交錯するくじ引きと、信頼のダブルス
美咲と奥村さんの激闘と感動的な引退のドラマを見届けた胸の熱さが、まだ冷めやらぬまま──。
私は本部席へと足を運び、『くじ引きランダムマッチ』の受信用紙にエントリー名を書き込んだ。
「みゆ、くじ引きエントリーありがとう! 今、他校のメンバーも含めて組み合わせをシャッフル中だから、発表までちょっと待ってて!」
受付を担当してくれていた2年生のさくらが、箱をシャカシャカと振りながら笑顔で声をかけてくれた。
「うん! よろしくね、さくら!」
組む相手も対戦相手も、どの学校の誰になるか分からないランダムマッチ。期待に胸を膨らませながら自分の順番を待っていると、隣の第2コートから一際激しい打球音と緊張感のある掛け声が響いてきた。
視線を向けると、そこでは『エントリー制ダブルストーナメント』の第1回戦が始まっているところだった。星和学院ダブルスペア──奈緒と莉奈が、ダブルス特化の強豪・紫苑女子の2年生ペアである神谷詩乃さんと桐島薫さんの二人と対峙している。
(奈緒と莉奈の初戦だ……! くじ引きの発表まで、応援に行こう!)
私はコートを囲むフェンス脇へと駆け寄り、二人に向かって声をかけた。
「奈緒! 莉奈! 頑張って!!」
声に気づいた奈緒がちらりと振り返り、短く頷いてコートへ視線を戻す。その瞳には、すでに相手の挙動を逃さぬよう観察する鋭い光が宿っていた。
しかし、相手は緻密なコンビネーションを徹底的に叩き込まれた紫苑女子の主力ペア。序盤、試合を支配したのは紫苑女子のふたりだった。
「ゲーム、紫苑女子! 2-0!」
「くっ……やっぱり紫苑女子のダブルス、ポジショニングが完璧すぎる……!」
コート上で莉奈が歯噛みする。冬休みの特訓で基礎体力やストロークの威力は格段に上がったものの、紫苑女子の神谷・桐島ペアは無駄のない高速フォーメーションでこちらの打球コースを次々と消しにかかってきた。サインプレーを交えた変幻自在の配球に翻弄され、星和ペアは序盤から連続でゲームを落とす苦しい展開を強いられる。
フェンス越しに見守る私の手にも、思わず力が入る。
(紫苑女子のダブルスワークは本当にスキがない……。でも、奈緒なら……!)
試合が動いたのは第3ゲームの途中だった。
呼吸を整え、眼前のラリーを見つめる奈緒の瞳が、一瞬冷たく冴え渡る。相手の肩の向き、軸足の体重移動、手首のわずかな返し──相手が攻撃を仕掛ける前のほんの数ミリの癖を、奈緒の観察眼が的確に捉え始めていた。
「莉奈……分かったよ。紫苑女子の攻撃パターン、完全に見切った」
「えっ……本当、奈緒!?」
「うん。前衛の桐島さんがポーチに出る前、必ず左足のかかとを浮かせる。それと神谷さんは、追いつめられるとクロスじゃなくてストレートのロブで逃げる癖がある」
奈緒の冷静で的確な分析を聞き、莉奈の表情に一気に力強い輝きが戻った。
「了解! 奈緒の分析通りに動くね!」
「行くよ、反撃開始!」
相手のサービスから始まった次のラリー。紫苑女子の桐島さんがポーチに出ようと踏み込んだ瞬間──奈緒はその動線を見破り、相手の逆を突く鋭いストレートショットを叩き込んだ!
シュッ……ッ! バシィィン!
「なっ……読まれていたの!?」
驚愕する紫苑女子ペア。さらに、神谷さんが体勢を崩してストレートへ上げた逃げのロブを、事前に読んでバックステップを踏んでいた莉奈が完璧なタイミングで捉え、コート中央へスマッシュを叩き落とした!
「ゲーム、星和学院! 2-2! イーブン!」
「すごい……! 奈緒の観察眼が完全に紫苑女子のダブルスを解体してる……!」
観戦していた私や1年生たちから、大きな歓声が上がる。一度相手のパターンを掴んでしまえば、奈緒の分析力と莉奈の瞬発力が見事に噛み合い、相手に一切のつけ入る隙を与えない。
「ゲームアンドセット! 6-3! ウォンバイ星和学院・田中・星野ペア!」
見事な逆転劇で初戦を突破した二人に、コート周辺から大きな拍手が送られた。
「やったね、奈緒、莉奈! すごい反撃だったよ!」
コートから上がってきた二人に駆け寄ると、奈緒がフッと胸を張って不敵に笑った。
「ふふん、最初はヒヤヒヤさせたかもしれないけど、相手のクセさえ分析しちゃえばこっちのものだからね! 観察眼と冬の特訓の成果、バッチリ発揮できたよ!」
「奈緒の指示が完璧だったから、私は思い切って動けたよ。ありがとう、奈緒!」
二人が笑顔でハイタッチを交わす。相手を冷静に見極めて突破口を開く奈緒と、それを信じて最高のパフォーマンスで応える莉奈。二人の信頼関係と成長が詰まった、本当に素晴らしい試合だった。
「みゆ、そっちはそろそろくじ引きの組み合わせ出たんじゃない?」
莉奈に促されて本部前を振り返ると、掲示板の前に大勢の部員が集まり始めていた。
「あ、本当だ! 張り出されたみたい! 二人ともナイスゲームだったよ、行ってくるね!」
私は二人に手を振り、ワクワクと高鳴る胸を押さえながら、自分の名前が書かれたランダムマッチの対戦表へと駆け出していったのだった。




