攻略の糸口、重ねられる試行錯誤
息を吐き出すたびに白い霧が空に消えていく中、ラリーは途切れることなく続いていた。
「ハッ……ハッ……そこだぁっ!」
美咲が放ったボールが、いつもとわずかに違う軌道を描いて私のコート手前で跳ね上がる。私は足元から波紋の感覚を引き出し、いつものようにラケット面を合わせて打ち返そうとした――その瞬間。
(えっ……回転の軸が……ズレてる!?)
手に伝わる打球の抵抗が一瞬だけ狂い、返したボールが狙いよりもわずかに浅く落ちた。美咲はその隙を見逃さず、素早くコート前方へ踏み込んで鋭いアングルボレーを叩き込んでくる。
パンッ!
「よしっ……決まった!」
美咲がラケットを大きく掲げ、ガッツポーズを作った。私は目を丸くしながら、親友に向かって微笑みかけた。
「すごいよ美咲……! もう波紋を崩す糸口を見つけるなんて、さすがだね!」
「へへ、伊達にずっとみゆの隣にいたわけじゃないからね! 瑠璃の『黒炎』もそうだけど、相手の力を利用して完璧にコントロールする技術は、打球の回転軸を限界まで複雑に変えられた時に、ほんのわずかな受け止める『誤差』が生じるはずだって踏んだの」
美咲は汗を拭いながら、コート脇でノートとタブレットを手に記録を取っていた奈緒に向かって声をかけた。
「奈緒! 今のラリーのデータ、今からでもいいから詳しく取っておいてくれる!?」
「了解! 美咲の配球パターンと、みゆの返球精度の変化、しっかり記録しておくね!」
奈緒が頼もしく頷き、ペンを走らせる。美咲は再び私に向き直ると、少し真剣な表情でラケットを持ち替えた。
「たださ……私自身の筋力だと、瑠璃みたいな相手をねじ伏せるような極上の『超回転』はかけ続けられないんだよね。だからスライスとかドロップ、コース隠しとか、他の持ち技の組み合わせも色々試してみたいんだけど、いいかな?」
「もちろん! とことん付き合うよ!」
互いに頷き合い、再び打ち合いを再開する。
美咲が様々な球種を交えて仕掛けてくる中、何度もラリーを重ねるうちに、私自身もある重要な『感覚』に気がつき始めていた。
(……あ、なるほど。美咲がどれだけ変化をつけてきても、同じ系統の回転や打球が何度か続くと、私の身体が勝手に慣れて誤差なく波紋で返せるようになってる……)
問題はそこではなかった。
一番対応が難しく、感覚が破綻しそうになる瞬間――それは、私が『波紋』を使って返した直後に、美咲が無理やりにでも強烈な超回転をかけて撃ち返してきた時だった。
(波紋で増幅した球を、さらに上回る超回転で返されると、波紋の性質上エネルギーがぶつかりすぎて抑えきれなくなる……。だけど……)
ハッとして、私は直前のラリーを頭の中で反芻した。
(あえて波紋を使わずに『素直な球』で返した時は……美咲がいくら超回転で攻めてきても、落ち着いてコースを見極めれば普通に対処できるんだ!)
蓮さんに指摘された「波紋の欠点」に対する攻略のピースが、美咲との熱い試行錯誤の中で、少しずつ繋がり始めていた。
(波紋を使わなければ、相手の超回転も処理できる。……でも、それじゃ意味がない……!)
思考を巡らせながら、私は迫りくる美咲の打球を打ち返し続けた。
超回転への対抗策として「波紋をオフにする」という選択肢は、あくまで一時的な回避策でしかない。相手に超回転を打たれるたびに自分の最大の武器である波紋を封印せざるを得ないのだとしたら、それは実質的に相手に主導権を明け渡しているのと同じだ。
(波紋を殺すんじゃなくて、超回転をぶつけられても破綻しないように『補う』方法はないのかな……? どうすれば……どうすればこの過剰なエネルギーを受け流せるんだろう……)
頭の中でいくら答えを探そうとしても、霧がかかったようにアイデアがまとまらない。思考が自分の内側へと深く潜り込んでいくにつれて、私の集中力はコート上の「今」から少しずつ削がれていった。
——バシィッ!
「くっ……!?」
不完全な波紋で受け止めてしまったボールは、狙いとは大きく外れてネットの白帯を叩いた。
「みゆ、集中! 考えすぎると動きが止まってるよ!」
美咲の鋭い叱咤が飛ぶ。
攻略の糸口を掴んで勢いに乗る美咲は、手加減なしにコートの隅々へとボールを散らしてきた。コースを隠した伸びやかなストローク、滑るスライス、そして浅いドロップ。様々な技術を巧みに組み合わせた美咲の変幻自在な攻めが、思考の迷宮にハマり込んだ私の陣地へと容赦なく刺さり始める。
パンッ! パンッ!
「ポイント美咲! 40-15!」
コート脇でタイムを記録していた奈緒ちゃんの声が響く。美咲の放った鋭いアングルショットが、私の足元を鮮やかに打ち抜いていた。
(返せない……! 答えが見つからないままじゃ、美咲の進化する攻撃に押し切られる……!)
頬を伝う汗が、冬の冷たい足元へとポタリと落ちた。
波紋の欠点をいかにして克服し、真の完成へと導くのか。喉の奥に引っかかったようなもどかしさを抱えたまま、私は親友が放つ一球一球に必死で食らいつくしかなかった。




