刻み込む手応え、進化への初陣
「次はみゆの番だ。俺が見せた感覚が残っているうちに試してみろ」
「やってみるっ!」
湊兄さんの厳しい声に応え、私はコートの定位置へ駆け込んだ。
先ほど湊兄さんが見せてくれた打球処理。超回転の軸を感じ取り、力で抑え込むのではなく自分のスイングの中へ引き込んでいなす動作が、鮮烈なイメージとして脳裏に焼きついている。
「いくぞ、みゆ!」
蓮さんがラケットを振り抜き、猛烈な縦回転を纏った超回転ショットを打ち込んできた。猛スピードで跳ね上がるボールに対し、私は教えられた通りに踏み込み、体幹としなりを意識する。
(回転を弾こうとしない……包み込んで、自分の軌道へ乗せる……!)
——バチィィン!
「くっ……!」
一球目。イメージ通りに振ったつもりだったが、回転の圧力を抑えきれず、打球は大きく浮いてアウトになった。
「焦るな、みゆ! 今のは手首だけで抑えにいっていたぞ。軸足をどっしり決めて、身体全体でボールの軌道を迎え入れろ!」
「もう一球お願いします!」
何度も蓮さんの超回転に食らいつく。けれど、湊兄さんの見せてくれた理想的な体の使い声をそのまま真似しようとすればするほど、ボールは狙いと違う方向へ飛んでいくか、威力を抑えきれずに押し出されてしまう。
(ダメだ……湊兄さんと同じように体をしならせようとしても、筋力も体格も違うからボールの重さに負けちゃう……!)
何十球と打ち合い、息を荒くして膝に手をつく私を見て、湊兄さんがコートに入ってきた。
「みゆ、一旦ストップだ。……お前、俺の形をそのままコピーしようとしているだろう」
「う……うん。兄さんみたいに綺麗にいなそうとしてるんだけど、どうしても上手くいかなくて……」
「当たり前だ。俺とお前じゃ体格も筋力も違う。徹お父さんの技術を俺が自分用にアレンジしたように、お前も自分の長所を生かした形にアレンジしなきゃ意味がないんだ」
「私の……長所?」
湊兄さんは厳しい眼差しのまま、私を真っ直ぐに見つめた。
「忘れたのか。お前には誰にも負けない『並外れた動体視力』と『先読み』、そしてどんな姿勢からでも面を作れる『柔軟さ』があるはずだ」
ハッとして胸が跳ねた。
湊兄さんの言葉が、暗闇の中に一筋の光を差し込む。
「蓮の身体の動きから超回転のコースを極限まで先読みしろ。そして持ち前の動体視力で、迫ってくるボールの回転量と球速が、自分が今波紋で制御できるキャパシティからどれくらい上振れているかを一瞬で見極めるんだ」
「どれくらい……上振れているか……!」
「そうだ。波紋で制御しきれない溢れた分のパワーと回転は、力で押し返すんじゃない。その一瞬の判断をもとに、柔軟な手首と身体を使って『ラケットの角度』を微調整して逃がすんだ!」
頭の中のピースが、ガチリと噛み合った。
湊兄さんのパワープレイをそのまま真似るのではなく、私の目と感性をフルに使った『水瀬みゆだけの処理技術』。
「……そうか。制御できない範囲も計算に入れて...うん、もう一回やってみる!」
「フッ……覚悟して挑めよ。行ってこい!」
私は力強く頷き、再びラケットを構え直した。
「準備はいいか?みゆ!」
「いつでも」
従兄の蓮さんが再び放った、猛烈な超回転のストローク。
コートへ向けて跳ね上がる黄色い球体を、私は研ぎ澄まされた集中力で見据えた。
(蓮さんのテイクバック、軸足の位置……コースはフォア奥!)
持ち前の先読みでいち早く落下点へと足を運ぶ。迫りくる打球の回転軸とスピードが、眼裏でスローモーションのように解析されていく。
(私の波紋のキャパシティから――上振れ量は約二割! この溢れる分を……!)
強引にいなそうとせず、足元の軸をブレさせないまま、インパクトの瞬間に手首の柔軟さを生かしてラケットの面をほんの数ミリだけ斜め下方へ逃がす。波紋で吸収しきれない過剰なエネルギーが、絶妙な角度調整によって綺麗にいなされていった。
——パシュッ!
手元に残る打球感が、今までと劇的に変わる。
私のラケットから解き放たれたボールは、低く、重く、美しい弧を描いて蓮さんの足元へ吸い込まれるように突き刺さった。
「なっ……つかまえた……!?」
蓮さんが驚愕の声を上げながら必死にラケットを差し出すが、ボールはコート上で滑るように跳ね、そのままフェンスへと激しく弾け飛んだ。
「……できた……! できたよ、兄さん!」
思わず叫び、振り返る。コート脇で腕を組んでいた湊兄さんは、指導者としての厳しい表情をふっと緩め、満足そうに口元を綻ばせた。
「見事だ、みゆ。自分だけの『超回転のいなし方』……完璧にコツを掴んだな」
「うん! 上振れ分を見極めて、角度で逃がす……これなら、どんな超回転が来ても波紋を殺さずに対応できる!」
何度も試行錯誤を重ね、ついに掴み取った波紋の克服と進化の手応え。全身を駆け巡る達成感に、私はラケットを握りしめたまま胸を熱くさせた。
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冬の短い日が落ち、夕暮れ時の赤紫色の空がコートを染め上げる頃、本日の厳しい練習がすべて終了した。
「ふぅ……最高の練習になった。二人ともありがとう」
汗を拭いながら爽やかに笑う蓮さんと別れ、私と湊兄さんは並んで帰り道を歩き始めた。ラケットバッグの重みが、心地よい疲労感とともに肩に伝わってくる。
「みゆ。今日の成果は上々だ。だから……明日は練習を休みにする」
「え? 休み……? でも、休みは一日だけで大丈夫だよ? まだ新技術の練習も……」
もっと練習したいと食い下がる私に、湊兄さんは「焦るな」と優しく制した。
「体を休ませるのも練習のうちだ。それに……」
湊兄さんは足を止め、どこか少し照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで私を見つめ直した。
「明日一日、俺に付き合ってくれないか? みゆと二人で、出かけたい」
「え……? 兄さんと、二人で……?」
唐突な誘いに、私は胸がドキンと跳ねるのを感じた。
かつてなら「うん、行く!」と即答できただろう。けれど、今の私には……大切な恋人である陽太の存在がある。陽太の彼女としての立場を思うと、兄妹とはいえ二人きりで出かけることに、どうしても素直に頷くことができなかった。
「……あの、兄さん……明日って……」
夕闇が迫る道端で、戸惑いを隠せない私の視線と、どこか深い意図を秘めた湊兄さんの視線が静かに交錯していた。




