球を浴びながら、私は女子団体戦で自分が果たすべき役割を反芻した。チームに流れを引き込み、勝利を決定づけるポイントゲッター。合宿で覚醒した陽太に負けないくらいの「鋭さ」を、私は自分の内に求めて研ぎ澄ませていった。


一方の陽太も、男子部で文字通り「鬼」となっていた。 男子テニス部もまた、湊兄さんを筆頭に団体戦での全国制覇を至上命題としていた。一年生ながらジュニア選抜候補に選ばれたことで、部内からの期待と風当たりは同時に強まったが、陽太はそれを実力でねじ伏せていった。相棒となった佐藤健二くんと呼吸を合わせ、二人は放課後のコートが閉まるまで、泥だらけになってボールを追い続けた。



そして迎えた、全国大会出発の朝。 冷気が立ち込める星和学院の校門前には、遠征用の大型バスが二台並んでいた。早朝にもかかわらず、生徒会長の佐々木梓さんが、生徒会のメンバーを引き連れて見送りに来てくれていた。


梓さんは、整列した男子・女子両テニス部の選手たちの前に凛とした姿で立った。


「大野部長、高城部長。準備はよろしいかしら?」


梓さんの問いかけに、男子テニス部の大野部長と、女子テニス部の高城部長が、それぞれの部を代表して一歩前に出る。


「ああ。男女揃っての団体戦全国出場、これ以上の舞台はない。男子は湊を中心に、王者のテニスを見せつけてくるよ」

大野部長が力強く答えると、高城部長も毅然とした表情で頷いた。

「女子も同じです。全員が一丸となって、一戦必勝で頂点を狙います」


「期待しているわ。全国大会は、学校の代表としての戦い。私も生徒会を代表して、必ず現地へ応援に駆けつけるわ。……全生徒があなたたちの背中を押していると思って、悔いのない戦いをしてきなさい」


梓さんの激励を受け、部員たちの士気が一気に高まる。その熱気の中で、私は列の端にいた陽太と一瞬だけ視線を交わした。陽太は、私にだけわかるように小さく頷き、全国という戦場へ向かう戦士の瞳でバスへと乗り込んでいった。


「――おい、行くぞ。気を引き締めろ」

湊兄さんの冷静な声が響き、私も女子部のバスへと足をかける。


車窓の向こうで、梓さんたちが大きく手を振っている。校舎に掲げられた「全国大会出場」の垂れ幕が、冬の強い風に煽られて激しく鳴っていた。


目的地は、日本中の精鋭が集う有明。 男子・女子それぞれの団体戦。 北条蓮がやってくる冬休みを前に、私たちは自分たちの存在を証明するための、最初の大きな一歩を踏み出した。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



秋の全国大会編開始です。


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