小さなピース、迷いの残像
結局、波紋の欠点を根本から補う解決策は見つからないまま午前中の部活が終了した。
「みゆ、ありがとね! 今日のおかげで『黒炎』を崩すための感覚がかなり掴めたよ!」
満足そうに汗を拭く美咲に「ううん、私もすごく勉強になったよ」と笑顔を返したものの、私の胸の奥には重く冷たい塊が残ったままだった。
午後一番。用事を終えた湊兄さんと合流し、私たちは隣接する公営のコートへと向かった。途中で同じく自主練に来ていた蓮さんを誘い、3人で並んで歩く。
冬の澄んだ陽光が差し込む中、蓮さんと湊兄さんが前を歩き、私はラケットバッグを背負って少し後ろを歩いていた。どうしても視線が下がり、歩幅が狭くなってしまう。
「……みゆ」
ふいに前を歩いていた湊兄さんが立ち止まり、振り返った。蓮さんも足を止め、優しく見守るような視線を送ってくる。
「浮かない顔してるな。午前の部活で何かあったか?」
湊兄さんの柔らかいトーンに、胸の奥に溜め込んでいたもどかしさが一気に溢れ出しそうになった。私はぎゅっとバッグのストラップを握りしめ、ポツリポツリと口を開いた。
「……美咲と打ち合ってて、手掛かりは見つけたの。波紋を使わないで素直に打ち返せば、相手の超回転にも対処できるって」
「ほう、自力でそこに気づいたか」
蓮さんが感心したように頷く。けれど、私は首を横に振った。
「でも……それじゃダメなの。超回転を打たれるたびに波紋を封印して逃げるだけなら、結局相手に主導権を握られたままになっちゃう。波紋を使えない時間を作るんじゃなくて……波紋を生かしたまま超回転を受け止める方法を見つけたい。なのに、どうすればいいのか全然分からなくて……」
悔しさと焦りで声が少し震えてしまう。
「みゆ」
湊兄さんは私の目の前まで歩み寄ると、ポンと大きな手を私の頭の上に置いた。
「焦るな。課題の姿がはっきり見えただけでも大きな進歩だ。午後の練習で、一つずつ解き明かしていこう」
「……うん。ありがとう、兄さん」
コートに到着し、ラケットを取り出したところで、蓮さんがベンチに腰掛けながら静かに口を開いた。
「みゆ。さっき話してくれた悩みけれど……超回転への対策として、俺から示せる道筋は大きく分けて『2つ』ある」
「2つ……ですか?」
私が思わず背筋を伸ばすと、蓮さんは人差し指を立てた。
「まず一つ目。みゆ自身が、どんな状況からでも自分自身で極上の超回転を掛けられるようになることだ」
蓮さんは自分のラケットのガットを指先で優しく弾いた。
「『波紋』という技術の本質は、相手の打球の力や回転を自らの制御下に置いてコントロールすること。けれど、その制御できる回転量の限界値は、そのまま『みゆ自身が自力で生み出し、制御できる回転量』とイコールなんだ。だから、みゆ自身の扱える回転量のキャパシティを底上げすれば、相手の超回転も波紋の枠組みの中で完全にコントロールできるようになる」
「私自身の回転量のキャパシティを増やす……」
「そうだ。そしてもう一つの選択肢は――『波紋』への執着を捨て、全く新しい技術の習得に挑戦すること」
蓮さんの言葉に、隣で黙って聞いていた湊兄さんが深く頷き、言葉を継ぎ足した。
「俺も蓮の意見に同意だ。みゆ自身の限界値を引き上げて波紋を完成させるか、あるいは別の軸を作るか……。ただ、波紋とは違う新しい技術を一から組み上げるとなると、この短い冬休みの中で実戦レベルまで完成させるのは、正直かなり厳しいかもしれない」
「……っ」
二人の言葉が、胸の中に重く響く。
波紋をどこまでも突き詰めて自らのキャパシティを限界突破させるか。それともリスクを承知で新しい技術の可能性に賭けるか。
「どちら道を選ぶかは、みゆ次第だ。俺たちも全力で付き合う」
蓮さんの温かくも厳しい眼差しを受け止めながら、私は握りしめたラケットに視線を落とした。自分の成長を決定づける大きな分岐点が、今まさに目の前に突きつけられていた。




