華やぐ朝と、温もりの献立
寒さが一段と厳しさを増した、晴れやかな冬の朝。
今日は、雫お姉ちゃんの成人の日だ。
家の中は早朝からどこかソワソワとした心地よい緊張感に包まれていた。おねえちゃんはテニスこそやっていないけれど、私や湊兄さんの毎日のハードな練習や試合を誰よりも近くで支えてくれていて、栄養管理や料理の知見もプロ顔負けの頼れるお姉ちゃんだ。そんな姉さんが艶やかな振り袖に身を包む特別な日──。
「みゆ、後ろの帯の形、崩れてないかしら? 少し見てくれる?」
「ううん、すごく綺麗だよ! 髪飾りともバッチリ合ってる!」
私は着付けの邪魔にならないよう気をつけながら、鏡の前に立つお姉ちゃんの身の回りの手伝いをしていた。普段から料理やストレッチ、コンディショニングのコツを厳しくもしっかり叩き込まれてきた私だけど、今日ばかりは『お姉ちゃんを着飾るお手伝い』ができるのが嬉しくて、自然と笑みがこぼれてしまう。
着付けとヘアメイクがすべて整い、姿見の前に立った雫姉さん。
深い紺地に鮮やかな華が描かれた着物は、大人びた雫姉さんの佇まいに完璧に映えていて、思わず息をのむほど美しかった。
「……お待たせ。どうかしら、湊?」
階段を下りてきたお姉ちゃんが声をかけると、リビングで待っていた湊兄さんがふと振り返った。
普段は冷静で感情をあまり表に出さない湊兄さんだけど、その瞬間ばかりは目を見張り、完全に言葉を失って美人に仕上がった姉に見惚れていた。
「……すごく綺麗だ、姉さん。本当に……大人の女性になったんだな」
「ふふ、なに言ってるの。もう二十歳なんだから当たり前じゃない」
少し照れくさそうに微笑むお姉ちゃんだったけれど、湊兄さんの素直な言葉が嬉しかったのか、その瞳は優しく輝いていた。しとやかで華麗な一人の女性としての美しさがそこにはあった。
「それじゃあ、式典に行ってくるわね。……みゆ、湊。お昼の用意、頼んでもいいかしら? 式が終わったら同級生たちと集まりがあるから、私はお昼過ぎには一度出てしまうけれど」
「うん、任せてお姉ちゃん! 美味しいお昼を作って待ってるね!」
「気を付けて行ってきてくれ」
家族みんなで玄関まで送り出し、華やかな振り袖姿のお姉ちゃんが晴れやかに手を振って出かけていくのを見送った。
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静かになったリビングに戻り、私はエプロンを手に取りながら湊兄さんに声をかけた。
「さて! お姉ちゃんが戻ってくる前にお昼の準備をしなくっちゃ。兄さん、何か食べたいものある?」
湊兄さんはソファから立ち上がり、自分の腕を軽く回しながら答えた。
「そうだな……午後からもトレーニングをするつもりだから、しっかりスタミナがつくものなら何でも嬉しいぞ。みゆの作る飯なら間違いなくうまいしな」
「任せて! 元気の出る美味しいもの考えるね!」
普段からお姉ちゃんにみっちり鍛えられてきたおかげで、今の私の料理の腕前は以前とは比べものにならないほど上がっている。アスリートとしての身体作りはもちろん、疲れた身体にしっかりと栄養が届き、食べた瞬間に元気が湧いてくるような献立──。
(スタミナがついて、身体が温まって、成人式から帰ってきたお姉ちゃんも喜んでくれるメニュー……よし!)
頭の中でメニューを確定させ、必要な食材をメモに書き留める。
「兄さん、ちょっと近所のスーパーまで買い出しに行ってくるね!」
「気をつけてな。重いものがあったら持って帰るから言ってくれよ」
「ふふ、大丈夫! すぐ戻るね!」
寒風が吹く外へ一歩踏み出しながら、私はどんな料理で二人を驚かせようかと胸を躍らせ、買い出しに向かって元気に走り出したのだった。
◇
スーパーから帰ってきた私は、手早く手洗いとうがいを済ませてキッチンに立った。
今日のお昼のために選んだメニューは、豚肉とたっぷりのニンニクの芽、甘みの増した冬キャベツを特製の甘辛味噌で香ばしく炒める『特製スタミナ回鍋肉』。それと、ショウガを利かせて身体の芯から温まる『具だくさんのフカヒレスープ風かき玉汁』だ。
(お姉ちゃんに教えてもらった通り、豚肉のビタミンB1で疲労回復、ニンニクのアリシンで吸収率アップ! 野菜の水分でべちゃっとしないように、しっかり強火で手早く……!)
フライパンから立ち上るニンニクと香ばしい味噌の香りが、家中に広がっていく。トントンとテンポよく包丁を刻む音、ジュウッと力強く食材を炒める音。かつては包丁の握り方すらぎこちなかった私が、今では迷いなく手際よく調理を進めていく。
「いい匂いだな……みゆ、手伝うことはあるか?」
香りに誘われるようにキッチンへ顔を出した湊兄さんが、感心したように目を細めた。
「大丈夫だよ! もうすぐ出来上がるから、お皿を出しておいてくれる?」
「了解だ。手際、本当に良くなったな。昔の段取りとは大違いだ」
「ふふっ、お姉ちゃんにスパルタで鍛えられたからね!」
ちょうどご飯が炊きあがり、大きな皿に盛り付けを終えたそのとき、玄関のドアが開く音が響いた。
「ただいまー! ふぅ、式典無事に終わったわよ」
「お姉ちゃん、お帰りなさい!」
リビングに入ってきたお姉ちゃんは、少し首元をゆるめつつも満足そうな表情を浮かべていた。そしてテーブルの上に並べられた料理を見るなり、パッと目を輝かせた。
「あら……! すごく良い匂いね! みゆ、これ全部作ったの?」
「うん! 湊兄さんが『スタミナがつくもの』ってリクエストしてくれたから、回鍋肉とショウガたっぷりのスープにしたよ。お姉ちゃんも式典で疲れたでしょ? たんと召し上がれ!」
三人で食卓を囲み、手を合わせて「いただきます!」の声を揃える。
湊兄さんがさっそく回鍋肉をご飯の上に乗せて一口パクリと頬張ると、目を見開いて頷いた。
「うまい……! 肉のジューシーさとシャキシャキのキャベツに、タレがしっかり絡んでる。ご飯がいくらでも進むな」
「本当ね! 味付けの濃さが絶妙で、しつこくないのにしっかりコクがあるわ。みゆ、火の通し方も完璧じゃない。私から教えること、もう何もないかもしれないわね」
「えへへ……お姉ちゃんにそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ!」
二人のおいしそうな笑顔と褒め言葉に、私の胸は誇らしさと温かさでいっぱいになった。テニスで結果を出すための体作りも、家族の健康を守るための献立も、全部このキッチンでお姉ちゃんから教わった大切な財産だ。
「午後からの同級生との集まりで、みゆが作ったご飯自慢してこようかしら。いい土産話ができたわ。ありがとね、みゆ」
「さすがに恥ずかしいよ! いってらっしゃい、お姉ちゃん!」
おいしい笑顔と温かい会話が交わされる食卓。
成人の日という特別な朝を越えて、我が家の絆と私の成長は、コートの外でも確かに育まれていた。




