バレンタイン直前、買い出しとチョコ作り
バレンタインデーまであと2日と迫った、2月12日の休日。
午前中のテニス部の練習を終え、汗を拭いながら部室に集まった私たちは、そのままぞろぞろと駅前の大型デパートへと繰り出すことになった。外の空気は凍てつくように冷たいけれど、これからの買い出しに向けたワクワク感で、みんなの足取りは軽やかだ。
「よしっ! デパ地下のチョコレート特設会場、気合入れて回るよ〜!」
美咲が両手をグッと握りしめて気勢を上げると、女子部員たちの間に「おーっ!」と元気な声が広がる。
ただ、今日の買い出しメンバーは目的によって2つのグループに分かれることになっていた。
「じゃあ、私たちは高級ブランドのバラ売りチョコと、みんなに配る用の可愛いラッピングのコーナーを見てくるね!」
そう言って手を振って別れたのは、美咲、奈緒、そしてまゆの3人。手作りではなく、厳選した美味しいチョコをスマートに用意して可愛くラッピングする「義理チョコ・市販組」だ。
残された私、莉奈、ひかりちゃん、結衣ちゃん、そして穂花ちゃんの5人は、製菓材料やラッピング専門のフロアを目指してエスカレーターを上る。こちらは、本命や大量生産のための「手作り組」だ。
「ふふっ、本格的なチョコレートの甘い匂いがしてきた……! これだけでテンション上がっちゃうね!」
莉奈が鼻をくんくんさせながら嬉しそうに笑う。その隣で、1年生の結衣ちゃんが目を輝かせてキョロキョロと周囲を見回していた。
「私、本格的なお菓子作りってほとんどしたことないから、なんだかすごく新鮮です! 本命とかじゃないんですけど、自分で可愛いお菓子を作ってみたくて、今回は手作り組に参加しちゃいました!」
結衣ちゃんが少し照れくさそうに笑うと、穂花ちゃんが優しく微笑んでその肩をポンと叩いた。
「いいじゃない、結衣ちゃん! バレンタインは自分で食べる用にご褒美スイーツを作るのも大アリだし、ラッピングにこだわるだけでもすごく楽しいよ」
「うんうん! 穂花ちゃんの言う通りだよ。あ、見て、あそこにすっごく可愛いハート型のクッキー型がある!」
ひかりちゃんが指さしたショーケースの前で、私たちは一斉に足を止める。
ガラスケースの中には、星型やクマの形、リボンをモチーフにした型や、色とりどりのトッピングシュガーが所狭しと並んでいて、見ているだけでときめいてしまう。
「わぁ、これすごく可愛い……! クランチチョコ用のカラフルなアラザンもある!」
私が手に取った小瓶を覗き込みながら、莉奈が「それ、トッピングしたら絶対お店のやつみたいになるよ!」と目を細めた。
みんなでカゴを持ち寄り、製菓用のミルクチョコレートに、香ばしいアーモンドプードル、ココアパウダー、そして大量生産用のラッピング袋を次々と放り込んでいく。
「それにしてもさぁ、みゆ。今年はテニス部の男子たちにもお裾分け用を作るんでしょ? 大変だよねぇ」
莉奈がクスッと意地悪そうに微笑みながら、私のカゴの中のチョコレートの量を確認する。その瞬間、私の頬が一気に熱を帯びるのが分かった。
「うっ……そ、それはみんなへの日頃の感謝だから! ちゃんと効率よく作れるブラウニーにする予定だし……!」
「ふふっ、みゆ先輩、顔真っ赤ですよ。もちろん、『特別な本命チョコ』の準備も、バッチリ気合入れて作るんですよね?」
ひかりちゃんまでニヤニヤしながら茶化してきて、私は思わず両手で自分の熱い頬をパタパタと覆った。
「も、もう、ひかりちゃんまでそんなこと言わないのっ……! でも、ちゃんと美味しくできるように頑張るから……!」
私のしどろもどろな返答に、みんなは「「可愛い〜!」」と声を合わせてキャッキャと楽しそうに笑い声を上げた。
華やかなデパートのフロアに、私たちの弾むような笑い声が溶けていく。
デパートでの買い出しを終えた私たちは、大きな紙袋を抱えて駅前でいったん合流した。
「お疲れ様〜! みんな、お目当てのものは買えた?」
美咲が両手に可愛いラッピング袋の入った袋を提げながら、パッと華やかな笑顔を向けてくる。
「うん、バッチリ! 美咲の方はどうだった?」
「こっちは完璧! 有名店の可愛いチョコを綺麗に小分けして、最高にセンスの良い義理チョコに仕上げる予定よ!」
自信満々に胸を張る美咲。そんな彼女に、私たちはこっそり視線を交わしてクスクスと笑った。
それというのも、実は今日の買い出しのあと、美咲の広い自宅のキッチンをみんなでお借りして、一緒にチョコの準備をすることになっていたのだ。
「あ、そうだ! 美咲の家を借りる代わりに、条件があるんでしょ?」
莉奈が意地悪そうに微笑むと、美咲は「そうよ!」と力強く頷いた。
「うちのママ公認だからね! キッチンの利用料として、出来上がった手作りチョコの試食を私に最優先でさせることが絶対条件なんだから! もう今から楽しみで仕方ないんだからね!」
そんな美咲のテンションに引っ張られるように、私たちはわいわいとお喋りをしながら松本家へと移動した。
* * *
松本家の広々とした美しいキッチンに到着すると、私たちはさっそくエプロンをつけ、手洗いと消毒を済ませて戦闘態勢に入った。
まずは私、本命チョコ組の作業からだ。
まずは陽太の分と、兄さんの分の本命・家族チョコを並行して作り始める。ボウルに砕いたチョコレートを入れ、湯せんで丁寧に溶かしていく。
(よし、まずは陽太の分を……って、あれ?)
無意識のうちに型に流し込み、大きさを整えていくと、なぜか陽太用も湊用も、全く同じくらいのサイズと形の綺麗なボックス型チョコになっていた。
ハッと思い出し、昨年のバレンタインの記憶が脳裏をよぎる。――去年も同じように、湊兄さんの分を陽太と同じ大きさで作ってしまい、戸惑ったっけ。
「……まあいっか。小さくしすぎたら、兄さん絶対『俺の扱いが雑だ』って拗ねそうだし、これくらい堂々としてたほうが丁度いいよね!」
心の中でそっと開き直り、私はそのままラッピングの箱へと綺麗に収めていく。
隣のスペースでは、ひかりちゃんや莉奈も真剣な表情で作業を進めていた。
「ひかりちゃん、それすごく綺麗に固まってるね!」
「えへへっ、ありがとうございます! これは弟のひびき用のチョコなんです。あと、こっちの大きめのやつは……その、内緒です!」
ひかりちゃんが頬を真っ赤に染めながら、もう一つ一回り大きい、丁寧にリボンがかけられた箱を隠すように微笑んだ。可愛い弟の分と、きっと大切な人への想いが詰まっているのだろう。
その隣で、莉奈は一途に自分の本命チョコ作りに全神経を集中させていた。「よし、完璧……!」と呟きながら、プロ顔負けのデコレーションを施していく手際メンはさすがの一言だ。
そして、はじめて手作りに挑戦している1年生の結衣ちゃんは、ちょっぴり苦戦していた。
「みゆ先輩、これ……混ぜ加減、これで大丈夫でしょうか……? ちょっと固まってきた気がして……!」
「どれどれ? うん、大丈夫、すごくいい感じだよ! ここで少しだけアーモンドダイスを混ぜ込むと、食感が良くなって美味しくなるから試してみて」
「わぁ、本当ですね! 教えていただきありがとうございます!」
結衣ちゃんがパッと目を輝かせ、教えた通りにトッピングをふりかけていく。その姿がなんとも微笑ましい。
それぞれの作業が一段落し、チョコレートを冷蔵庫で冷やし固める冷却タイムに入った。
「ふぅ〜、いい匂いでお腹空いちゃったね!」
エプロンのポケットから手を拭きながら、莉奈が声を上げる。
「じゃあ、チョコレートが固まるまでの間に、そっちの『義理チョコ・市販組』のお手伝いをしちゃおうか!」
私の呼びかけに、美咲や奈緒、まゆたち市販組が「本当!? 助かる〜!」と両手を合わせた。
デパートで買い込んできた高級ブランドのバラ売りチョコを、美咲たちが用意した色とりどりのオーガンジーの小袋や、リボン付きの可愛いラッピングペーパーに一つずつ丁寧に詰めていく。
「このシックな黒いリボン、すっごくセンス良くない?」
「うんうん、大人っぽくてカッコいい! これをもらった男子は絶対キュンとしちゃうよ」
女子トークを弾ませながら、手を動かすスピードは落とさない。みんなでワイワイと作業をしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
冷蔵庫から冷え固まった手作りチョコを取り出す頃には、キッチン中が甘くて幸せな香りに満たされていた。
「お待たせしました! 試食タイムだよ〜!」
私が声をかけると、一番に飛びついてきたのはもちろん美咲だった。
「待ってましたぁ! いただきまーす……んんっ、美味しい……! チョコレートの甘さとビターな口どけが最高すぎるよ、みゆ!」
美咲が目をハートにして感動し、他のメンバーも「おいし〜!」「これ絶対モテるやつ!」と口々に絶賛してくれた。
みんなの笑顔と美味しい歓声に包まれながら、私たちはバレンタイン本番、そしてその直後に控えるスキー合宿への期待を胸に、最高の一日を締めくくったのだった。




