猛追の結末と、得られた糧
「浅井さん、相手は浅井さんの癖を完璧に読んでいるからこそ、その『予測』を逆に利用しましょう!」
ベンチでの短いチェンジコートの間、私は浅井さんに作戦を提示した。
「私への警戒と浅井さんへの集中攻撃……なら、浅井さんがいつものコースに打つと見せかけて一瞬タイミングを外すか、あえて浅い球を打って相手を引き出してください。私がその背後から完璧なタイミングでカバーに入ります!」
「私の癖を……囮にするんですね。分かりました、水瀬さん! 私もこのままじゃ終わりません!」
浅井さんの瞳に、強い意志の火が灯った。
「第5ゲーム、スタート!」
コートに戻り、浅井さんがサーブを打ち込む。相手の橘さんは待ってましたとばかりに浅井さんのコースを読み、鋭いボレーで仕留めにかかってきた。
だが──浅井さんは打球の直前に手首の角度を微かに変え、あえて橘さんの手前で失速する緩いドロップ気味の球を放った。
「なっ……コースが変わった!?」
思わず前に誘い出された橘さん。その瞬間のオープンコートを、私は後ろから全速力で駆け抜け、完璧な間合いから鋭いクロス打ちで打ち抜いた!
バシィィンッ!
「ゲーム、水瀬・浅井ペア! 4-1!」
「よしっ……! ナイスカバーです、水瀬さん!」
「浅井さんの引きつけが完璧でした! この調子で行きましょう!」
ついに奪い取った1ゲーム。そこから私たちの怒涛の反撃が始まった。
相手の『浅井さん狙い』という固定観念を逆手に取り、浅井さんが誘い役となって相手の体制を崩し、開いたスペースへ私がオールラウンダーとしての柔軟なフットワークで飛び込んで攻め立てる。無理にカバーへ入るのではなく、浅井さんの動きと完璧に呼吸を合わせることで、驚くほど無駄のない流動的なフォーメーションが完成し始めていた。
「ゲーム、4-2!」
「ゲーム、4-3!」
「ゲーム、4-4! イーブン!」
「すごい……! 0-4から4ゲーム連続で奪い返した……!」
「みゆ先輩たちのカバーリング、どんどん息が合ってる!」
コート脇で応援していた結衣ちゃんやひかりちゃんたちから、割れんばかりの歓声が上がる。橘さんと菅原さんも焦りの色を隠せず、必死に体勢を立て直そうと歯を食いしばる。
しかし──序盤に許した4ゲームの失点差は、あまりにも重かった。
「ゲーム、菅原・橘ペア! 5-4!」
相手も修徳館と紫苑女子の主力としての意地を見せ、泥臭く1ゲームをキープして王手をかける。私たちは続く自分たちのサービスゲームを死守して『5-5』の同点に追いつくも、試合はついに最終第11ゲームへ。
「ゲームアンドセット! 6-5! ウォンバイ菅原・橘ペア!」
最後は菅原さんの気迫のこもったストレートショットがギリギリでライン上に突き刺さり、あと一歩のところでゲームセットとなった。
「はぁ……はぁ……! 負けちゃいましたね……!」
膝に手をつき、息を整えながら私は空を見上げた。悔しさはもちろんあったけれど、それ以上に胸の中には晴れやかな達成感が広がっていた。
ネット際で相手の菅原さん、橘さんと握手を交わしたあと、私は浅井さんに向き直った。
「浅井さん、ありがとうございました! 途中でたくさんご迷惑をおかけしちゃいましたけど……浅井さんのおかげで、ダブルスでのカバーの入り方や、パートナーと呼吸を合わせる感覚がすごく掴めました!」
深々と頭を下げる私に、浅井さんは一瞬目を見開いたあと、優しく胸を打たれたような温かい笑顔を浮かべた。
「頭を下げないでください、水瀬さん。0-4からここまで追い詰められたのは、水瀬さんが最後まで諦めずに私を信じてカバーし続けてくれたからです。私の方こそ、本当に素敵な経験をさせてもらいました。ありがとうございました!」
二人でしっかりと固い握手を交わす。負けはしたけれど、この試合で得た『パートナーとの調和』という手応えは、私にとって何物にも代えがたい大きな収穫だった。
「さて! 落ち込んでいる暇はありませんね。ランダムマッチの2巡目──第7試合に向けて、しっかり準備しなきゃ!」
ポンと自分の頬を叩き、私は気合を入れ直した。次なるコートへ向けて、私の心はすでに新たな挑戦への高揚感で満ちあふれていた。




