目覚めの混乱と、お姉ちゃんの種明かし
「……どうしたの、みゆ? 朝からそんなに大騒ぎして」
布団の中で頭を抱えてパニックになっていた私の耳に、カチャリとドアが開く音とともに、聞き覚えのある落ち着いた声が飛び込んできた。
慌てて布団の隙間から顔を覗かせると、そこにはホテルの備え付けのガウンを羽織り、温かいお茶の入った紙コップを手にした雫姉さんが立っていた。
「お、お姉ちゃん……!? ここ、どこ……? なんで私、下着姿なの……!?」
顔を真っ赤にしたまま布団をギュッと締め直す私を見て、お姉ちゃんは一瞬だけ目を丸くし、それから「ふふっ」とおかしそうに笑った。
「ああ、そういうこと。変な心配させちゃったわね。ここは神社のすぐ近くにあるビジネスホテルよ。昨夜はみゆが倒れちゃった上に雪が本格的に降り始めて、タクシーも捕まらなかったの。だから急遽ここに一泊することにしたのよ」
「そ、そうだったんだ……。でも、この格好は……!」
「着物のまま寝かせたら帯で息苦しいし、昔私が着ていて、今回みゆに譲ったあの大切なお下がりの振袖がシワシワになっちゃうでしょ? だから私が脱がせてハンガーに掛けておいたの。湊には部屋の外で待っててもらったから、安心していいわよ」
「~っ! お姉ちゃんだったんだ……びっくりしたぁ……」
脱がせてくれたのが雫姉さんだと分かり、私は一気に脱力してベッドの上にへたり込んだ。安堵と恥ずかしさが混ざり合って、顔の熱が一向に引いてくれない。
「まったく、あれほど一気に飲むなと言ったのに。甘酒とはいえ酒粕が入っていたんだから、体質によってはかなり酔いが回るのよ。自分のお酒の強さも分からないのに無茶するんだから」
「うぐ……ごめんなさい……」
「でもまあ、無事でよかったわ。少し頭痛はしない? 温かいお水とお茶を持ってきたから、ゆっくり飲みなさい」
お姉ちゃんは呆れつつも優しく微笑み、紙コップをベッド脇のテーブルに置いてくれた。
「ありがとう、お姉ちゃん……。ところで、兄さんは?」
「湊なら、一足先にロビーで朝食の案内を聞きに行ってくれてるわ。服を着替えたら、私達も合流しましょうか」
雫姉さんから差し出された温かいお茶を飲むと、少し重かった頭がすーっと軽くなっていくのが分かった。
「はぁ……生き返る。お姉ちゃん、洋服持ってきてくれてたの?」
「ええ、初詣に出かける前に、万が一の泊まりや着替えが必要になった時のためにって、湊が予備の普段着をバッグに詰めて持ってきてくれていたのよ」
「えっ、兄さんが……? さすが兄さん、準備が良すぎるよ……」
湊兄さんの気が利きすぎるファインプレーに感謝しつつ、私はお姉ちゃんに手伝ってもらいながら、持参していたニットとデニムに着替えた。着付けの時とは違ってあっという間に着替えが終わり、ハンガーに掛かった振袖に目をやる。
「お姉ちゃん、この着物……本当に綺麗な色だよね。お姉ちゃんのお下がりを着られて、すごく嬉しかったんだ」
「ふふ、そう言ってもらえると受け継いだ甲斐があるわ。みゆが着ると、私が着ていた頃よりもずっと華やかで見映えがするわね」
お姉ちゃんは少し目を細め、どこか懐かしそうに振袖の袖口を優しく撫でた。
「さあ、着替えも済んだし、湊を待たせているロビーへ行きましょうか。昨夜はみゆをここまでおんぶして運んでくれたんだから、ちゃんとお礼を言わないとね」
「えっ……兄さんがおんぶしてくれたの!?」
酔いつぶれた私を、雪の降る中でホテルまで運んでくれたのが湊兄さんだと知り、私の顔は再び熟したトマトのように赤くなった。
「そうよ。途中で何度も『みゆ、大丈夫か?』って心配しながら、転ばないようにすごく慎重に歩いてくれたんだから」
「うわぁぁ……恥ずかしすぎる……! 兄さんに顔向けできないよ……」
頭を抱えて縮こまる私を見て、お姉ちゃんはくすくすとおかしそうに笑いながら、部屋のドアノブに手をかけたのだった。
◇
エレベーターで1階に下りると、ロビーのソファに座ってスマホを眺めていた湊兄さんが、私たちの姿に気づいて立ち上がった。窓の外を見ると、昨夜降っていた雪が街全体をうっすらと白く染め上げている。
「みゆ。やっと起きたか。気分はどうだ? 頭痛かったりしないか?」
開口一番、私の体を気遣ってくれる兄さんの言葉を聞いた瞬間、昨夜おんぶされた記憶(覚えてないけれど)と恥ずかしさが一気にこみ上げてきた。私は思わず雫姉さんの背中にサッと隠れてしまう。
「あ、う……うん! 全然平気! 兄さん……昨日は、その……おんぶしてここまで運んでくれたんだよね? 本当にごめんなさい……!」
お姉ちゃんの肩越しに小さくなって頭を下げると、兄さんは一瞬驚いたように目を丸くし、それから苦笑いしながら頭を掻いた。
「なんだ、そんなこと気にしてたのかよ。お前一人運ぶくらい大したことないし、雪のなか振袖のまま歩かせるわけにもいかなかっただろ。無事ならそれでいいさ」
「湊、みゆったら自分が下着姿で寝かされてたから、最初は湊に何かされたんじゃないかってパニックになってたのよ?」
「はあ!? ちょ、ちょっと待てよ姉さん! 俺は部屋の外でずっと待ってただけだぞ!? 濡れた着物を脱がせたのは姉さんだし、変な濡れ衣着せないでくれよ!」
お姉ちゃんのからかうような言葉に、今度は湊兄さんが顔を真っ赤にして本気で慌てふためいている。その必死な弁解がおかしくて、私の恥ずかしさもどこかへ吹き飛んでしまった。
「ふふ、冗談よ。ふたりとも可愛いわね」
「もおー! お姉ちゃん、意地悪しないでよー!」
「まったく、心臓に悪い冗談はやめてくれよ、姉さん」
クスクスと嬉しそうに笑う雫姉さんに、私と湊兄さんは揃って呆れ顔を向ける。ロビーの大きな窓からは、新年の静かな朝の光が差し込み、積もった雪をキラキラと照らしていた。
「さあ、朝食のバイキング、温かいスープや焼き立てのパンもあるみたいよ。お腹も空いたでしょうし、みんなで食べに行きましょう」
「うん! 私、お腹ペコペコ!」
「俺も腹減ったな。しっかり食って、今年も一年、テニスも勉強も全力で突っ走るぞ」
お互いを見合わせながら、自然と笑顔がこぼれ落ちる。
ちょっとした失敗と大騒動から始まった新年だったけれど、水瀬家の温かい絆を再確認した、最高のスタートになったのだった。




