↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第28章:限界のその先へ、咲き誇る進化

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

274/288

番外編:年末の風、未来を運ぶ車

コートでの熱いやり取りから一夜明けた、12月30日。

この日の水瀬家は、テニスラケットを雑巾とバケツに持ち替えた「年末大掃除」のひとときを迎えていた。


「みゆ、窓ガラスの拭き掃除が終わったら、棚のホコリ取りへ取り掛かって。湊、換気扇の油汚れは落ちた?」


家中に響き渡るのは、雫お姉ちゃんの落ち着いた、それでいて凛とした指示の声だ。


「はーい、お姉ちゃん! 窓拭き、あと少しで終わるよ!」


「換気扇はもう大丈夫だよ。今はリビングのエアコンフィルターを清掃中」


私と湊兄さんは、テニスで培った手際の良さと連携を発揮しながら、テキパキと掃除を進めていく。今日ばかりはコートの上の戦術もフォーメーションも一旦お預け。洗剤の匂いと、どこか清々しい年末の空気が部屋の中に満ちていた。


お昼過ぎ、家中が見違えるほど綺麗になり、ひと息つこうとリビングのソファに腰かけたときだった。


「ふう……お疲れ様。やっぱり三人で分担すると早いわね」


お姉ちゃんが温かいお茶を淹れて持ってきてくれ、ローテーブルの上へと静かに置いた。そして、どこか晴れやかで、満足そうな笑みを浮かべる。


「それでね……大掃除が一段落したら、二人に相談があるの」


「相談? なに、お姉ちゃん」


「実は……車購入の資金と年間維持費の目処がついたの」


「えっ、本当!? お姉ちゃん、すごい!」


「ついに買い目処がついたんだ。おめでとう、姉さん」


私と湊兄さんが拍手を送ると、お姉ちゃんはふっと目を細め、どこか誇らしげな笑みを浮かべた。


実は先月、ひとりでディーラーのショールームへ足を運んでいた。

部活や遠征で多忙な私たちが最も安全に、かつ快適に移動できるよう、最初はマイクロバスのような中型車を真剣に狙っていたらしいのだが、「免許の規定外」と「年間維持費」という二つの壁に阻まれ、一度は潔く撤退してきた経緯があった。


自身の手がけるブランドの収益ラインを一段引き上げ、年間維持費まで完璧に賄える計算を叩き出してリベンジを果たした雫姉さんは、テーブルの上に車のカタログやタブレット端末を広げた。


「そこで、どんな車種が良いか二人の意見も聞きたくて。私が乗るだけなら何でもいいんだけど……我が家は私と湊とみゆで三人でしょ? そこに蓮くんや陽太くんを乗せて、部活の送迎や遠出をする機会も当然あるじゃない?」


「あ……確かに。私達三人に、蓮さんと陽太を入れると……合計五人だね」


「だから定員四人の軽自動車は最初から除外。五人が余裕を持って乗れて、テニスバッグなどの荷物もしっかり積める普通車にしなきゃいけないの。それに、免許を取ってまだ一年に満たないんだから、取り回しの良さも含めて……『普通車で、五人が快適に乗れて、価格と維持費を極力抑えられるモデル』に絞って見極めたいの」


理論と効率を重んじる完璧主義と、私たちへの深い思いやりが詰まった雫姉さんらしい提案に、私と湊兄さんは顔を見合わせ、テーブルの上に並んだカタログを覗き込んだ。


カタログのあちこちには、カラフルな付箋がびっしりと貼られている。燃費数値や室内寸法の横、税金区分の欄など、雫姉さんが事前に細かく調べて貼り付けたであろうメモ書きの多さに、私と湊兄さんは圧倒されていた。


「すごい付箋の数……お姉ちゃん、めちゃくちゃ調べてるね」


「ええ。買い直しの失敗は許されないから、事前にスペックの比較は済ませてあるの。二人は直感でいいから、気になった車を教えてちょうだい」


お姉ちゃんに促され、私と湊兄さんは手元のカタログをパラパラとめくり始めた。まずは私から声を上げる。


「ねえねえ、お姉ちゃん! このトヨタの『ヤリス』とかホンダの『フィット』って可愛くない? 街でもよく見かけるし、お値段もお手頃そうだよ!」


見た目のデザインと価格の数字だけで選んだ私の提案に、お姉ちゃんは付箋の貼られたページを指で示しながら、優しく首を振った。


「デザインは素敵よ、みゆ。でも、そのサイズのコンパクトカーは後席に大人3人が乗るとかなり窮屈なの。それに、5人がフル乗車した状態だとトランクスペースが狭くて、みんなのテニスバッグ5個を載せるのは無理があるわ」


「あ……そっか。バッグが載らないと部活の送迎にならないね……」


続いて、湊兄さんがスペック表を見つめながらページを指差した。


「じゃあ、車体が大きくて荷物もたくさん載るSUVとかミニバンはどうだ? カタログを見ると、最新のハイブリッド車なら燃費もリッター20キロ以上って書いてある。これならガソリン代もかからないし、全員乗っても快適そうだけど……」


見た目と燃費の数値で判断した湊兄さんに、雫姉さんはくすりと微笑み、別の付箋をトントンと叩いた。


「湊、カタログの燃費数値だけに騙されちゃダメよ。確かにハイブリッド車は燃費がいいけれど、車両本体価格がガソリン車より数十万円高く設定されているの。私たちが走る年間走行距離でその差額をガソリン代で回収しようとすると、何年もかかってしまうわ。それに……」


雫姉さんはペンでスペック表の別の欄を囲んだ。


「車体が大きくなれば、その分『車両重量税』の区分が上がって毎年の税金が高くなるし、タイヤのサイズが大きくなって交換費用も跳ね上がるの。燃費という目先の数字だけじゃなく、税金や消耗品を含めた『トータルコスト』で見ないと、維持費で首が回らなくなるわ」


「うっ……なるほど。そこまで考えなきゃいけないのか……」


論理的で容赦のないお姉ちゃんの指摘に、湊兄さんは思わず苦笑いを浮かべた。私たちふたりの浅い知識をあっさりと見抜き、完璧な反論を返してくるあたり、さすがはお姉ちゃんだ。


「5人がちゃんと座れて、荷物もしっかり載る。その上で、排気量や車重を抑えて毎年の税金とタイヤ代を最小限にする……。となると、狙い目はここね」


お姉ちゃんがスッと指し示したのは、大量の付箋が一箇所に集中しているページだった。


「スズキの『ソリオ』やダイハツの『トール』みたいな、トールワゴン系のコンパクトカーよ。これなら排気量も1000ccから1200ccクラスで自動車税が一番安い区分だし、車高が高いから5人乗っても広々としていて、荷室も高さを使って立体的に積載できるわ」


「へぇ……! コンパクトなのにそんなに広いの!?」


「うん、これなら取り回しもラクそうだし、維持費も安く抑えられそうだな……」


私と湊兄さんは、お姉ちゃんの完璧な分析に深く感心しながら、付箋だらけのカタログを改めて覗き込んだのだった。


車種がコンパクトトールワゴンに絞り込まれたことで、実用性とコスト面の議論はひとまず完璧な着地を見せた。


「スペックや維持費の計算はこれで完璧ね。……さて、ここからは最後にして、一番難しい問題よ」


お姉ちゃんがふっと表情を和らげ、カタログの最後のページ──カラーバリエーションがずらりと並ぶ見開きを開いた。そこにはホワイトやブラックといった定番色から、鮮やかなブルー、柔らかいアイボリーまで、さまざまなボディカラーが掲載されている。


「カラーリング選びね。ここばかりは理論や数値じゃ決められない、純粋な好みの問題だわ。湊、みゆ、二人はどの色が似合うと思う?」


それまで難解な数字やスペック表と格闘していただけに、私と湊兄さんは「あ、そこは私たちが決めていいんだ!」とパッと表情を明るくした。


「私、絶対に明るい色がいいな! この落ち着いたパステル調のブルーとか、すごく綺麗じゃない? 遠くからでも水瀬家の車だってすぐわかりそうだし!」


私が指差した爽やかなブルーのボディカラーに、湊兄さんも頷きながらカタログを覗き込む。


「みゆの言うブルーも似合いそうだけど……姉さんの雰囲気を考えるなら、このパールホワイトか、少しシックなシルバーメタリックも捨てがたい。汚れも目立ちにくいし、どんな場所に乗っていっても上品で見栄えがする」


「二人とも、ありがとう。みゆの提案してくれたブルーは華やかで運転するのが楽しくなりそうね。湊の言うホワイトやシルバーは、維持の手間やフォーマルな場での扱いやすさという意味で実に理にかなっているわ」


お姉ちゃんは、私たちが指差したカラーサンプルを愛おしそうになぞりながら、ふっと柔らかく微笑んだ。自分ひとりの買い物ではなく、こうして兄妹一緒にあーだこーだと言いながら選ぶ時間そのものを楽しんでいるのが伝わってくる。


「二人の意見、すごく参考になったわ。年が明けたらすぐディーラーに行って、実際の塗色サンプルを見ながらこの中から決めることにするわね」


「うん! 実物を見るのが楽しみだね!」


「あぁ、姉さんが運転する車で遠征に行けるの、楽しみだ」


カタログをパタンと閉じた雫姉さんは、温かいお茶をもう一口含み、晴れやかな顔で窓の外を眺めた。


コートでの激しい特訓に明け暮れた一年が終わりを告げようとしている。ピカピカに磨き上げられた部屋の中に、新しい年と、新しい我が家の「未来の足」への期待が、あたたかく満ち渡っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。