絶対女王の影と、壁を越える道筋
「……あ、この記事の下に動画リンクが載ってる。鳳仙さんのハイライト集みたい」
私が画面のリンクをタップすると、動画プレイヤーが起動し、軽快なBGMとともに鳳仙雅さんの試合ダイジェストが流れ始めた。
『コートの支配者、鳳仙雅! 驚異のコートカバーリングから繰り出されるフラットドライブが、今日も相手を圧倒していきます!』
実況の熱い声とともに、画面の中で鳳仙さんが弾丸のようなスピードでコートを駆け抜ける。ギリギリのコースに叩き込まれた相手のヘビーショットを、寸分の狂いもないフォームで完璧に打ち返し、逆サイドの極限のコースへと沈めていく。
「な、なんだよこれ……。どこに打っても拾われるじゃん……」
大福を口にくわえたままの陽太が、画面に釘付けになって絶句している。
「相手の弾道を完全に読み切っているわね。隙がないどころか、甘いボールを上げたら即座に決められてしまうわ」
お姉ちゃんも感心したように息を吐いた。動画が進むにつれ、相手選手が追い詰められ、焦りからミスを重ねていく様子が鮮明に映し出される。力強いサーブ、寸分の狂いもないリターン、そして圧倒的なスタミナ。どこを見ても穴らしい穴が見当たらない。
(やっぱり、鳳仙さんはすごい……。中学時代から次元が違ったけど、プロになってさらに磨きがかかってる。こんなの、どうやって攻略すればいいんだろう……)
動画を見つめるにつれて、胸の中の熱意と同時に、底知れない壁の高さに対する圧迫感が押し寄せてくる。
そんな私たちの反応を見て、隣で画面をじっと観察していた湊兄さんが、ふっと口元を緩めて声をかけてきた。
「まあ待てよ。確かに凄いプレーだけど、これはあくまで『ハイライト動画』だからな。いいところだけを切り取って編集してるんだから、完璧に見えて当然だろ」
「え……? でも、プロ相手にここまでのプレーができるんだよ?」
「そりゃあ鳳仙雅の実力が本物なのは間違いない。だけどな、プロの世界はそんなに甘くない。ほら、その動画の関連欄を見てみろよ。『新人の勢いを止めた猛者たち』ってタイトルの動画もあるだろ?」
湊兄さんが指さした関連動画リストには、鳳仙さんが敗れた数少ない試合──敗戦から分析されたプロのベテラン勢の戦術を特集した動画が並んでいた。
「それに、鳳仙さんは俺たちと同じ16歳だ。高校へ進学する道を選ばずに、そのままプロの世界へ飛び込んだ度胸もプレッシャーも並じゃない。だが、プロの百戦錬磨のベテラン勢相手には、勝率100%ってわけじゃないんだ」
湊兄さんがそう言って関連動画をタップすると、鳳仙さんが黒星を喫した数少ない試合の分析映像が流れ始めた。
「ほら、見てみろ。鳳仙に土をつけた選手たちの戦い方だ。特にみゆ、お前が目指すのはこういうスタイルの選手だな」
画面には、圧倒的なパワーや体格に頼るのではなく、緻密な配球と粘り強いフットワークで相手を崩していく小柄な女性選手が映し出された。
「この人は……?」
「ツアー通算8勝のベテラン、一ノ瀬瑞樹選手(24歳)だ。鳳仙はパワフルなショットと安定したバランスを兼ね備えた万能型だけど、その力強い攻撃を組み立てる『足掛かり』は、緻密なテクニックとコース取りなんだよ。一ノ瀬選手はそこに着目して、スライスやロブを巧みに混ぜてラリーのテンポを外し、鳳仙が得意な技を展開する隙を潰してるんだ」
映像の中で一ノ瀬選手は、鳳仙さんの力強いショットに対してスピードを殺した浅いスライスを返し、鳳仙さんをネット際へ引きずり出していた。コート全体を立体的に使い、相手の起点を崩すことで、力強い攻撃の芽を事前に摘んでいる。
「すごい……! 力で正面突破するんじゃなくて、テクニックで作られる展開の起点を先に壊してるんだ……」
「そうだ。もう一人、この神楽坂涼香選手(21歳)も参考になるぞ。彼女は、コートの奥深くに精度重視のコントロールショットを集めて、相手の狙いすました技の起点を封じ込めるスタイルだ」
湊兄さんが指さした画面の中では、神楽坂選手がラインぎりぎりにコントロールされたショットを正確に打ち続け、鳳仙さんに思い通りの形を作らせない徹底した配球を見せていた。
「強力なパワーとバランス力を兼ね備えた絶対女王相手でも、その崩しの組み立てとなるテクニック部分を狂わせれば勝機はある。チェンジ・オブ・ペースと精度で相手をハメていく戦い方は、みゆの持ち味を伸ばしていけば必ず武器になるはずだ」
「兄さん……」
ただ圧倒されるだけだった鳳仙さんという巨大な壁。けれど、湊兄さんが示してくれた具体的なロードマップと選手たちの戦い方を見て、私の中でぼやけていた「強くなるための道筋」が、くっきりと形を結び始めていた。
「……私の『波紋』を応用できれば、こういうゲームメイクができるのかな」
動画の中で華麗にコースを突き、相手のリズムを狂わせるトッププロたちの姿を見つめながら、私は自分の掌をそっと握りしめた。
波紋のような打球感覚──インパクトの瞬間に回転と威力を制御し、コート上に変化を起こす効能性のある技術。それを単なる一打のカウンターとしてではなく、相手の技術の起点を潰し、配球全体のテンポを崩すための「足掛かり」として昇華させることができるかどうかが、これからの大きな課題だ。
「ああ、十分応用できるさ。みゆの波紋の精度が上がれば、相手は自分が打ちたいコースや打点を微妙に狂わされることになる。鳳仙みたいな怪物相手でも、確実に隙を作れるようになるはずだ」
湊兄さんは力強く頷き、私の頭をポンと撫でてくれた。
「ふふ、頼もしいわね。でも──テニスの熱い議論はひとまずここまで! 今日はお正月なんだから、少しは頭と体を休めないとダメよ?」
お姉ちゃんがクスクスと笑いながら、焼き立ての大福と温かい緑茶をコタツの上に並べてくれた。香ばしいお餅とお茶の香りがリビングいっぱいに広がる。
「そうだぜ! みゆ、せっかく僕がお土産で買ってきた大福が冷めちゃうぞ。ほら、食べようぜ!」
「あはは、ごめんごめん! いただきます!」
大福を一口頬張ると、柔らかいお餅と程よい甘さの餡が口の中に広がり、思わず頬が緩んでしまう。
「う〜ん、おいしい! 陽太、ありがとう!」
「へへっ、だろ? 神社のお茶屋さんの名物なんだよ」
「みゆ、口の端にあんこがついてるぞ」
「えっ、嘘!? 兄さん取って……って、自分で拭くからからかわないでよー!」
「ふふっ、本当に賑やかなお正月になりましたわね」
窓の外では、静かに降り積もった雪が冬の陽光を浴びてキラキラと輝いている。
コタツの温もりに包まれながら、大好きな家族と気置けない友達と笑い合う時間。
これから立ち向かうべき高い壁や過酷な練習も、この温かい場所と仲間たちがいるからこそ全力で挑むことができる。私は心の中で密かに新年の誓いを立てながら、幸せな正月のひとときを胸いっぱいに噛みしめるのだった。




