1年生の健闘と、揺らぐ女王の心
11連勝という驚異的な記録を叩き出し、コートの中心で息を整える修徳館2年の志村葵さん。その圧倒的なオーラに誰もが気圧される中、ギャラリーの最前線から一歩、元気よく飛び出した影があった。
「あ、あのっ! 次、私に挑戦させてください!」
「ひかりちゃん……!」
手を挙げたのは、星和1年の佐々木ひかりちゃんだった。修徳館の鉄壁にして最強の連勝記録保持者に向かっていくその瞳には、恐怖ではなく、憧れとワクワクした光が満ちていた。
「いいよ、かかってきなさい!」
志村さんが涼やかな笑みを浮かべてラケットを構える。
勝ち抜け交代制のフリーコートは、1ゲーム先取の短期決戦。ただし、テニスの1ゲームは最低でも4ポイント(ラブゲームでもデュースを繰り返せばそれ以上)を奪い合う必要がある。一筋縄ではいかない長期戦の様相を呈していた。
「ゲームスタート! 志村のサーブ!」
第1ゲーム、志村さんのサーブから激しい攻防が始まった。
志村さんの代名詞である重く鋭いストロークが、ひかりちゃんへと容赦なく襲いかかる。誰もが「一撃で押し切られるか」と息を呑んだその時――ひかりちゃんは一歩も引かず、ラケットを的確な角度でボールに合わせた。
シュッ……!
「……っ!?」
志村さんの放った凄まじい威力の強打が、ひかりちゃんのラケットの上でピタリと勢いを失い、まるで何事もなかったかのように無効化されてふわりと相手コートへ返っていく。
「今のは……水瀬さんの……!」
観戦していた部員たちからどよめきが起きる。それはまさに、日々私が使っている『波紋』の技術。私のプレイを間近で見続け、必死に盗み取ってきたひかりちゃんならではの、見事なカウンターだった。
「すごい! ひかりちゃん、志村さんの強打を完全にいなしたよ!」
結衣ちゃんと一緒に私も声を限りに声援を送る。ひかりちゃんは波紋の技術で志村さんの重いショットを次々と無効化し、持ち前の粘り強さで激しいデュースの嵐を巻き起こしていった。
ポイントカウントは「40−40! デュース!」。
1年生相手にここまでもつれ込むとは思っていなかったのだろう。それまで涼しい顔をしていた志村さんの額にじっとりと汗がにじみ、その表情にかすかな焦りの色が浮かび始めた。
(まさか、1年生にここまでペースを握られるなんて……っ!)
焦燥感からか、志村さんのショットにわずかな力みが混じる。そこを見逃さず、ひかりちゃんは鋭いカウンターを突き刺してついにブレイクポイントを掴みかけた。
「ぐっ……! やるわね、佐々木さん……!」
だが、11人をなぎ倒してきた志村さんの底力と執念は、そこからが凄まじかった。
追いつめられた瞬間、志村さんは一切の無駄を削ぎ落とした鉄壁の集中を取り戻す。ひかりちゃんの放った波紋の返しを、志村さんはわずかな重心移動と見事な体幹で完全に読み切り、最後はコートの隅を射抜く強烈なウィナーを執念でねじ込んだ。
「ゲーム、修徳館・志村!」
「 ……ふぅ、危なかったわ……」
「はぁ、はぁ……っ……もう一歩だったのに……!」
ひかりちゃんが悔しそうに膝に手を突くが、志村さんは額の汗を拭いながら、どこか冷や汗を拭うような表情でその頭を優しくポンと叩いた。
「すごいテニスだったわ、佐々木さん。油断してたら、本当に足元をすくわれるところだったわよ」
ギャラリーからは、1年生ながら王者・志村さんを極限まで追い詰めたひかりちゃんへと、割れんばかりの惜しみない拍手が送られた。
そこからも勝ち抜けコートの熱気は冷めず、挑戦者が次々と挑んでは跳ね返されていく。1ゲーム制とはいえデュースの応酬を制し続ける過酷な連戦のなか、志村さんは驚異的な精神力であれよあれよとテンポ良く勝利を重ね、ついに15連勝という前人未到の記録を叩き出した。
「はぁ……はぁ……ふぅ。……まだ、私を満足させる強者は現れないかしら?」
さすがに息は上がっているものの、志村さんの闘志は衰えるどころか、さらに鋭さを増していた。その時、ギャラリーの人垣を割って、1人の人影がスーッとコートサイドに歩み寄ってきた。
「本部のお仕事、奈緒にバトンタッチしてきたよ! あまりにも盛り上がってるから、気になっちゃって見に来ちゃった」
パタパタと軽く手を振りながら現れたのは、星和学院の部長──松本美咲だった。
「松本部長……!」
美咲の姿を認めた瞬間、コートの真ん中に立っていた志村さんの瞳が、カッと強く輝いた。彼女はラケットの先端をスッと美咲に向け、そしてもう片方の手で、ギャラリーの端にいた私へと視線を移す。
「待っていたわ、松本部長。それに、そこの水瀬さん」
志村さんの口元に、勝ち気で美しい笑みが浮かぶ。
「15連勝で私の調子は最高潮よ。……ねえ、この連勝を止めたければ、星和の誇る『部長』か『エース』のどちらかに、今すぐこのコートに参加してもらいましょうか!」




