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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第28章:限界のその先へ、咲き誇る進化

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覚醒の周辺視野、帰還のコート

みゆが陽太の部屋でコントローラーを握り締め、画面と向き合い始めてから三日が過ぎた。


最初は自分のフィールドに塗れ、相手の大連鎖に押し潰されるばかりだった画面。それが今では、部屋の中に規則正しい効果音だけが心地よく響いていた。


──ポポポポンッ!


「あ、連鎖が届いた!……けど、陽太の画面、右端に隙があるからすぐ返してくる……!」


「くっ……! 見切られてるか……!」


テレビ画面の上で、みゆの手元は一切の迷いなく自陣のブロックを積み上げながら、同時に陽太の画面の数秒先の展開まで完璧に捉えていた。


三日間の特訓の末に、みゆが掴み取った『コツ』。

それは、視線をあちこちに動かすことではなく、「意識の割合を自由に調整すること」だった。


(両方を五分五分で見ようとすると、どっちつかずになっちゃう。自陣の操作が簡単な時は【自分3:相手7】で相手の攻撃の芽を摘む。逆に複雑な連鎖を組む時は【自分8:相手2】まで意識を引き戻す……。焦点は自陣に置きつつ、意識の配分だけを無段階にスライドさせるんだ……!)


意識を片方に完全に持っていかれないよう、頭の中でリアルタイムに意識の比率を調整する感覚。


「降参だ、みゆ! 完全に見切られてたよ。もう俺じゃ歯が立たないな」


陽太がコントローラーを置き、降参のポーズをとって苦笑した。みゆの瞳には、三日前とは全く違う、澄み渡った知性が宿っていた。


「ううん、陽太のおかげだよ。でもね、ゲームをやっていて気づいたの」


みゆはコントローラーを大切に膝の上に置き、真剣な眼差しで言葉を続けた。


「自陣の意識を『2』や『3』まで減らしても正確に操作できるのは、ブロックの置き方や連鎖の形が体に染みついてるからなんだよね。自陣の操作に『10』の意識を使ってるうちは、どれだけ視野を広げても相手を見る余裕なんて生まれない……自分の基礎的な技量が高ければ高いほど、相手に割ける意識の割合が増えるんだ」


「なるほど……自陣の技術力に比例して、相手を観察できる『キャパシティ』が広がるってことか」


「うん。……これって、テニスでも全く同じなんじゃないかな?」


自分のストロークや波紋のコントロールという『基礎技術』が身体に完全に馴染んでいれば、ボールを見る意識を『5』や『4』に削っても、正確に打ち返せる。そして浮いた分の意識を、相手の足元や視線の観察へと回すことができる──。


「二次元の画面で掴んだこの『意識の割合の調整』が、三次元のコートでどこまで通用するか……試してみたい!」


「よし、コートに行こう、みゆ! 湊さんたちも待ってるはずだ」


みゆは力強く頷くと、ラケットバッグを背負い直し、再び自分が戦うべきあのコートへと駆け出した。


◇


寒風が吹き抜ける河川敷コート。そこでは湊兄さんと蓮さんが、相変わらず鋭く重厚なラリーを繰り広げていた。


「帰ってきたか、みゆ」


駆け寄ってきたみゆと陽太の姿を捉え、ふたりはラリーを止めて足を止める。ラケットバッグを下ろしたみゆの表情には、三日前とは違う明確な意志が宿っていた。


「二人とも、待たせてごめんなさい!……ゲームで『意識の配分を切り替えるコツ』を掴んできたの。コートで試させて!」


「ほう、あのゲームでか? 面白そうだな、みゆ。よし、俺が相手しよう」


蓮さんが不敵な笑みを浮かべてコート深くに立ち、強烈な打球を放てる体勢を整える。みゆも反対側のコートに入り、ラケットを強く握りしめた。


「いくぞ!」


──パンッ!


蓮さんの手元から放たれたのは、鋭い回転を伴う重いストローク。みゆはゲームで培った「意識の比率調整」を頭に描きながらボールを迎え撃つ。


(ボールの回転とコースの解析に意識【5】、ネット際の蓮さんの足元と視線に【5】……!)


焦点は迫るボールに合わせつつ、意識の半分を相手へ飛ばす──。


——だが。


バシッ……!


「くっ……!?」


みゆの打ち返したボールは大きくコードを外れ、サイドラインの遙か外側へと飛んで行った。


「惜しいが、球の深さと立体的な奥行きを計算しきれてないな。画面の二次元と違って、テニスはコートの奥行きや球の高さの変数が膨大だ。意識をもう少しボールの方に寄せたほうが良いはずだ、打点が微妙に狂ってるぞ」


湊兄さんがコート脇から冷静に分析の声を飛ばす。


(そうだった……画面と違って、三次元のコートはボールが『奥から手前』へ迫ってくる。奥行きがある分、ボールに割り振る基礎的な意識の最低ラインがゲームより高いんだ……!)


「もう一球お願いします!」


みゆは諦めずに構え直す。二球目、三球目。

二次元と三次元の空間認識のズレに苦しみ、フレームショットやミスショットが続く。けれど、みゆの頭脳と研ぎ澄まされた動体視力は、球を重ねるごとにその「差分」を恐ろしい速度で修正し始めていた。


(ボールの見極めに必要な意識の最低ラインは【7】。自分のフォームと波紋の発動は身体に染み込ませて【1】に抑える。残り【2】の意識を、奥行きを含めた相手の立体的な動きに向ける……!)


──パンッ!


四球目。蓮が猛烈なドライブを打ち込み、そのままライジングボレーを狙って一気にネット際へと踏み込んできた。


(——捉えた!)


みゆの視線は一直線に迫るボールの回転軸を【7】の意識で完璧にロックオン。そして、周辺視野へ割り振った【2】の意識が、前に詰めてくる蓮の軸足の踏み込みをぼんやりと捉え、頭上のガラ空きになったスペースを「立体的な光景」として処理した。


──フッ……!


波紋を乗せる繊細な角度調整を維持したまま、みゆの手元がしなやかにボールの下を擦り上げる。手元から放たれた球は綺麗で高いアーチを描き、前に突進してきた蓮の頭上をふわりと越えていった。


「な……っ!?」


吸い込まれるように相手のベースラインギリギリに落ちる美しいロブ。見事に頭上を抜かれた蓮が、目を丸くして立ち尽くした。


「できた……! 画面の平面の感覚を、三次元の奥行きに調整できた……!」


コート脇で見ていた陽太と湊が、思わず息を呑む。三日間のゲーム特訓で手に入れた感覚が、ついにリアルなコートの上で花開き始めていた。


「……へえ、いまのは見事だ。だが、たまたま一発ハマっただけじゃないだろうな?」


頭上を抜かれた蓮がニヤリと不敵に口元を歪め、ベースライン奥からボールを拾い上げる。本気モードに入った蓮の全身から、凄まじいプレッシャーが立ち上った。


「ここからが本番だぞ、みゆ!」


──スパァンッ!


蓮が放つ打球のスピードと回転量が跳ね上がる。ネット際へ突進してライジングボレーを狙う素振りと、深く下がりバウンドを待つブラフ──蓮は二つのパターンを極限のテンポで交互に織り交ぜ、みゆの脳内処理を乱しにかかった。


しかし、みゆの瞳は冷静そのものだった。


(迫るボールの回転解析に【6】、自分の身体操作に【1】、蓮さんの立体的な位置取りと重心のブレに【3】……!)


ネット際に詰めてくる気配を捉えれば──ふわりと頭上を抜く極上のロブ。

後ろで構え直す姿を捉えれば──「上振れ分を逃がす」進化版・波紋で深く突き刺すストローク。


蓮が変幻自在に揺さぶりをかけても、みゆは完璧な判断で対応していく。一球、また一球。9割を超える精度で、蓮の猛攻をことごとく捌ききってみせた。


「くっ……確かに全部見えてるな……! だったら、これはどうだッ!?」


蓮が深く膝を沈め、渾身の力を込めてラケットを振り抜く。

放たれたのは、圧倒的な質量と超回転を伴った、まさに「ボールに全集中しなければラケットごと弾き飛ばされる」重爆撃のようなストロークだ。意識を周囲に分散させている隙を突く、極限の揺さぶり。


ボールがコートを叩き、強烈な重圧を伴って襲いかかる。


(……重い球! 意識を【3】も取られてたら、面の角度が負ける……!)


そのコンマ一秒の瞬間、脳内演算が目覚ましい冴えを見せた。

蓮さんが打った直後、後方へ踏みとどまる姿勢を捉えたコンマゼロ数秒の隙に、周辺視野への意識配分を瞬時に削り落とす。


(蓮さんは後ろ! ──意識を全てボールへ全集中!!)


──バシィィィィンッ……!!


鋭い打球音が河川敷に響き渡る。

面を一切ブレさせず、完璧な角度で重圧を真っ向から抑え込んだみゆのラケットから、倍のエネルギーを纏った波紋の打球が蓮の足元へと完璧な軌道で跳ね返った。


「なっ……打球の重さまで見切って、瞬間的に全集中に切り替えた……!?」


完璧な返球に追いつけず、蓮さんがラケットを下げて呆然と立ち尽くす。


夕闇の迫るコートに、静寂が訪れた。

コート脇でそのすべてを静かに見届けていた湊兄さんが、深く息を吐き出し、口元に誇らしげな笑みを浮かべた。


「……合格だな、みゆ」


「兄さん……!」


「二次元のゲームで掴んだ『意識の配分』を三次元のコートに落とし込み、相手の脅威度に応じて比率を伸縮させる……。もはやライジングも、重いストロークも、お前の波紋を止める術にはならない」


「やった……やったよ、陽太!」


みゆはラケットを握りしめたまま振り返り、陽太に向かって弾けるような笑顔を向けた。陽太もまた、自分のことのように喜びながら、強く頷いてそれに応えた。


美咲に突きつけられた課題、波紋の天敵──その全てを乗り越え、完全なる新境地へと到達したのだった。


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