決戦の朝と、高揚の足音
二週間後の土曜日。懸念されていた天気は見事な秋晴れとなり、雲ひとつない澄み渡った青空が広がっていた。冬の風は冷たいものの、日差しにはかすかな温もりがあり、絶好のテニス日和だ。
いつもより一時間以上早く家を出た私は、静まり返った早朝の街を駆け抜け、冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら星和学院の校門をくぐった。誰もいないコートで静かに集中を高めようと考えていたのだが、すでにテニスコートへ向かう通路には先客の人影があった。
「美咲! 早いね!」
「あ、みゆ! おはよう。やっぱりじっとしていられなくて……一時間も早く着いちゃった」
ラケットバッグをベンチに下ろした美咲が、白い息を吐きながら照れくさそうに微笑む。美咲の足元を見ると、コートのネットはすでに高く張り直され、ブラシがきれいにかけられたクレーの表面が朝日に照らされてオレンジ色に輝いていた。きっと私よりもさらに前に来て、準備を始めていたのだろう。
「美咲ったら、一人でコート整備までやってたの? 一言言ってくれれば一緒に来たのに!」
「ううん、体を温めるのにちょうどよかったよ。……それにしても、ついに今日だね」
美咲がコートの向こうを見つめながら呟く。その表情には、部長としての責任感と、強豪校を迎えて戦うプレイヤーとしての高揚感が入り混じっていた。
しばらくすると、賑やかな足音とともに男子テニス部部長の佐藤健二くんと陽太の二人がやってきた。
「おはよう、松本、水瀬! 男子コートの鍵開けに来たぞ」
「健二くん、陽太くん、おはよう! 先週、教室で頼んでおいた通り、鍵の手配ありがとうね」
「おう、任せとけって! 美咲から連絡を受け取った時から、今日の男子コート開放は準備してあったからな。今日は女子のビッグイベントだし、俺たちも設営手伝うぜ!」
佐藤くんが金属音を立てて鍵をシャラリと鳴らし、頼もしく胸をたたいた。隣に立つ陽太も「中等部で全コート開放なんてめったにないからな! 俺も腕が鳴るぜ」と元気に腕をまくっている。
「ふたりとも本当に助かる! じゃあ、本部にパイプ椅子や長机を並べるの、一緒にやってくれる?」
「おう、任せてくれ! 陽太、机運ぶぞ!」
「おうよ!」
健二くんと陽太が快く男子コートの解錠に向かい、重いフェンスの扉が開け放たれる。続いて集まってきた女子部員たちも加わり、コート設営や受付の準備が手際よく進められていった。本部席の設営、得点板の確認、ドリンク用のクーラーボックスの配置──テニス部全体が一つになって動いていく。部員たちの表情にはどこかソワソワとした高揚感と、引き締まった心地よい緊張感が漂っていた。
「みゆ、奈緒たちのダブルスコートのネット高もチェックしておいてくれる?」
「了解! すぐ見てくるね!」
各コートの最終確認を終え、いよいよ受け入れ態勢が完璧に整った午前八時過ぎ。校門の方から、大勢の足音と威勢の良い声が響いてきた。
「来たよ、みゆ! 修徳館と紫苑女子よ!」
美咲の声に誘われて私たちが校門前のアプローチへ向かうと、威風堂々としたお揃いのジャージに身を包んだ二つの集団が、整然と足並みを揃えて歩いてくるところだった。
「星和学院のみなさん、おはようございます! 本日はよろしくお願いいたします!」
先頭で一際ハキハキとした声をかけてくれたのは、修徳館の部長・奥村絵里さんだ。前回の大会で見せた圧倒的なパワーと存在感はそのままに、爽やかで親しみやすい笑顔で手を振ってくれる。後ろに続く修徳館の部員たちも、力強い目つきで星和のコートを見回していた。
そしてその隣には、紫苑女子の部長・井尻舞さんが静かな佇まいで立っていた。どこか気品を感じさせる佇まいだが、その洗練された鋭い眼光からは、数々の強豪を翻弄してきた変幻自在のダブルス総帥としてのオーラがひしひしと伝わってくる。
「奥村さん、井尻さん! ようこそ星和学院へ! こちらこそ、今日は遠くからお越しいただきありがとうございます!」
美咲がしっかりと二人の手と順番に固い握手を交わす。私も隣で深々と一礼し、二人としっかりと視線を合わせた。
「全国準優勝の星和さんと、全コート貸し切りで一日中打ち合えるなんて最高に楽しみです! 松本さん、水瀬さん、今日は容赦なくぶつからせてもらいますね!」
奥村さんが豪快に笑いながら拳を握りしめると、井尻さんもふっと柔らかい、けれどどこか挑戦的な笑みを浮かべた。
「うちのダブルス陣も、星和さんの誇る固い守りと高い展開力をどう崩すか、一週間前からずっと対策を練ってきましたの。お互いにとって、これ以上ない最高の経験にしましょうね」
「はい! 私たちもこの日をずっと楽しみにしていました!」
私が答えると、後ろに控えていた奈緒や莉奈たちも「よろしくお願いします!」と元気に頭を下げた。コートのあちこちで、後輩たちや部員同士が挨拶を交わし、視線をぶつけ合っている。
修徳館の押し潰すような圧巻のパワーテニス。
紫苑女子の緻密な戦術と変幻自在なダブルスワーク。
そして、冬の厳しい稽古を越えて一回りも二回りも力を蓄えた、私たち星和学院──。
三つの異なる強烈な個性が今、この星和のコートに集結したのだ。
「よし……それじゃあ全員集合して開会式を始めて、さっそく第1試合に入ろう!」
美咲の力強く通る一言が冬の空に響き渡る。
三校の誇りと情熱が交錯する熱い一日が、今、静かに幕を開けようとしていた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
29節は短いですがここで区切ります。
次回は【第30章:三校激突! 合同交流戦】へと進みます。




