研ぎ澄まされる刃と、静かな始動
「……よし、基本のスイッチは噛み合ってきた。次は変形陣形を試してみるぞ」
手応えを得た湊兄さんと蓮さんは、勢いそのままにさらなる戦術の調整へと入った。
サーブ側と前衛がコートの片側に縦一列に並ぶ『オーストラリアン・フォーメーション』をはじめ、Iフォーメーションなどの変則的な陣形を一通り実践していく。二人の高い身体能力と正確なコントロールに、独特の陣形による圧迫感が加わり、リターン側のコースが極限まで制限されていった。
「うわっ、どっちに打っても張られてる感じがする……! 陽太、センター抜けそう?」
「無理無理! 蓮さんが中央の網を完璧に張ってる! ……くそっ、そこだ!」
陽太が鋭いストレートを突くも、前衛の蓮さんが微動だにせずボレーでシャットアウト。後衛の湊兄さんも変形陣形からのカバーリングを完璧にこなし、先ほどまで優勢だった私と陽太の連携は見事に崩されていった。
「ふぅ……! 陣形が形になると、これほどリターンに圧力をかけられるんだな」
「ああ、素晴らしい威圧感だったぞ、湊。唯とみゆのアドバイスのおかげで、動きに迷いがなくなった」
汗を拭いながら満足そうに頷き合うふたり。ダブルスの戦術構築に十分な区切りがついたところで、練習はシングルスのメニューへと移行した。
「よし、じゃあ次はシングルスで個々の感覚を戻していこうか」
ラケットを持ち直してそう提案した湊兄さんの言葉を受けて、私はベンチの近くに立つ唯先輩へ向き直った。
「あ、唯先輩! もしよかったら少し体を動かしませんか?」
私が声をかけると、唯先輩はパッと表情を明るくした。
「えっ、私!? いいの? マネージャーになってからすっかり打つ機会が減っちゃってたから、すごく嬉しい!」
ベンチから自分のラケットを取り出した唯先輩とコートを挟んで向き合う。去年まで中等部女子テニス部で頼れる先輩だった唯先輩のフォームは、ブランクを感じさせないほど綺麗でしなやかだ。
「いくよ、みゆ!」
「はい、よろしくお願いします!」
ポン、と心地よい打球音が河川敷に響く。唯先輩の素直でコントロールの効いたショットを受け止めながら、私も波紋の回転を調整して丁寧なラリーを返していく。
「ふふ、やっぱりみゆのショットは伸びが凄いわね。マネージャーとして二人を支えるのも楽しいけど、こうしてコートでボールを追いかけるのもやっぱり好きだな」
「唯先輩の打球、すごく優しくて打ちやすいです! いつでも一緒に打ち合いましょう」
コート脇でその様子を見守っていた蓮さんが、どこか愛おしそうな眼差しで唯先輩の姿を目で追っている。
「……良い表情で打ってるな」
「そうだな、 蓮、唯をコートに誘って大正解のようだな」
湊兄さんに肘で突かれ、蓮さんは少し照れくさそうに口元を緩めたのだった。
──1月4日の熱気あふれる初打ちは、こうして大盛況のうちに幕を閉じた。
その後も残りの冬休み期間中、私たちは連日のように河川敷のコートに集まり、それぞれの課題に向き合いながら汗を流した。寒風を吹き飛ばすような練習の日々はあっという間に過ぎ去り、いよいよ新学期の足音がすぐそこまで近づいてきていた。




