冬空の下の小さなパーティー
午前の練習を無事に終え、コート清掃を済ませた私たちは、午後からのクリスマス会に向けて二手に分かれて準備を始めることになった。
今回のクリスマス会は部室ではなく、学校側にお願いして特別に許可をもらった空き教室を丸ごと一つ借りて行う。女子部員は部室で準備をしてから教室のセッティングと飾り付け、男子部員は駅前のスーパーまで全員分のケーキやチキン、ジュースなどの買い出し担当だ。
◇
「よし、飾り付けチームは黒板のメッセージと壁のモール、ツリーね! 机の配置換えとテーブルセッティングは奈緒と1年生にお願いしていい?」
「「「はーい!」」」
部室で私服に着替えて道具を抱え、お借りした教室へ移動すると、美咲のハキハキとした指揮のもとで作業が始まった。机を端に寄せて中央に大きなテーブルを作り、一気にパーティ会場へと変えていく。
「みゆ、ツリーのてっぺんの星、一緒に飾ろ!」
「うん、いこう莉奈!」
莉奈に誘われ、教室の隅に運び込んだ大きなクリスマスツリーの前へ向かう。金色のモールや色とりどりのオーナメントを枝にかけていると、ジャージから着替えた私服のポケットの中でスマホが短く震えた。
画面を見ると、差出人は陽太だった。親戚の葬儀に出席するため、今日の部活とクリスマス会を欠席している陽太からのメールだ。
『みゆ、練習お疲れ様! 今日のクリスマス会、一緒に行けなくてごめんな。葬儀も無事に終わって、今から親戚と移動するところ。みんなと楽しんできてくれ。帰ったらまた話聞かせて! メリークリスマス!』
画面に並ぶ温かい文章に、胸の奥がじんわりと温かくなる。隣にいられない寂しさは少しあるけれど、遠くから私のことを気遣ってくれる陽太の優しさが何より嬉しかった。
(陽太も、寒いから気をつけてね。後でたくさん話すね)
心の中で返信を呟いて画面を閉じると、隣でオーナメントを飾っていた莉奈が、ニヤニヤと悪戯っぽい視線を送ってきた。
「みゆ、陽太くんから?」
「う、うん。葬儀が無事に終わったって連絡。みんなで楽しんできてねって」
「そっかそっか〜! 陽太くんがいなくて寂しいだろうけど、今日は私たちと目一杯楽しもうね!」
「ふふ、うん! ありがとう、莉奈!」
教室を見渡すと、黒板にはカラフルなチョークで『テニス部 Merry Christmas!!』と大きく書かれ、穂花ちゃんや結衣ちゃんたちが楽しそうに風船を膨らませている。美樹ちゃんやひかりちゃんが机に清潔なロスを広げ、舞ちゃんが一生懸命飾り付けを手伝い、奈緒が全体の配置をチェックしていた。女子みんなでワイワイと教室を飾っていく時間は、それだけで胸が躍る。
その頃、男子買い出し組も賑やかに動いているはずだ。
陽太がいない分、田中くんや佐藤くんが仕切ってくれているだろうし、がっしりした体格の石川くんや、持ち前の動体視力を誇る森下くんたち1年生もきっと頼もしく荷物を運んでくれているに違いない。
「みゆ、最後のお星様、届く?」
「うん、任せて!」
背伸びをしてツリーの1番高いところへ黄金の星を飾ると、華やかに彩られたクリスマスツリーが完成した。いつもの静かな教室がすっかりパーティ会場へと様変わりし、あとは男子たちの到着を待つばかりとなった。
教室の飾り付けがほぼ仕上がった頃、廊下の向こうから賑やかな足音と男子たちの話し声が近づいてきた。
「重てぇ〜! 誰だ、炭酸2リットルを4本も頼んだやつ!」
「文句言うなよ瑛太、勇気なんてチキンとケーキの箱を抱えて仁王立ちしてるぞ!」
ガラリと教室の扉が開くと、両手いっぱいに買い出しの袋や大きな箱を抱えた男子部員たちがなだれ込んできた。
「みんな、おかえり! 買い出しありがとー!」
美咲が手を振って出迎えると、男子たちは整然とセッティングされた教室を見渡して「うおっ、すげえ!」「マジでパーティー会場じゃん!」と歓声を上げた。
「ほら、1年生! ケーキとチキンはテーブルの真ん中に置くぞ。潰すなよ〜」
男子テニス部部長の佐藤くんの指示のもと、1年生の前田 陸くん、後藤 祐二くんたちが慎重に食べ物を運び込んでいく。石川くんは大きな袋を机に並べ、森下くんは周囲の様子を目敏く見渡しながら、散らかりかけていたゴミ袋を素早くまとめてゴミ箱へと運んでいた。
「水瀬さん、ケーキ無事に運んできたよ! そういえば陽太から『ケーキ、俺の分も取っといてくれ』ってメールが届いてたけど日持ちしないから断っておいた!」
田中くんがニシシと笑いながら、ホールケーキの箱を大切そうにテーブルへと置く。
「ふふ、田中くんありがとう。陽太、そんなこと言ってたんだ」
想像通りの陽太の真面目な顔が浮かんで、私は思わずクスッと笑ってしまった。
「よしっ、これで準備は完璧ね!」
美咲がポンと手を叩き、教室の中央で声を張り直した。中央には机を並べて広げられた特大のテーブル。その上には香ばしい香りを漂わせる骨付きチキン、色とりどりのスナック菓子、大容量のジュース、そして豪華なクリスマスケーキがずらりと並んでいる。
黒板にはチョークアートが得意な奈緒と1年生が描いた『中等部テニス部 クリスマス会&納め会』の大きな文字。部屋の隅では、私と莉奈が星を飾ったツリーがシャンパンゴールドのモールを纏って誇らしげに輝いていた。
「みんな、自分の席について! ジュースの準備をしてね!」
美咲の合図で、1年生から2年生まで全員がテーブルを囲むように着席する。紙コップが全員に行き渡り、ジュースがなみなみと注がれていく。
いつもは厳しく汗を流す部活動の仲間たちが、今日はみんな私服姿で、少し照れくさそうに、けれど最高に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「それじゃあ……今年一年の締めくくりと、今日という特別な日に感謝して!」
美咲がジュースの入った紙コップを高く掲げる。全員がそれに合わせてコップを持ち上げた。
「テニス部、メリー・クリスマス!!」
「「「メリー・クリスマス!!!」」」
パチン、と紙コップが打ち鳴らされる心地よい音が教室中に響き渡る。冬の冷たい空気を吹き飛ばすような温かな熱気とともに、待ちに待ったテニス部のクリスマス会が賑やかに開幕した。
「乾杯ーっ!!」
賑やかな掛け声とともに、テーブルの上の料理が一斉に囲まれた。
「うわっ、このチキンめちゃくちゃ美味しい!」
「穂花、食べすぎ! ケーキの分も残しておきなさいよ?」
「大丈夫です結衣ちゃん! 甘いものは別腹ですから!」
1年生たちのテーブルでは、ムードメーカーの加藤穂花ちゃんを中心に笑い声が絶えない。非レギュラーの木村舞ちゃんは「来年はもっと強くなって、絶対に先輩たちに追いつきます!」と熱く意気込みを語り、周りの男子部員たちから「舞は相変わらず熱いなぁ」と温かい手拍手を送られていた。
ひかりちゃんは照れくさそうにチキンを口に運びながら、ふと私と目が合うと、嬉しそうにコップを傾けて小さく頷いてくれた。
「みゆ、今日の試合……本当にすごかったわ」
隣に座った美咲が、ジュースのコップを片手に微笑みかけてくる。
「美咲こそ、最後のダイレクトボレーはびっくりしたよ。やっぱり美咲はすごいね」
「ふふ、でも私の『波紋破り』をあんな風に進化させた波紋で返されるなんて思わなかった。やっぱりみゆは私の最高のライバルであり、自慢の親友よ」
「美咲……うん! 私にとっても、美咲は特別な存在だよ!」
顔を見合わせて微笑み合う私たちの横で、奈緒がバインダーを横に置いてポテトチップスをつまみながら言った。
「はいはい、熱い友情はそこまで。次はメインイベントのプレゼント交換の準備に入るわよ」
「あ、もうそんな時間!? 早くプレゼント集めなきゃ!」
莉奈が楽しそうに立ち上がり、教室の真ん中に大きな袋を置く。部員たちがそれぞれ持参した千円相当のプレゼントをそこに投げ入れていった。
音楽に合わせて全員で円になり、プレゼントを順々に回していく。音楽が止まった瞬間に手にしていたものが自分のプレゼントだ。
「ストップーっ!」
曲が止まり、私が手にしたのは可愛らしいリボンでラッピングされた小さな箱だった。開けてみると、手作りのテニスボール型のキーホルダーとメッセージカードが入っている。
「あ、それ私のだ!」
声を上げたのはひかりちゃんだった。少し照れくさそうに頭をかくひかりちゃんに、私は心を込めてお礼を言った。
「すごく可愛い! ありがとう、ひかりちゃん。大切に鞄につけるね!」
「はい! みゆ先輩に当たって良かったです!」
教室のあちこちで「何当たった!?」「うわ、瑛太のプレゼント渋い!」といった歓声と爆笑が巻き起こる。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、最後はみんなでホールケーキを切り分けて頬張った。いちごの甘酸っぱさと生クリームの優しさが、身体中に染み渡っていく。
ふとポケットのスマホを取り出し、賑やかな教室の雰囲気を写真に収めた。そして、その写真に短いメッセージを添えて陽太へ送信する。
『みんなでクリスマス会、すごく盛り上がってるよ! 陽太の分のケーキは残念だったけど、帰ってきたら、どこか一緒に食べに行こうね』
送信ボタンを押すと、すぐに『了解! 楽しみにしてる。みゆ、写真送ってくれてありがとう』と返信が届いた。画面越しに陽太の笑顔が見えた気がして、私の胸は温かい幸せで満たされていく。
最高の仲間たちと笑い合い、競い合い、高め合える場所。
この温かなテニス部という居場所があるからこそ、私はどこまでも強くなれるのだと、冬空の下で輝くツリーの光を見つめながら深く実感していた。




