二つの選択、欲張りな誓い
冬の透き通った空気がコートを包み込む中、私は握りしめたラケットを静かに見つめていた。
蓮さんが提示してくれた二つの道。
自らの回転量の限界値を引き上げて『波紋』を完成させる道と、リスクを承知で新しい技術を切り拓く道。
(波紋を極めるか、新しい技術に挑戦するか……)
両方を天秤にかけ、自分自身の心と深く向き合う。どちらか片方を選ぶのは簡単だ。安全な方を取るか、それとも博打に出るか。だけど――私の胸の奥でふつふつと湧き上がる情熱は、どちらの選択肢も手放すことを拒んでいた。
私はゆっくりと顔を上げ、蓮さんと湊兄さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「……私、答えが決まりました」
「ほう、どっちの道を選ぶ?」
蓮さんが興味深そうに眉を上げる。私はポンと自分の頬を両手で強く叩き、決意を込めて宣言した。
「両方、挑戦します! 波紋の限界値を引き上げてキャパシティを広げることも、波紋に頼らない新しい技術を身につけることも……全部やってみたいです」
少し気まずそうに、けれど胸を張って笑顔を浮かべる。
「……私、やっぱり欲張りかな?」
思わず零れた私の問いかけに、蓮さんは一瞬目を見開いたあと、耐えきれないといったように爽やかに笑い出した。
「ハハっ、まさか『両方』を選択するとは思わなかったな! でも、いいんじゃないか? 身体も技術も爆発的に伸びる中学生のこの時期だからこそ、限界を決めずに貪欲に挑戦する価値はある。みゆのその欲深さ、俺は大歓迎だ」
「蓮の言う通りだ」
隣に立っていた湊兄さんがステップを踏み込んで一歩前に出ると、腕を組んで私を鋭い眼差しで見下ろした。その表情には、一人の厳格な指導者の顔が宿っていた。
「自分の限界値を広げながら、同時に新技術の習得を目指す。口で言うのは簡単だが、並大抵の努力じゃどちらも中途半端に終わるぞ。……中途半端は絶対に許さんからな、みゆ」
腹の底に響くような湊兄さんの喝。その圧力を正面から受け止め、私は不敵にニッと笑ってみせた。
「望むところだよ! それくらい死に物狂いでやらなきゃ……全国のトップになんて立つ資格、ないもん!」
「よく言った!」
私の覚悟を聞いた湊兄さんの口元が、力強い笑みに歪む。退路を断ち、己の可能性の全てを懸ける冬の挑戦が、今ここに始まった。
「それじゃあ、まずは湊からいこうか。みゆに見本を見せる意味でも丁度いい」
蓮さんがラケットを構え、コートの向こう側へと走る。ネットを挟んで向かい合った湊兄さんは、深く息を吐き出し、静かにラケットを握り直した。
「蓮、さっき言っていた『超回転』を遠慮なく打ってくれ。みゆに見せてやりたい」
「わかった、遠慮なくいくぞ!」
蓮さんの手元から解き放たれたのは、強烈な縦回転を纏った猛烈な超回転ショット。重く跳ね上がるボールに対し、湊兄さんは一切の迷いなく踏み込んだ。
——パシィィン!
「……っ!?」
湊兄さんの身体の使い方は、今までのそれとは明らかに異なっていた。インパクトの瞬間、ボールの回転に力で逆らうのではなく、手首と体幹の独特なしなりを使って回転の軌道を包み込むようにいなす。そして、自身のパワーを上乗せして低い軌道で相手コートのサイドライン際ギリギリへ滑るように突き刺してみせたのだ。
「みゆ、見たか! 超回転を受ける時は、力で抑え込もうとするな。回転の軸を感じ取って、自分のスイング軌道の中に『引き込んでから逃がす』んだ!」
打球の余韻の中、湊兄さんがコート越しに私へ向かって叫ぶ。実践の中で示された鮮やかなコントロール。
(……すごい。ビデオで見た徹さんの動きが、湊兄さんの身体を通して完璧に表現されてる……!)
コート脇で見つめる私の胸が高鳴る。
湊兄さんが取り組んでいるのは、亡きお父さん——神崎徹がかつてコート上で見せた伝説のプレイノウハウだ。お父さんの遺したビデオ映像を何度も繰り返し解析し、動きをそのまま模倣するだけでなく、湊兄さん自身の身体能力や体格に合わせてアレンジを加えた『真の完成形』へと昇華させようとしていた。
「面白い……! 湊、今までにない新しい型に挑戦しているな? 超回転の威力を殺さずにコントロールし切るなんて……凄まじい技術だ」
目を見張る蓮さんが、弾んだ声で叫ぶ。
「ああ! とあるプロ選手の動きを何時間も分析して、俺の体格に合うよう限界までフォームを調整し直したんだ。まだ未完成だが……超回転のいなし方、そして波紋の先のコントロールとして、十分に使える手応えはある!」
お父さんの遺志を受け継ぎ、湊兄さんが放つ渾身のショットが再びコートを切り裂く。
伝統と進化が織りなすその美しいプレイと実践のアドバイスは、これから私が挑もうとする「限界を超えた進化」の道標そのものだった。
「兄さん、すごい……! 私も絶対、自分のものにしてみせる!」
背中を追いかけるべき最高の家族が、目の前で圧倒的な答えを示してくれている。兄の見事な一打に強い刺激を受けながら、私は自分のラケットを一層強く握りしめた。




