新たな年と、河川敷の決意
お正月休みはあっという間に過ぎていった。
1月2日。私たちは朝から神崎の悟おじいちゃんと政子おばあちゃんの家へ新年のご挨拶に向かい、元気な顔を見せて温かいお料理をごちそうになった。その後は薫子おばあちゃんが入院している病院へお見舞いに行き、車椅子越しではあったけれど、年賀状のお礼と「今年もテニス頑張るね」という誓いを直接伝えることができた。薫子おばあちゃんは優しく微笑みながら、私の手をぎゅっと握り返してくれたのだった。
1月3日。明日からの練習再開に備えて、私と湊兄さんは冬休みの宿題を怒涛の勢いで全て片付けた。陽太と蓮にも「明日4日から河川敷コートで練習再開ね!」と連絡を回し、準備は万全だ。
──そして、1月4日。新年最初の練習日。
澄み切った冬空の下、いつもの河川敷コートに足を運ぶと、そこにはすでに陽太と蓮さんの姿があった。けれど、今日はいつもと少し様子が違う。蓮のすぐ隣に、どこかそわそわとした様子の鈴木唯先輩が並んで立っていたのだ。
「あ、みゆ! 湊さん! 遅いぞー!」
「おはよう、陽太、蓮さん……って、唯先輩!?」
唯先輩は高等部男子テニス部のマネージャーを務めているけれど、去年までは中等部女子テニス部に所属していて、私にとっては今でもすごく頼りになる先輩だ。
驚いて目を丸くする私と湊兄さんの前に、蓮さんが一歩前に出て、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「おはよう、二人とも。……急で驚かせちゃって悪いな。実は俺、唯と付き合うことになったんだ」
「ええっ!?」
「今日は唯が『みんなの練習を見たい』って言うから、一緒に連れてきたんだ」
蓮さんの隣で、唯先輩は顔を真っ赤にしながら「お、邪魔じゃなければ……応援させてもらいたくて……!」と小さく頭を下げた。
私と湊兄さん、そして陽太の3人は、一瞬顔を見合わせた後、パッと表情を輝かせた。ずっと蓮さんのことを一途に想い続けていた唯先輩の気持ちを知っていたからこそ、胸の奥から溢れ出るような嬉しさがこみ上げてくる。
「うわあぁぁ! 唯先輩、蓮さん! おめでとうございますっ!!」
「おめでとう、蓮さん! 唯先輩、大歓迎ですよ!」
私と陽太が大はしゃぎで祝福すると、同級生である湊兄さんも口元に温かい笑みを浮かべ、蓮さんの肩をぽんと力強く叩いた。
「蓮……やっと気づいてやったのか。俺たちの大事なマネージャーを泣かせたら承知しないからな。しっかり大切にしろよ」
「……ああ、分かってるよ。ありがとな、湊」
湊兄さんのぶっきらぼうながらも温かいエールに、蓮さんはまっすぐな眼差しで力強く頷いた。新年初日の河川敷コートに、幸せで賑やかな笑い声が響き渡るのだった。
「よし、おめでたい話の後はさっそく体を動かすぞ! 年末に話し合った、俺と蓮のダブルスの新フォーメーションの確認だ!」
湊兄さんの掛け声で、新年初の練習が本格的にスタートした。
コート脇では、唯先輩がノートとストップウォッチを手に、ベンチに腰掛けている。マネージャーとしての真剣な眼差しでコートを見つめつつも、時折り蓮さんの背中に熱い視線を送っているのが微笑ましい。
「ふふ、やっぱりみんなが真剣に打ち合う姿って格好いいな……。フォーメーションの位置取りも、ノートにしっかり記録しておかないと」
唯先輩が見守る中、コート上では【湊・蓮ペア】vs【みゆ・陽太ペア】の変則ダブルスマッチが始まった。
湊兄さんと蓮さんが目指すのは、それぞれの高い個人の打力を活かしつつ、互いの死角を埋め合う動的なフォーメーションだ。けれど──理論と実践はそう簡単には噛み合わない。
「蓮、右カバー頼む! 俺が前に出る!」
「いや、湊! そこはチェンジだ、俺が後ろに下がる──くっ!?」
前衛と後衛の入れ替えのタイミングが一瞬重なり、中央にぽっかりと隙間が生まれる。その一瞬の隙を、陽太は見逃さなかった。
「もらったー! そこだっ!」
野性的な勘──陽太の『超感覚』がコート上の隙間を即座に捉え、鋭いノータッチアングルショットが湊兄さんと蓮さんの足を一歩も動かさせずにサイドラインぎりぎりに突き刺さる。
「くそっ、今のは俺の判断が遅かった……!」
「いや、俺が強引に前に出すぎた。すまん」
悔しそうに歯噛みする二人。だが、苦戦はそれだけにとどまらない。
「兄さん、コースが甘いよ!──そこっ!」
後衛の湊兄さんが繰り出した威力の高いドライブに対し、私はインパクトの瞬間に『波紋』の回転を上乗せして押し返す。威力を倍増させて弾き返したショットは、フォーメーションが整いきっていない二人のラケットを弾き飛ばし、コート深くに突き刺さった。
「うおっと!? なんだあの重さ……みゆの奴、正月早々『波紋』のキレが増してやがるな」
「二人とも、まだお互いの動きを意識しすぎて呼吸がズレている。個々の力は高いのに、ダブルスとしての相乗効果が出ていないってところか」
陽太の直感的な配球と、私の『波紋』による威力倍増。二人の個人の強さが噛み合わない隙を突かれ、連勝を重ねてきたはずの湊兄さんと蓮が、完全に押され気味になっていた。
「ふぅ……参ったな。個人の力で強引に押し切ろうとすると、みゆの波紋と陽太の超感覚に上手く流されて自滅する」
膝に手をつき、肩で息を吐く湊兄さん。蓮さんも悔しそうにガットを整えながら眉をひそめていた。二人のコートチェンジのタイミングに合わせて、唯先輩が冷えたドリンクを差し出しながら声をかける。
「二人とも、お疲れ様。……あのね、ちょっと気になったんだけど、アドバイスしてもいいかな?」
「唯……? ああ、頼む。マネージャー視点でも、元ダブルスプレイヤーの視点でもいい、気づいたことを教えてくれ」
「うん。二人ともお互いの動きをしっかり見ようとしすぎて、逆に判断が半歩遅れてる気がするの。ダブルスって『相手を見る』んじゃなくて、『相棒の打球音と立ち位置で次の選択を信じ切る』方がスムーズに動けるよ。私も昔ダブルスを組んでいた時、ペアを信頼して視線を前線に固定するようになってから隙がなくなったんだ」
「相棒を信じて、視線を切る……か」
唯先輩の的確な指摘に、蓮さんがハッとしたように目を丸くする。私もラケットを片手にベンチへ近づき、二人に自分の感覚を伝えた。
「唯先輩の言う通りだと思います! 兄さんと蓮さんは個人の範囲が広いから、お互いをカバーしようとしすぎて重なっちゃってるの。兄さんが前に出たら、蓮さんは後ろを『任せた』って割り切って自分のコースだけに集中した方が、私の波紋もコースを絞りにくくて嫌だな」
「なるほどな……。俺たちは互いの穴を補おうとするあまり、逆に自分たちのコートを狭くしていたのか」
湊兄さんと蓮さんは顔を見合わせ、ニッと不敵な笑みを交わした。
「よし、もう一回だ! 蓮、今度は迷わず突っ走れ。背後は俺が絶対に拾う」
「ああ、任せたぞ湊!」
再開されたコート上。二人の動きは劇的に変わった。
「そこだっ!」
蓮さんが唯先輩のアドバイス通り、後ろの湊兄さんを完全に信頼して前線へ踏み込む。私が放った威力を増した『波紋』のショットに対し、湊兄さんがギリギリで追いついて深いロブで時間を稼ぐと、前に詰めていた蓮さんが迷いなく跳躍した。
「もらった──叩き込む!」
無駄な立ち位置の重複が消え、噛み合った二人の連動。蓮さんの放った強烈なスマッシュが、陽太の差しのばしたラケットを弾いてコートに突き刺さる。
「うわああっ!? 完全に入れ替わりの隙が無くなったぞ……!」
「すごい……! 唯先輩のアドバイスひとつで、こんなに攻撃のテンポが変わるなんて!」
コート脇で嬉しそうにノートにペンを走らせる唯先輩と、自信を取り戻した眼差しでハイタッチを交わす湊兄さんと蓮さん。新年初日の河川敷コートは、課題を乗り越えた達成感と熱気で満ちあふれていくのだった。




