不器用な優しさ、託されたクリスマス
### 第28章:限界のその先へ、咲き誇る進化
#### 第13節:不器用な優しさ、託されたクリスマス(前編・修正版)
「あ、あの……兄さん。……明日、二人きりで出かけるのは……」
申し訳なさと戸惑いが混ざった声でそう告げると、湊兄さんはどこか遠くを見るような目をし、ポケットからスマートフォンを取り出した。
私が陽太の彼女であること。そして……湊兄さん自身も、私に対して妹以上の感情を抱いていること。それはお互いに理解しているからこそ、二人きりで出かけることへの躊躇いが生まれてしまう。
「安心しろ、変な気を起こそうってわけじゃない。……実はな、陽太から連絡をもらってたんだ」
「陽太から……?」
「ああ。あいつも、俺を『恋のライバル』だって分かってる。その上で、俺にわざわざメールを送ってきたんだよ。『みゆを楽しませてやってほしい』ってな」
湊兄さんが見せてくれた画面には、陽太からのまっすぐで切実な長文メッセージが表示されていた。
「陽太のやつ、『自分の都合でクリスマスイブにみゆを一人にして寂しい思いをさせるのは絶対に嫌だ。でも、名前も知らないような男に任せるのはもっと納得がいかない』って書いてあってさ。『俺のテニスを認めてくれて、みゆの一番の理解者でもある湊さんだからこそ託したい。俺はみゆを悲しませる男にはなりたくないんです』……だってさ」
「陽太が……そんなことを……」
夕闇の中、胸の奥がじんわりと熱くなる。
急な用事で傍にいられないことを誰よりも悔やみ、悩んだ末に、ライバルでもある湊兄さんへ頭を下げて託してくれた陽太の気持ち。どこまでも真面目で、どこまでも私のことを第一に考えてくれる彼氏の姿が目に浮かぶ。
「あいつも不器用だが、男としての覚悟と切実な想いをぶつけてきた。俺もその想いを突っぱねるわけにはいかないだろ。……陽太の優しさに免じて、明日一日、俺に付き合ってくれないか?」
湊兄さんの真っ直ぐな眼差しを受け止め、私は思わず目元を緩ませ、ふっと笑いをこぼした。
「……ふふっ、本当に不器用な彼氏だなぁ、陽太は。直接言ってくれればいいのに」
少しだけ目元をぬぐい、私は大きく頷いた。
「わかった。陽太の気持ち、ありがたく受け取るね。兄さん、明日一日よろしくお願いします!」
「おう。陽太に負けないくらい、最高の休日にしてやるよ」
恋人からのバトンと、目の前にいる大切な人の優しさを受け取り、私は明日という特別な一日を、湊兄さんと過ごすことに決めた。
「おかえりなさーい! 二人とも、練習お疲れ様!」
玄関を開けると、エプロン姿の雫お姉ちゃんが温かい笑顔で出迎えてくれた。香ばしい夕飯の匂いが廊下に漂っている。
「ご飯の準備、もう少し時間かかりそうだから、先にお風呂済ませちゃって! 汗冷えると風邪ひいちゃうからね」
「じゃあ俺が先に入るな。みゆ、お先」
「うん、了解ー!」
湊兄さんが脱衣所へ向かうのを見送り、私はラケットバッグを抱えて自分の部屋へと上がった。
制服に着替え、ベッドに腰を下ろしてからスマートフォンを取り出す。陽太へのトーク画面を開き、メッセージを打ち込んだ。
『陽太、葬儀お疲れ様。兄さんからメールのこと聞いたよ。本当に不器用なんだから……でも、私のこと考えてくれてありがとうね。明日、兄さんと出かけてくるね!』
送信ボタンを押したものの、画面の上に『既読』の文字はつかない。
(あっちも親戚が集まってバタバタしてるのかな……)
画面を閉じ、机に向かって冬休みの課題を引っ張り出した。テニスに没頭していた分、今のうちに溜まった宿題を片付けておこうとペンを走らせる。
「みゆー、お風呂空いたぞー!」
階下から湊兄さんの声が響き、私はペンを置いた。
「はーい、今行く!」
着替えを持って浴室へ向かい、温かい湯船に浸かる。湯気が立ち込める中で深く息を吐き出すと、今日一日の緊張と疲労がじわじわと解けていった。
(兄さんと二人でお出かけなんて……二年前の冬以来かな)
ゆらゆら揺れるお湯を見つめながら、当時の記憶をたどる。
あの頃はまだ、純粋に頼もしいお兄ちゃんと可愛い妹として、ただただ無邪気に遊ぶだけの外出だった。けれど……今は違う。
お互いの胸にある秘めた感情を知っていて、私が陽太の彼女であることも理解した上で出かける、年頃の男の子と女の子としての『デート』。
(陽太の不器用な思いやりも嬉しいけど……兄さん、明日はどこに連れて行ってくれるんだろう)
少しだけ鼓動が早くなるのを感じながら、私は湯船の中で小さく頬をゆるめた。湊兄さんが私のためにどんな計画を立ててくれているのか、胸の奥で密かな楽しみが静かに膨らんでいた。
お風呂から上がり、温まった身体でリビングへ向かうと、食卓にはお姉ちゃんが作ってくれた出来立ての夕飯が並んでいた。湯気が立ち上る食卓を囲み、3人での賑やかな夕食が始まる。
「あ、そうだ。雫姉さん、明日は俺とみゆで出かけてくるから」
汁物を口に運んでいた湊兄さんが、思い出したように言った。雫お姉ちゃんは箸を止めると、理由をすべて察しているかのように優しく微笑んだ。
「明日、クリスマスデート?いいわね、 二人とも、明日は楽しんできなさい」
温かく見守るような表情で言ってくれる雫お姉ちゃんに、私は少し照れくさくなって下を向く。けれど、お姉ちゃんは不意に何かを思い出したようにポンと手を打った。
「あ、でも待って……明日って天気予報、午後から雨じゃなかった? 二人で出かけるの、大丈夫?」
「雨……?」
思わず聞き返すと、湊兄さんは慌てる様子もなく、どこか余裕のある笑みを浮かべてご飯を口に運んだ。
「問題ない。もし降ったとしても、少し予定を変更するだけだからな」
「相変わらず準備が良いわね。あまり遅くなりすぎないようにね」
「分かってるって」
詳しい行き先やプランは教えてくれないけれど、どんな状況になっても私を楽しませようとしてくれる湊兄さんの頼もしさに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
雨の予報すら吹き飛ばしてしまうような期待感を胸に抱きながら、特別なクリスマスイブの前夜は静かに更けていった。




